
2023年10月にスタートしたインボイス制度は、フリーランスエンジニアを含むすべての事業者に大きな影響を及ぼしています。
特にフリーランス経験が浅いエンジニアや、彼らと取引する企業の担当者にとって、制度の内容を正しく理解し適切に対応することが欠かせません。
本記事では、インボイス制度がフリーランスエンジニアの仕事や収入に具体的にどのような影響を与えるのかを解説し、フリーランス側が取るべき対応策を詳しく説明します。
請求書やインボイス登録申請書の記載例も交え、実務に役立つポイントを網羅していきます。
目次
インボイス制度とは?フリーランスエンジニアにも関係あるのか
インボイス制度とは、適格請求書等保存方式とも呼ばれる消費税の新しい仕入税額控除の仕組みです。2023年10月1日から導入され、複数税率に対応した消費税の適正な控除を目的としています。
簡単に言うと、買い手(取引先の企業)が支払った消費税を仕入税額控除するためには、売り手であるフリーランスエンジニアから「適格請求書(インボイス)」を受け取って保存する必要がある、という制度です。
適格請求書(インボイス)とは、所定の要件を満たした請求書のことで、通常の請求書よりも「登録番号」「税率ごとの金額と消費税額」など追加の記載事項があります。
そして適格請求書を発行できるのは、税務署に登録を申請して「適格請求書発行事業者」となった事業者だけです。適格請求書発行事業者になるには、原則として消費税の課税事業者である必要があります。
年間売上が1,000万円以下で消費税の納税義務が免除されている免税事業者のままでは、適格請求書発行事業者の登録申請はできません。
フリーランスエンジニアの多くは個人事業主として活動しており、年間売上が1,000万円以下であれば消費税の免税事業者として消費税の納付を免除されるケースが少なくありません。
しかし、インボイス制度の導入によって免税事業者であり続けることにリスクが生じました。取引先企業が仕入税額控除を受けるためには適格請求書が必要であり、フリーランス側がそれを発行できない場合、取引先にとって不利益が生じるためです。
このように、インボイス制度はフリーランスエンジニアにも無関係ではなく、取引に直接影響を与える重要な制度となっています。
インボイス制度がフリーランスエンジニアに与える影響
インボイス制度の影響は、フリーランスエンジニアが現在消費税の免税事業者か課税事業者かによって大きく異なります。それぞれのケースでどのような変化が起こるのか、詳しく見ていきましょう。
免税事業者(年間売上1,000万円以下)の場合
免税事業者のフリーランスエンジニアがインボイス制度開始後も免税事業者のままでいる場合、適格請求書を発行することができません。
その結果、取引先(買い手)側はフリーランスエンジニアに支払った報酬に含まれる消費税相当額について仕入税額控除を受けられなくなります。
例えば、報酬として110万円(税込)を支払った場合、本来であれば10万円の消費税を仕入税額控除できますが、適格請求書がないとその控除ができず、取引先企業がその10万円を負担することになります。
この状況を避けるため、取引先企業はフリーランス側に対して適格請求書発行事業者になるよう要請したり、「消費税分を差し引いて報酬を支払いたい」といった報酬額の交渉を持ちかけてくる可能性があります。
極端な場合には、インボイスに対応できないことを理由に取引の縮小や停止を検討されるケースも考えられます。特に主な取引先が大企業や課税事業者の場合、こうしたリスクは高まるでしょう。
また、新規の仕事を獲得しようとする際にも、「インボイス未対応(適格請求書を発行できない)=消費税分の負担が発生する相手」とみなされれば、案件獲得のハードルが上がる懸念があります。
発注側から見て、同じ実力であれば適格請求書を発行できるフリーランスに仕事を依頼したいと考えるのは自然な流れです。フリーランスエンジニアにとって、免税事業者のままでいることは取引上の不利につながりかねません。
ただし、すべてのケースで不利になるわけではない点にも注意が必要です。
例えば、取引先が個人消費者や消費税免税事業者(小規模事業者)である場合、そもそも取引先側が消費税の仕入税額控除を受ける立場にないため、適格請求書がなくても取引関係に影響はありません。
