
海外との取引は、ビジネスをグローバルに成長させる大きなチャンスをもたらします。しかし、2023年10月1日に日本で導入されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)は、多くの事業者にとって新たな課題となっています。
「輸出や輸入に関わる消費税の扱いはどう変わるのか」「海外の取引先に日本のインボイスを発行する必要はあるのか」といった疑問や不安を抱えている方も少なくないでしょう。
インボイス制度に関するルールを誤解したまま取引を進めてしまうと、本来受けられるはずの税金の還付を逃したり、意図せず追徴課税の対象となったりするリスクが潜んでいます。
海外取引の税務は複雑に見えるかもしれませんが、その仕組みと要点を正しく理解すれば、適切に対応することが可能です。
本記事では、海外取引におけるインボイス制度の正しい知識と、具体的な実務対応を網羅的に解説します。輸出取引における免税の条件、輸入取引で損をしないための仕入税額控除のポイント、そして見落としがちな源泉徴収に至るまで、取引の場面ごとに事業者が何をすべきかを明らかにします。
目次
海外取引とインボイス制度の基本
なぜ海外取引で日本のインボイス制度が関係するのか
日本のインボイス制度は、正式名称を「適格請求書等保存方式」といい、日本の消費税に関する国内の制度です。この制度の主な目的は、事業者が支払った消費税を、自社が納める消費税額から差し引く「仕入税額控除」を適用する際の、正確なルールを定めることにあります。
日本の消費税は、原則として日本国内の取引と、海外からの輸入取引に対して課税されます。海外で完結する取引、いわゆる「国外取引」には課税されません。この基本的な原則が、海外取引とインボイス制度の関係性を理解する上で極めて重要な鍵となります。
輸入取引の場合、海外から商品を輸入する際には、日本の税関で消費税が課されます。この支払った消費税は「仕入税額控除」の対象となるため、インボイス制度のルールが直接的に関わってきます。適切な手続きを踏まなければ、この控除が受けられず、税負担が増加してしまいます。
一方、輸出取引の場合、商品を海外へ輸出する取引は消費税が免除される「輸出免税」の対象となります。消費税が課されないため、買手である海外企業が日本の仕入税額控除を行うことはありません。
したがって、原則として日本のインボイス(適格請求書)を海外の取引先に発行する必要はありません。しかし、免税の適用を受けるためには「確かに輸出した」という事実を証明する必要があり、その点で間接的に制度の知識が求められます。
つまり、インボイス制度は日本の国内法でありながら、その影響は消費税の課税対象となるすべての取引、すなわち海外との輸出入にも及ぶのです。
すべての基本、「国内取引」と「国外取引」の考え方(内外判定)
ある取引に日本の消費税がかかるかどうかを判断する基準を「内外判定」と呼びます。この判定は、取引の対象が物理的な「モノ(資産)」であるか、無形の「サービス(役務)」であるかによって、その判断基準が異なります。この区別を正確に理解することが、海外取引の税務処理の第一歩です。
資産の譲渡・貸付における内外判定
モノ、すなわち資産の譲渡や貸付に関する取引の場合、内外判定は非常にシンプルです。原則として、その取引が行われた時点で、対象となる資産が物理的にどこに所在していたかに基づいて判断されます。
例えば、日本国内にある商品を海外の顧客へ販売(輸出)する場合、取引時点での資産の所在地は日本国内であるため、この取引は「国内取引」に該当します。ただし、後述する輸出免税制度が適用されるため、結果的に消費税は免除されます。
海外にある商品を日本へ輸入する場合は、輸入という行為そのものが日本の消費税の課税対象となります。
一方で、海外の工場で製造した商品を、日本の港を経由せずに米国の顧客へ直接発送するようなケースを考えてみましょう。この場合、資産は一度も日本国内に存在しないため、取引は「国外取引」と判定されます。したがって、この取引に日本の消費税が課されることはありません。
役務の提供における内外判定