また、取引先が消費税の簡易課税制度を選択している事業者の場合も、仕入先ごとの税額より簡易計算による納税を行うため、インボイスの有無による影響は相対的に小さくなります。このように、取引先の性質によっては免税事業者のままでも大きな問題とならない場合もあります。
課税事業者(年間売上1,000万円超)の場合
すでに課税事業者として消費税を納めているフリーランスエンジニアの場合、インボイス制度導入によって消費税の納税義務自体が新たに増えることはありません。
もともと消費税を申告・納税しているので、その点では従来どおりです。ただし、適格請求書発行事業者の登録手続きを行わなければ、適格請求書を発行することはできません。
課税事業者であれば原則として登録申請を行う資格がありますから、早めに登録しておけば従来通り取引先に消費税額を請求でき、取引先側も支払った消費税の控除を継続して受けられます。
つまり、課税事業者がインボイス制度に対応して適格請求書を発行できるようにすれば、今までと変わらない条件で取引を続けられるということです。
課税事業者のフリーランスエンジニアにとって重要なのは、取引先への信頼性向上と請求書フォーマットの変更です。登録を済ませ適格請求書を発行できるようにすることで、「このフリーランスは税務面でもきちんと対応している」という安心感を与えられます。
反対に、課税事業者であるにもかかわらず適格請求書発行事業者の登録をしていない場合、取引先から登録を促される可能性があります。
基本的には課税事業者であればインボイスに対応するデメリットは少ないため、該当するフリーランスエンジニアは速やかに登録と請求書様式の変更を行うことが望ましいでしょう。
取引先企業との契約や報酬への影響
インボイス制度はフリーランスエンジニア本人だけでなく、取引先企業との関係にも影響を与えます。制度開始前は、「インボイス未対応だと取引停止になるのでは」「報酬が一方的に減らされるのでは」といった不安の声も多く聞かれました。
実際に2023年10月の制度施行後、一部のフリーランスや小規模事業者で取引減少や報酬減額といった影響が報告されています。しかし、全体としては多くの事業者が制度に適応し、深刻な混乱は限定的だったとの見方もあります。
多くの企業はフリーランス側と話し合いを行い、双方納得の上で取引条件を調整しているようです。
重要なのは、取引先と適切にコミュニケーションをとることです。インボイス制度によって取引コスト構造が変わる以上、発注側(企業)と受注側(フリーランス)が新しいルールの下でどうするか協議する必要があります。
発注企業が「インボイス未登録なら報酬10%カットで」と一方的に通告し実行すれば、下請代金の減額や取引停止の強要として「下請法」や「独占禁止法」に抵触する可能性があります。実際にはそうした法規制を踏まえ、多くの企業は慎重に対応している状況です。
フリーランス側も感情的にならず、自分が登録済みか未登録かを正直に伝えた上で、今後の契約条件について冷静に話し合うことが大切です。
取引先が個人相手の商売でインボイス制度の影響を受けない場合や、教育的観点からフリーランスを支援する姿勢の企業もあります。
そのような場合には、フリーランスエンジニアが未登録であっても報酬を据え置き、今後の成長を待つといった判断がなされることもあるでしょう。
ただしビジネスの現場では、最終的には経済合理性が優先されます。フリーランスエンジニアとして将来も安定して仕事を得るためには、制度への対応を前向きに検討することが得策と言えます。
フリーランスエンジニアが取るべきインボイス制度への対応策
では、フリーランスエンジニアはインボイス制度に対して具体的にどのような対応を取れば良いのでしょうか。ここからは、フリーランス側が講ずるべき対策を順を追って解説します。
適格請求書発行事業者への登録方法、インボイス対応の請求書の発行方法、登録することのメリット・デメリット、あえて未登録のままでいる場合の注意点など、実務上押さえておきたいポイントを見ていきます。
適格請求書発行事業者への登録方法と手続き
インボイス制度に対応する第一歩は、適格請求書発行事業者の登録手続きを行うことです。フリーランスエンジニアが適格請求書を発行するためには、事前に税務署へ登録申請をして承認を受け、「登録番号」を取得しなければなりません。
登録番号はアルファベットの「T」から始まる13桁の番号で、インボイス制度において自身が発行者として認められたことを示すものです。
登録申請の方法: 登録申請は所轄の税務署に書面を郵送するか、または国税庁のe-Tax(電子申告)を利用してオンラインで行います。個人事業主であるフリーランスエンジニアの場合、提出する書類は「適格請求書発行事業者の登録申請書」です。
この申請書に必要事項を記入し、税務署へ提出します。オンライン申請であれば処理が早く、書面郵送よりも迅速に登録通知が届く傾向があります。
申請のタイミング: インボイス制度開始に合わせて登録するには2023年3月末までの申請が推奨されていましたが、制度開始後も随時申請は可能です。申請が認められると、原則として申請を受け付けた日以降で指定された日付から登録が有効になります。
例えば、2024年4月1日に登録が受理されれば、その日以降の取引について適格請求書を発行できるようになります。申請から登録通知まで通常数週間程度かかるので、必要と判断したら早めに動きましょう。
登録申請書の記載ポイント: 登録申請書には、氏名(または屋号)、住所、納税地、事業者区分(課税事業者か免税事業者か)などを記入する欄があります。
個人事業主のフリーランスで現在免税事業者の場合でも、申請は可能です(申請が認められ登録されると、その時点から課税事業者として扱われます)。
用紙にはチェックボックスで現在の事業者区分を示す箇所があり、自分が「現時点で課税事業者でない=免税事業者」である場合はその欄にチェックを入れます。
また、登録申請書にはマイナンバーの記入欄があり、提出の際には本人確認書類の写し(マイナンバーカードや通知カード+運転免許証など)の添付が必要です。
提出先は所轄税務署ですが、免税事業者からの登録申請の場合、処理はインボイス登録センターという専門部署で行われます。
以下に、インボイス登録申請書の記載例(個人事業主のフリーランスエンジニア想定)をテキスト形式で示します。
【適格請求書発行事業者 登録申請書 記載例(個人事業主)】
提出日:2024年1月15日
提出先税務署:○○税務署
1. 住所(または居所):東京都〇〇区〇〇町1-2-3
2. 納税地:同上
3. 氏名(または名称):田中 太郎
(フリガナ:タナカ タロウ)
※屋号がある場合:TARO ENGINEERING
4. (法人の場合)代表者氏名:該当なし(個人事業主のため)
5. (法人の場合)法人番号:該当なし(個人事業主のため)
6. 事業者区分(該当する方に✔)
□ 課税事業者 ✔ 免税事業者
7. 令和5年3月31日までに申請できなかった事情:
(例)開業したばかりで手続きが間に合わなかったため。
8. 税理士代理による提出:いいえ(自分で提出)
【裏面(申請書2ページ目)】
9. 令和5年10月1日以降に適格請求書発行事業者の登録を受ける場合:✔
・個人番号(マイナンバー):123456789012 (12桁)
・本人確認書類添付:マイナンバーカードの写し添付予定
※この欄に✔すると、登録後は2023年10月1日以降の取引について課税事業者となり、消費税の申告義務が生じます。
10. 消費税課税事業者選択届出書の提出状況:□ 提出済み(課税期間初日:____)
(※課税事業者選択届を別途出している場合のみ記入)
11. 適格請求書発行事業者の登録を受ける意思確認:はい ✔
12. 納税管理人の有無:いいえ ✔ (国内在住で納税管理人不要の場合)
上記は記載例の一部抜粋ですが、実際の申請書ではこれらの項目を順に埋めていきます。書き終えたら内容を確認し、必要書類を添付して郵送提出します(オンラインなら画面の指示に従って送信します)。
税務署で登録が受理されると後日「適格請求書発行事業者の登録通知」が届き、あなたの登録番号(T+13桁)が知らせられます。この登録番号は今後発行する請求書に必ず記載するものですので、大切に保管しましょう。
インボイス制度に対応した請求書の発行方法