サービスの提供、すなわち役務の提供に関する内外判定は、モノの取引に比べて複雑です。原則としては、そのサービスが提供された場所、つまり「役務提供地」がどこであるかで判断されます。しかし、サービスの性質上、物理的な場所を特定することが難しいケースが多いため、サービスの種類に応じて詳細なルールが定められています。
一般的なコンサルティングや設計、情報提供などのサービスでは、サービス提供者の事務所の所在地が基準となることが多くあります。
特に注意が必要なのが、インターネットを介して提供されるデジタルサービスです。電子書籍の配信、ソフトウェアのオンライン提供、インターネット広告の配信などは「電気通信利用役務の提供」と呼ばれ、特別なルールが適用されます。この場合、原則としてサービスの提供を受ける側、つまり顧客の住所地や本店所在地で内外判定を行います。
したがって、日本の事業者が海外の顧客にデジタルサービスを提供すれば「国外取引」となり、逆に海外の事業者から日本の事業者がデジタルサービスを受ければ「国内取引」として日本の消費税の対象となる可能性があるのです。この例外ルールは非常に重要であり、多くのビジネスシーンで論点となります。
貿易で使う「インボイス」と消費税の「インボイス」は別物
海外取引に携わる事業者が最も陥りやすい混乱の一つが、「インボイス」という言葉の解釈です。貿易実務で日常的に使用される「インボイス」と、日本の消費税法が定める「インボイス(適格請求書)」は、その目的も根拠も全く異なる別物です。この違いを明確に認識することが、すべての議論の前提となります。
商業インボイス
商業インボイスは、国際貿易における最も基本的な書類の一つです。これは輸出者が輸入者に対して発行するもので、取引される商品の品名、数量、単価、合計金額、支払い条件、輸送条件といった詳細情報を記載した「明細書」「納品書」「請求書」の役割を兼ね備えています。
この書類は、税関での輸出入申告手続き、関税評価額の算定、そして銀行を介した代金決済(信用状取引など)のために不可欠なものです。商業インボイスは、長年の国際的な商慣習に基づいて作成される書類であり、日本の消費税法のような特定の法律で定められた統一様式は存在しません。
適格請求書
一方、適格請求書は、日本の消費税法において定められた、全く異なる目的を持つ書類です。その唯一の目的は、買手側が仕入税額控除を適用するための証明として機能することです。この書類を発行するためには、事業者は事前に税務署へ登録申請を行い、「適格請求書発行事業者」として登録番号を取得しなければなりません。
適格請求書には、この登録番号をはじめ、適用される税率(10%または8%)、税率ごとの消費税額、書類の交付を受ける事業者の氏名または名称などをすべて記載する義務があります。
多くの事業者は、普段から使い慣れている商業インボイスのフォーマットを少し修正すれば、消費税法上の適格請求書としても通用するのではないかと誤解しがちです。しかし、海外の取引先が発行する一般的な商業インボイスには、日本の適格請求書発行事業者登録番号や、円建てで計算された消費税額などが記載されていることはまずありません。
そのため、商業インボイスをそのまま仕入税額控除の証拠として使用することはできないのです。この根本的な違いを認識することが、海外取引の税務対応を正確に進めるための第一歩となります。
輸出取引におけるインボイス制度と免税対応
商品を海外に販売する輸出事業者にとって、インボイス制度への対応は「いかにして消費税の免税措置を確実に適用させるか」という点が中心的な課題となります。ここでは、輸出取引における税務上のポイントと、事業者が遵守すべき手続きについて詳しく見ていきましょう。
輸出取引の原則免税と適格請求書発行の要否
事業者が国内で行う商品の販売には、原則として10%(食料品などの軽減税率対象品目は8%)の消費税が課されます。しかし、その販売が海外への輸出取引に該当する場合には、例外的に消費税が免除されます。この制度を「輸出免税」と呼びます。
輸出免税制度の背景には、「消費税は、国内で消費されるモノやサービスに対して課される税金(内国消費税)である」という基本的な考え方があります。したがって、最終的に外国で消費されることが前提となる輸出取引については、日本の消費税を課税しないという国際的な原則に基づいています。