適格請求書発行事業者の登録が完了したら、実際に発行する請求書をインボイス制度対応の形式に変える必要があります。
従来からフリーランスエンジニアとして請求書を発行していた方も、記載事項を追加・変更しなければなりません。適格請求書(インボイス)として有効な請求書には以下の6つの項目が盛り込まれている必要があります。
適格請求書発行事業者の氏名または名称および登録番号
発行者である自分の氏名(または屋号)と、取得した登録番号を記載します。氏名は個人名でも屋号でも構いませんが、取引先に誰からの請求書かが明確に伝わるようにしましょう。登録番号は「T1234567890123」のようなT+13桁の番号です。
取引年月日
何年何月何日に提供したサービスに対する請求か、取引日付を明記します。通常は請求書の発行日や、サービス提供期間の終了日などを記載します(例:「2025年4月30日」など)。
取引内容
提供したサービスの内容や数量などを具体的に記載します。フリーランスエンジニアの場合、「システム開発業務委託」「Webサイト制作」「アプリケーション機能追加」等の案件名や作業内容、作業時間・成果物などを列挙します。
複数の項目がある場合は行を分けて記載します。また、軽減税率(8%)対象の取引が含まれる場合は、その旨(例:※印を付けて「※軽減税率対象」など)を明示する必要がありますが、エンジニア業務では軽減税率品目は通常関係ありません。
税率ごとに区分して合計した取引金額
取引金額(対価の額)を消費税率ごとに合計して記載します。例えば、標準税率10%の対象取引であれば「課税対象額(10%):¥500,000」のように、軽減税率8%対象の取引がなければ10%の合計額のみを記載します。
税込金額で合計を記載する方法と、税抜金額で記載する方法がありますが、どちらでも認められています(税額を別欄で書くので整合性が取れていればOKです)。
税率ごとに区分した消費税額等
上記4で区分した各金額に対する消費税額を記載します。通常は税抜価格に税率を乗じて算出した消費税額です。例えば¥500,000(税抜)の10%分であれば「消費税額(10%):¥50,000」と記載します。
複数税率がある場合は税率別に税額をそれぞれ記載します。端数処理も適切に行いましょう(1円未満は四捨五入等)。
書類の交付を受ける事業者の氏名または名称
請求書を受け取る相手先の名称(取引先の会社名や担当者名など)を記載します。通常、請求書の「宛先」にあたる部分です。例えば「〇〇株式会社 御中」のように記します(個人事業主相手なら「〇〇様」)。
ただし、タクシーの領収書など一部少額取引で認められる適格簡易請求書では、この項目の記載は省略可能となっています。フリーランスエンジニアの請求書では通常相手が法人や事業者でしょうから、宛名を明記する形になります。
以上の項目を盛り込めば、その請求書は適格請求書(インボイス)として有効です。従来の請求書フォーマットを使っている場合は、登録番号や税率区分・税額の欄を新たに追加する必要があります。
ExcelやWordで自作しているならテンプレートを更新しましょう。
会計ソフトや請求書発行サービスを利用している場合、多くはインボイス制度対応のアップデートがされていますので、設定画面で自社(自分)の登録番号を入力し、出力フォーマットが新様式になっているか確認してください。
それでは、フリーランスエンジニアが発行する請求書のインボイス記載例を示します。以下は架空の案件に対する請求書の例です。
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請 求 書 (適格請求書)
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発行日:2025年4月30日
請求書番号:INV-20250430-001
適格請求書発行事業者 登録番号:T1234567890123
発行者:田中 太郎(屋号:TARO ENGINEERING)
住所:東京都〇〇区〇〇町1-2-3
宛先:株式会社ABC 御中
件名:Webアプリケーション開発業務委託料(4月分)
内容:
・Webアプリ開発作業(要件定義~実装) 100時間
単価@¥5,000 × 100 = ¥500,000
・サーバ環境構築(一式) ¥100,000
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小計(税抜) ¥600,000
消費税額(10%) ¥60,000
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合計金額(税込) ¥660,000
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※本請求書は適格請求書発行事業者が発行する適格請求書です。
お支払期日:2025年5月31日
振込先銀行口座:〇〇銀行 △△支店 普通 1234567 (田中 太郎)
上記の請求書記載例では、フリーランスエンジニアである田中太郎さん(屋号:TARO ENGINEERING)が、株式会社ABCに対して4月分の開発業務委託料を請求しています。
登録番号、発行者情報、宛先、取引内容、税抜小計・消費税額・税込合計が記載されており、インボイス制度の要件を満たす形式になっています。
実務ではこのような請求書を発行し、取引先に送付します。取引先はこの請求書を保存することで、支払った消費税¥60,000分の仕入税額控除を受けることができます。
適格請求書発行事業者に登録することのメリット・デメリット
適格請求書発行事業者(インボイス発行事業者)になるかどうかは、フリーランスにとって重要な経営判断です。ここでは、登録する場合の主なメリットとデメリットを整理します。
メリット
取引機会の確保・拡大
インボイス発行事業者になっておけば、取引先が課税事業者の場合でも敬遠されることなく仕事を継続・獲得できます。適格請求書を発行できれば、取引先にとってあなたと取引することによる税務上のデメリットが無くなるため、仕事の機会を逃しにくくなると言えます。
特に今後事業を拡大して大手企業との取引を目指す場合や、将来的に自分の売上が1,000万円を超えて完全に課税事業者となることを見据えるなら、早めに制度に対応しておく方がスムーズです。
信頼性とプロ意識の向上
インボイス制度に対応済みであることは、税務処理を適切に行っている証でもあります。クライアントから見ると、ビジネスの基礎をきちんと固めているプロフェッショナルなフリーランスという印象を与えることができます。
また、自身でも消費税申告を行うことで、経理・税務知識が向上し事業収支の管理能力が高まるといった自己研鑽のメリットもあります。
仕入税額控除の活用
フリーランスエンジニアは人件費(自分の労働力)が主な提供価値で経費が少ない傾向がありますが、それでも業務上の支出(パソコンやソフトウェア購入費、サーバ利用料、通信費など)に含まれる消費税分の仕入税額控除が可能になります。
免税事業者だとそもそも消費税申告をしないため経費に含まれる消費税は関係ありませんが、課税事業者となれば、経費の中の消費税分は差し引けるため実質的な手取り減少をいくらか緩和できます。
特に設備投資が大きい年などは仕入税額控除の恩恵も相応に受けられます。
政府の支援策の適用
インボイス制度への移行にあたり、政府は小規模事業者の負担軽減措置を用意しています。代表的なものが「2割特例」です。
これは、今まで免税事業者だった人がインボイス発行事業者となり消費税の申告・納税を始める場合に、一定期間、納める消費税額を売上にかかる消費税額の2割に軽減できるという特例措置です。
具体的には、2023年10月1日からインボイス発行事業者に登録した場合、2023年10月~2026年12月までの申告期間について、通常計算した消費税額の2割のみ納税すれば良いことになっています(残り8割は免除)。
例えば本来50万円の消費税納税額が発生するところ、この特例適用で10万円の納税で済むといった具合で、初期の負担を大幅に減らすことができます。こうした優遇措置を活用できるのも、課税事業者として登録した場合のメリットです。
デメリット
実質的な手取り収入の減少
最大のデメリットは、消費税の納税義務が発生することです。