この輸出取引は消費税が免除されるため、買手である海外の事業者は日本の消費税を支払う必要がなく、結果として日本の仕入税額控除を行う場面も存在しません。このことから、商品を輸出する日本の事業者は、海外の取引先に対して、日本のインボイス制度に準拠した「適格請求書」を発行する法的な義務はありません。
実務上は、これまで通り貿易慣行に基づいた「商業インボイス(Commercial Invoice)」を発行し、それを用いて通関手続きと代金請求を行えばよいということになります。
輸出免税の適用を受けるための必須要件と証明書類
輸出取引が免税となるのは、自動的に認められるわけではありません。税務署に対して、「この取引が間違いなく輸出免税の対象となる取引であること」を客観的な証拠に基づいて証明する必要があります。
この証明ができない場合、後日の税務調査において免税が否認され、本来徴収していないはずの消費税の納税を求められる可能性があります。
免税の証明のために保存すべき書類は、輸出の方法によって具体的に定められています。
最も一般的な、輸出許可を必要とする貨物の輸出の場合、税関から交付される「輸出許可書(輸出許可通知書)」が最も確実性の高い証明書類となります。
国際郵便を利用して貨物を送る場合、その価額が20万円を超えるものであれば、同様に「輸出許可書」が必要です。
価額が20万円以下の場合は、税関の許可は不要ですが、代わりに日本郵便から交付される荷物の引受を証明する書類(EMSの発送伝票の控えなど)と、取引の事実を記録した帳簿(品名、数量、価額、受取人の氏名・住所などを記載)の両方を保存しなければなりません。
また、物理的なモノの輸出ではなく、海外の非居住者に対してコンサルティングなどのサービスを提供する場合には、その取引が非居住者に対するものであること、および取引の具体的な内容がわかる契約書などの書類が必要となります。
これらの証明書類は、原則として7年間の保存が法律で義務付けられています。輸出免税は、こうした厳格な書類管理を前提として初めて認められる権利であると認識し、日々の取引で発生する証明書類を確実に整理・保管する社内体制を構築することが極めて重要です。
輸出免税の対象外となる国内取引の注意点
海外の事業者との取引であっても、そのすべてが輸出免税の対象となるわけではない点に注意が必要です。取引の実態によっては「国内取引」とみなされ、消費税の課税対象となるケースが存在します。
例えば、海外の非居住者に対するサービス提供であっても、そのサービスの提供が日本国内で完結する場合は課税対象となります。具体的には、来日した外国人観光客への宿泊サービスや飲食の提供、日本国内に所在する資産の運送・保管・修繕といった役務がこれに該当します。
また、自社の商品を、別の日本の事業者(総合商社など)に販売し、その事業者が最終的に海外へ輸出する、いわゆる間接輸出のケースを考えてみましょう。この場合、自社からその商社への販売は、あくまでも日本国内の事業者間で行われる「国内取引」です。
したがって、この取引には消費税が課税され、自社は商社に対して適格請求書を発行する義務があります。輸出免税が適用されるのは、最終的に商品を輸出した商社のみとなります。
同様に、輸出される完成品の一部となる部品を製造・加工する下請事業者も注意が必要です。元請である輸出事業者への部品の納品は国内取引であり、消費税が課税されます。自社が直接の輸出者でない限り、輸出免税は適用されません。
輸入取引における仕入税額控除とインボイス対応
海外から商品を仕入れる輸入事業者にとって、インボイス制度への対応は「支払った消費税をいかにして確実に取り戻すか(仕入税額控除)」が最大のテーマとなります。輸出取引と比較して、より直接的かつ金銭的な影響が大きいため、制度の正確な理解が不可欠です。
輸入で消費税が発生する仕組みと仕入税額控除
海外から商品を輸入する際、その商品は港や空港の保税地域に一時的に蔵置され、輸入申告と納税を経て国内に引き取られます。この国内に引き取られる時点で、日本の消費税が課されます。この輸入消費税は、商品の代金とは別に、輸入者が税関に対して直接納付します。