免税事業者であれば、請求書に消費税相当額を上乗せして受け取った場合でもそれを納税せず自分の収入にできました(法的には税込金額=報酬であり消費税を預からない形ですが、実質上は消費税分が手元に残る形)。
しかし課税事業者となりインボイスを発行すれば、受け取った消費税相当額は後日国に納める必要があります。したがって同じ税込売上高であれば、免税事業者時代より手元に残る金額は減ることになります。
特に仕入や経費が少ないフリーランスエンジニアほど、この影響で実質の利益率が下がることになります。
事務負担・納税コストの増加
課税事業者になれば、原則として年に一度(個人事業主は年1回、法人は事業年度ごと)消費税の確定申告と納税が必要です。経理処理として請求書控えや経費の領収書を整理し、消費税額を計算して申告書類を作成する手間が発生します。
青色申告決算と併せて行う必要があり、事務作業が増えるでしょう。税理士に依頼すればコストがかかりますし、自力で行うにも時間を取られます。
また、消費税の納税資金をプールしておくキャッシュフロー管理も必要です。これまで意識していなかった人は、資金管理の面で注意が必要になります。
免税事業者に戻るのが一定期間できない
一度課税事業者を選択すると、原則として2年間は免税事業者に戻れないというルールがあります(消費税課税事業者選択届出書を提出した場合、少なくともその適用開始から2年間は取りやめできない)。
インボイス登録のために課税事業者になったものの、「思ったより負担が大きいので来年からやっぱり免税事業者に…」ということは短期的にはできません。少なくとも数年単位で消費税申告を継続する前提で意思決定する必要があります。
もし取引状況が変化してインボイスが不要になっても、期間内は納税義務を全うしなければならない点に注意です。
場合によっては価格競争力の低下
フリーランスエンジニアが主に相手にするのが一般消費者や免税事業者の場合、インボイス発行事業者になることがかえって価格競争力の低下につながる可能性もあります。例えば、あなたと同程度のスキルのエンジニアAさん(免税事業者)がいたとします。
クライアントが消費税控除を必要としない場合、Aさんは税込100万円の報酬を丸ごと受け取れますが、あなたは100万円(税込)受け取ってもその中から約9万円弱(消費税計算上の納付額)を納税しなければなりません。
となると、同じ手取りにするにはあなたは約110万円(税込)請求しないと釣り合わない計算です。クライアントが消費税を気にしない立場だと、免税事業者の方が安く請け負えるため、案件獲得で不利になり得ます。
ただしこのケースは取引先が課税事業者かどうかで真逆になりますので、自分の主要顧客がどちらかによってメリットにもデメリットにもなり得る点です。
以上を踏まえ、インボイス発行事業者になるかどうかは、自身の事業規模や顧客属性、将来の展望を考慮して判断する必要があります。
メリットがデメリットを上回ると判断すれば早めに登録し、デメリットの方が大きいと思う場合は次で述べる未登録維持の戦略も検討しましょう。
インボイス未登録(免税事業者のまま)を選択する場合の注意点
フリーランスエンジニアの中には、「売上規模的にまだ小さいので、あえてインボイス登録はせず免税事業者のままでいたい」という考えの方もいるでしょう。実際、インボイス制度が始まった直後には相当数の小規模事業者が登録を見送りました。
インボイス未登録を選択すること自体は違法ではなく可能です。しかし、その場合には以下の点に注意し、対策を講じることが大切です。
取引先への事前説明と理解
まず、主要な取引先には自分が適格請求書発行事業者に未登録であることを伝え、理解を求めましょう。取引先が課税事業者の場合、あなたからの請求書では消費税分の控除ができないことになります。
発注側も当然それを把握しているはずですが、請求書を受け取るタイミングになって初めて「この人はインボイス発行事業者じゃなかったのか」と気付かれるのは望ましくありません。
契約前の段階で「現在インボイス未登録ですが、それでもよろしいでしょうか」と確認し、必要に応じて報酬額について話し合うようにします。誠意を持って説明すれば、相手もそれを織り込んだ条件提示をしてくれるでしょう。
報酬金額の調整
上記の説明に関連して、消費税相当額の扱いをどうするかを明確にしておく必要があります。
例えば、通常であれば税込110万円のところを、インボイス未対応だから税込100万円(うち消費税相当分は控除不可)でお願いしたい、といった依頼を受けることもあるかもしれません。
これは事実上の値引きですからフリーランス側の痛手ですが、市場競争上致し方ないケースもあるでしょう。
逆に、自分から「今回はインボイス発行ができずご迷惑をおかけするので、消費税分はいただかず本体価格のみの〇〇万円で結構です」といった提案をすることも考えられます。
ただし過度な値下げは自分の首を絞めますので、取引先とフェアに負担を分かち合うラインを探ることがポイントです。一度その価格で契約すると後から上げるのは難しいため、慎重に判断しましょう。
取引先の選別
インボイス未登録でやっていくと決めたなら、取引先の属性を選ぶことも戦略です。前述のように、相手が免税事業者や一般消費者であればインボイスの有無は取引に影響しません。
個人ユーザー向けの仕事や、消費税を気にしない小規模事業者相手の案件に注力するのも一つの方法です。また、クラウドソーシング経由の仕事などではクライアントが個人の場合も多く、その場合インボイスを要求されることは少ないでしょう。
ただ、こうした案件は往々にして単価が低めになる傾向もあります。インボイス対応の有無と案件単価・規模はトレードオフになる可能性があるため、自分がやりたい仕事や目指す収入水準と照らして無理のない選択をしてください。
将来的な方針転換の検討
現時点で未登録でも、将来的に状況が変われば登録を検討すべきタイミングが来るかもしれません。例えば「年間売上が1,000万円に迫ってきた」「取引先が増えて課税事業者が多くなった」「インボイス未対応を理由に契約終了となってしまった」等の局面です。
そうしたときは、迅速にインボイス発行事業者の登録手続きを取ることを考えましょう。インボイス制度自体は今後も継続し、むしろ段階的に経過措置が減って厳格化されていきます(2029年には一部の特例終了など)。
最終的にはほとんどの事業者がインボイス対応を求められる世の中になる可能性もあります。常に最新情報をキャッチアップしつつ、自分の事業にとって最善のタイミングで対応策を変更できるよう柔軟性を持つことが大事です。
繰り返しになりますが、インボイス未登録という選択はリスクと隣り合わせです。ビジネスチャンスを逃すリスクと納税負担を負うリスクを天秤にかけ、どちらを取るかという判断になります。
免税事業者のままでいる限りは、取引条件面で弱い立場になりやすいことを自覚し、営業努力や付加価値向上など他の面でカバーする意識が必要でしょう。
取引先企業側の担当者が注意すべきポイント
ここまでフリーランスエンジニア側の視点でインボイス制度への対応を見てきましたが、発注者である取引先企業の担当者もまた、この制度に適切に対処する必要があります。
フリーランスとの取引を円滑に継続するために、企業側が押さえておくべきポイントを整理します。
フリーランスのインボイス登録状況の把握
まず、取引のあるフリーランスエンジニアが適格請求書発行事業者に登録しているか否かを正確に把握しましょう。登録している場合は、請求書に記載の登録番号が正しいか確認します。
国税庁の公開サイトで登録番号を検索すれば、登録事業者の氏名・名称が照合できます。未登録の場合は、社内の経理処理でその支払いに対する消費税を仕入税額控除できないことを認識し、コスト計算に反映させます。
契約条件の見直しと事前交渉
フリーランス側が未登録である場合、今後の支払いについて税込金額の取り扱いを検討する必要があります。たとえば、これまで税込110万円払っていた契約を、仕入税額控除できない分実質コスト増となるため税込100万円に改定したい、といったケースです。
ただし、前述のようにそのような一方的な減額要求は法律上問題となる可能性があります。下請法や独禁法に抵触しないよう、必ずフリーランス側と事前に協議し、合意の上で契約書や発注書を変更するようにします。書面で双方が合意した形に残しておくことも大切です。
支払い金額の社内ルール設定