この輸入時に支払った消費税は、会計上「課税仕入れ」として扱われます。したがって、輸入事業者が消費税の課税事業者である場合、国内の売上で顧客から預かった消費税額から、この輸入時に支払った消費税額を差し引いて、納税額を計算することができます。これが輸入における「仕入税額控除」です。
この控除を適切に適用できるかどうかは、企業のキャッシュフローに大きな影響を与えます。特に、高額な商品を輸入する事業や、輸入を頻繁に行う事業にとっては、影響が大きいです。
仕入税額控除の鍵を握る「輸入許可通知書」の役割
国内の事業者間で取引を行う場合、仕入税額控除を受けるためには、原則として取引相手から交付された「適格請求書」を保存しておく必要があります。しかし、輸入取引の場合、取引の相手方は海外の事業者であり、日本の適格請求書発行事業者として登録していることは稀です。
では、何を根拠に仕入税額控除を適用すればよいのでしょうか。その答えとなるのが、貨物の輸入許可の際に税関が発行する「輸入許可通知書」です。
この輸入許可通知書には、輸入された貨物の品名や数量といった情報とともに、輸入者が税関に納付した消費税額が明確に記載されています。
日本の消費税法では、この輸入許可通知書が、輸入取引における適格請求書の代替書類として扱われることになっています。したがって、輸入事業者はこの書類を大切に保管し、税務申告の根拠とすることで、仕入税額控除の適用を受けることができるのです。
輸入申告名義人と実質的な輸入者の相違によるリスク
輸入における仕入税額控除の手続きで、最も注意すべきであり、かつ影響が大きい可能性があるのが、この「名義人」の問題です。
税法上、仕入税額控除を適用できるのは、輸入許可通知書に「輸入者」として名称が記載されている事業者(輸入申告名義人)に限られます。この原則が、実務上の大きな問題を引き起こすことがあります。
多くの事業者は、複雑な通関手続きを専門家であるフォワーダー(国際輸送業者)や通関業者に委託しています。その際、手続きの便宜やスピードを優先するあまり、フォワーダー自身の名前を輸入申告名義人として申告してしまうケースが後を絶ちません。
この場合、フォワーダーが自社名義で輸入申告を行い、税関に輸入消費税を立て替え払いします。その後、フォワーダーは、本来の荷主である事業者(実質的な輸入者)に対し、運賃などの諸経費に加えて、立て替えた消費税額を請求します。
事業者は経済的には消費税を負担しているにもかかわらず、税関が発行する輸入許可通知書の名義はフォワーダーのままです。
その結果、事業者(実質的な輸入者)は、自社の名前が許可書に記載されていないため、支払った消費税について仕入税額控除を適用することができなくなってしまいます。この場合、控除できなかった消費税額はそのままコスト増となり、企業の利益を圧迫します。
このような事態を避けるため、通関業務を委託する際には、必ず自社を輸入申告名義人として申告するよう、フォワーダーや通関業者に契約段階から明確に指示しておくことが極めて重要です。
海外事業者からのサービス購入における適格請求書の要否
海外の事業者から物理的な商品ではなく、サービスを購入する場合の消費税の扱いは、さらに複雑な検討が必要です。
まず、前述した「内外判定」のルールに基づき、そのサービス取引が日本の消費税法における国内取引に該当するかどうかを判断します。
特に、インターネットを介して提供されるソフトウェアのライセンスやデータベースの利用といったデジタルサービス(事業者向け電気通信利用役務の提供)は、サービスの受け手である自社が日本に所在していれば、国内取引と判定される可能性が高くなります。
国内取引に該当する場合、その支払いを課税仕入れとして仕入税額控除を受けるには、原則として、その海外のサービス提供者から「適格請求書」を交付してもらう必要があります。
海外の事業者であっても、日本の税務署に申請して登録すれば、適格請求書発行事業者になることは可能です。取引先が登録事業者であるかどうかは、国税庁の公表サイトで確認することができます。
もし海外の取引先が適格請求書発行事業者でない場合は、特別な対応が求められます。「事業者向け電気通信利用役務の提供」に該当するBtoBのデジタルサービス取引では、「リバースチャージ方式」という特殊な方法で消費税を申告することになります。
これは、サービスの買手である日本企業が、売手である海外事業者に代わって消費税の納税義務を負う仕組みです。具体的には、自社の消費税申告において、支払うべき消費税額と控除できる消費税額の両方を同時に計上します。
それ以外の取引、例えば海外事業者が日本国内に支店などを持ち日本の課税事業者でありながら、インボイス登録をしていない場合、その事業者からの課税仕入れについては、原則として仕入税額控除ができません。
ただし、制度開始後の数年間は、一定割合を控除できる経過措置が設けられています。状況によっては、取引の継続のために、海外の取引先にインボ-イス登録を依頼するといった交渉が必要になるケースも考えられます。
海外取引で混同しやすい書類と税務の知識
インボイス制度への対応を軸に輸出入の税務を解説してきましたが、実際の海外取引では、これらに関連する様々な書類や、消費税以外の税金も深く関わってきます。ここでは、実務上、特に注意が必要となる知識を補足的に解説します。
貿易実務のインボイス作成について
まず、国際貿易で日常的に使用する「商業インボイス」を作成する際の注意点を確認します。これは日本の消費税法上のインボイスとは別物ですが、正確な作成が円滑な取引の基本となります。
プロフォーマ・インボイスとの違い
貿易交渉の初期段階や契約内容の確認のために「プロフォーマ・インボイス(Proforma Invoice)」が使われることがあります。これは「仮の送り状」や「見積書」といった位置づけの書類で、契約内容の最終確認や、輸入者が船積前に銀行で信用状(L/C)を開設する手続きなどに利用されます。
これ自体に法的な請求力はなく、実際の輸出入申告には、最終的な取引内容を記載した「商業インボイス(Commercial Invoice)」が別途必要となります。
外貨建て取引の記載
商業インボイスは、通常、取引当事者間で合意した通貨(米ドル、ユーロなど)で金額を記載し、その通貨単位を明確に表示すれば問題ありません。
一方、もし海外事業者との取引が日本の国内取引と判定され、「適格請求書」を発行または受領する必要が生じた場合、記載ルールはより厳格になります。
取引金額自体は外貨建てで記載しても構いませんが、「消費税額等」の項目については、必ず日本円で記載しなければならないと定められています。その際の円換算には、原則として取引を行った日のTTM(仲値)などの為替レートを使用する必要があります。
無償サンプル品の記載
サンプル品や贈答品、保証修理の代替品など、代金の支払いが発生しない貨物を海外に送る場合でも、税関手続きのためにインボイスの作成は必要です。税関は、関税を計算する目的(関税評価)のために、すべての貨物に対して価額を申告することを要求します。
そのため、インボイスに価額を「0円」や「ゼロ」と記載することは認められません。その商品がもし有償で取引されたと仮定した場合の、妥当な市場価格(Fair Market Value)を算出して記載する必要があります。
その上で、これが請求を伴わない無償の貨物であることを示すために、「No Commercial Value」や「Value for Customs Purpose Only」といった文言をインボイス上に明記するのが一般的です。
海外送金時に注意すべき源泉徴収
海外の事業者へ支払いを行う際には、消費税とは全く別の税金である「源泉徴収」について注意を払う必要があります。これは、特定の種類の支払いを海外の事業者へ行う際に、支払う側の日本企業が、相手方が日本で納めるべき所得税をあらかじめ天引きし、相手に代わって日本の税務署に納付する制度です。
源泉徴収が必要な支払い
源泉徴収は、海外の法人や個人(非居住者)に対し、日本の税法で定められた「国内源泉所得」を支払う場合に必要となります。
代表的な例としては、工業所有権(特許権など)や著作権などの使用料(ロイヤルティ)、日本国内にある不動産の賃料、あるいは弁護士、コンサルタント、技術者などへの専門家報酬で、その役務提供が日本国内で行われたもの、などが挙げられます。商品の輸入代金の支払いは、これには該当しません。
税率とリスク
これらの使用料や報酬に対する源泉徴収の税率は、原則として20.42%(復興特別所得税を含む)と非常に高率です。