企業として、多くのフリーランスと取引がある場合は、「インボイス未対応の外注先への支払は税込金額据え置き」「あるいは消費税相当分減額交渉する」等の方針を社内で統一しておくと良いでしょう。
現場担当者の判断に委ねると対応がまちまちになり、公平性やコンプライアンスの面で問題が生じる恐れがあります。経営層や経理部と相談し、取引先に提示する条件の基準を定めておくことで、担当者自身も動きやすくなります。
経過措置・特例の活用
企業側として知っておきたいのは、インボイス制度には経過措置があることです。
例えば「少額特例」と呼ばれる措置では、2023年10月から2029年9月までの間、1万円未満の課税仕入れについては、適格請求書がなくても帳簿のみで仕入税額控除が認められる場合があります。
フリーランスへの支払いで1万円未満というケースは稀かもしれませんが、出張時の交通費や細かな経費精算など、少額の支出についてはこの特例が使えるかもしれません。
もっとも、この特例を悪用する形で本来ひとまとまりの取引を分割して請求してもらうような行為は好ましくありません。基本スタンスは正攻法で、どうしても少額の領収書等しかない場合に控除できる救済措置がある、と認識しておきましょう。
適格請求書の保存と管理
インボイス制度下では、受領した適格請求書(紙だけでなくPDF等電子データ含む)を適切に保存することが企業側の義務となっています。
フリーランスエンジニアから受け取った請求書が適格請求書の要件を満たしているなら、7年間の保存義務があります(電子帳簿保存法の要件にも注意)。
紙で受け取ったものはファイリング、メールで受領したPDFは社内ルールに沿ってサーバ保管やシステム保存するなどして、税務調査に備えて提示できる状態を確保しましょう。
せっかく受け取ったインボイスも、紛失したり保存不備だと控除が認められなくなる可能性があります。
フリーランスとの信頼関係維持
最後に、インボイス制度に関する対応も含めて、フリーランスとの関係を良好に保つよう心掛けます。一方的な通達ではなく事前説明と合意形成をしっかり行うことで、相手からの信頼も得られ、今後も協力関係を続けやすくなります。
優秀なフリーランスエンジニアは他社からも引く手あまたです。インボイス対応を機に関係がこじれてしまっては本末転倒ですので、お互いにとってベストな形を話し合って決める姿勢が大切です。
取引先企業側の担当者は、自社がインボイス制度に対応する立場であると同時に、外部のフリーランスを支える立場でもあることを意識しましょう。
両者が協力し合って適切に制度に適応できれば、従来と変わらず、あるいはそれ以上に円滑なビジネス関係を築いていけるはずです。
まとめ
インボイス制度の導入により、フリーランスエンジニアを取り巻く環境は大きく変化しました。免税事業者として気軽に請求書を発行できていた時代から、適格請求書発行事業者としての登録や請求書フォーマットの変更が求められる時代へと移行しつつあります。
初心者のフリーランスエンジニアにとっては難しく感じられるかもしれませんが、本記事で解説したようにポイントを押さえれば決して対応不可能なものではありません。
重要なのは、自身の事業規模と取引先の状況を踏まえて最適な選択をすることです。インボイス発行事業者になるにせよ、免税事業者を維持するにせよ、それぞれにメリット・デメリットがあります。
現在の自分にとって何が得策かを見極め、必要な手続きを進めてください。インボイス登録を選んだ場合は速やかに登録申請を行い、請求書の様式を変更しましょう。
未登録を選んだ場合でも、取引先との信頼関係を維持しつつ将来に備えた準備は怠らないようにしましょう。
また、取引先企業側も含めて双方が歩み寄り、十分なコミュニケーションを図ることで、インボイス制度下でも公正で良好な取引関係を続けることができます。制度開始から時間が経つにつれ、社会全体の理解も深まり対応も進んでいくでしょう。
フリーランスエンジニアの皆さんは本記事の内容を参考に、ぜひ実務に活かしてみてください。適切にインボイス制度へ対応することで、今後も安心してフリーランスとしてのエンジニアキャリアを発展させていけるはずです。
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