もし源泉徴収の義務があることを知らずに、契約金額の全額を海外の取引先に支払ってしまった場合、後日の税務調査でその事実が指摘されると、支払者である自社が、天引きし忘れた源泉徴収税額を負担しなければならなくなります。さらに、納付遅延に対する延滞税などのペナルティも課され、結果として大きなコスト増につながる可能性があります。
租税条約による源泉徴収の減免手続き
日本は世界中の多くの国と、二重課税を防止し、国際的な投資や経済交流を促進するための「租税条約」を締結しています。この条約の規定により、先述の源泉徴収の税率が軽減されたり、場合によっては完全に免除されたりすることがあります(例:20.42% → 10%, 5%, 0%など)。
しかし、この有利な減免措置は、自動的に適用されるわけではありません。適用を受けるためには、支払いを受ける海外の事業者が「租税条約に関する届出書」という所定の書類を作成し、日本の支払者である自社に提出する必要があります。
そして支払者である自社は、その届出書を、源泉徴-徴の対象となる支払いを行う日の前日までに、所轄の税務署へ提出しておかなければなりません。
この事前の手続きを怠ると、たとえ租税条約が締結されている国の相手方への支払いであっても、条約の適用は認められず、国内法で定められた高い税率(20.42%)で源泉徴収する義務が生じます。
後から還付を請求する手続きも存在しますが、非常に煩雑であるため、事前の届出が極めて重要です。海外へサービス対価などを支払う際には、必ず源泉徴収の要否と租税条約の適用の可否を確認する習慣をつけましょう。
まとめ
海外取引におけるインボイス制度と関連税務の対応は、一見すると複雑に感じられるかもしれません。しかし、自社の取引が「輸出」なのか「輸入」なのか、その立場に応じて押さえるべきポイントは明確です。最後に、事業者が日々の業務で徹底すべき要点を再確認します。
輸出事業者が徹底すべきこと
まず、海外の買手は日本の仕入税額控除を行わないため、適格請求書を発行する法的な義務は原則としてありません。貿易実務においては、従来通りの商業インボイスで対応します。
最も重要なのは、輸出免税が自動的に適用されるわけではないという認識です。免税の適用を受けるためには、「輸出許可書」や契約書など、取引が正規の輸出であることを証明する書類を確実に保管することが不可欠です。
また、非居住者向けの取引であっても、サービスの提供地が日本国内である場合など、課税対象となる国内取引との区別を明確にすることが重要です。内外判定のルールを正しく理解し、安易な自己判断を避けましょう。
輸入事業者が徹底すべきこと
輸入事業者の場合、海外の取引先から適格請求書を入手する必要はありません。仕入税額控除を受けるための証明書類は、税関が発行する「輸入許可通知書」です。この書類の保管がすべてとなります。
実務上、最大の注意点は、通関業者に手続きを委託する際に、必ず自社名義で輸入申告を行うよう明確に指示することです。これを怠り、通関業者名義で申告されると、仕入税額控除が受けられず、消費税額分の損失が確定してしまいます。
さらに、海外からのデジタルサービスなどを購入する場合は、日本の国内取引と見なされることがあります。その際には、リバースチャージ方式による申告が必要になるケースを想定し、経理体制を整えておく必要があります。
すべての事業者が注意すべきこと
すべての事業者に共通する基本として、貿易実務で使う「商業インボイス」と、日本の消費税のための「適格請求書」は全くの別物であるという認識を徹底してください。この混同が、多くの誤解やミスの根源となります。
また、海外へサービス対価などを支払う際には、消費税の論点とは別に、源泉徴収の義務がないかを常に確認する習慣が重要です。租税条約による税率の減免を受けるためには、支払い前の届出が必須条件であることを忘れてはなりません。
海外取引の税務は、国内取引にはない特有の論点が多く含まれます。取引が複雑で判断に迷う場合は、自己判断で進めずに、顧問税理士や通関士といった専門家に速やかに相談することが、最終的に最も安全で確実な対応策となります。
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