請求書の基礎知識

ビジネスシーンにおける相殺とは?仕組み・要件と請求書・領収書の処理方法を解説

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相殺

企業間取引では、互いに請求する債権(売掛金)と支払う債務(買掛金)が同時に発生することがあります。

そのような場合、それぞれの金額を差し引きして帳消しにする「相殺」という方法を用いることで、現金のやり取りを減らし支払いの負担を軽減できます。

本記事では、ビジネスシーンにおける「相殺」とは何か、その基本的な仕組みや法律上の要件を解説します。

さらに、相殺を行った際の請求書・領収書の処理方法や記載方法についても紹介し、相殺のメリット・デメリットや注意点を踏まえて、実務で相殺を適切に活用するポイントを詳しく説明します。

相殺とは?

相殺(そうさい)とは、双方がお互いに対等な金銭債権・債務を有している場合に、それらを同額だけ打ち消し合うことで実際の支払い額を減らす、または支払い自体を不要にする精算手続きのことです。

簡単に言えば、一方が相手に支払うべきお金と相手から受け取るべきお金があるときに、互いの同じ金額分を差し引いて帳消し(ゼロ)にすることを指します。

日常用語としては「損得を相殺する」という表現で、プラスマイナスを差し引きゼロにする意味でも使われますが、ビジネスにおいては主に債権・債務の決済方法としての相殺を意味します。

企業の取引では後払い(掛取引)が多く、売掛金と買掛金が発生するケースは珍しくありません。相殺を活用すれば、現金の受渡しを最低限にとどめることができ、振込手数料の削減や入出金管理の簡略化といったメリットがあります。

特に双方が取引先同士である場合、相殺によって効率的に債権回収と支払いを同時に行えるため、キャッシュフローの改善や事務負担の軽減につながります。

相殺取引とは?

相殺取引とは、取引先同士の間で発生した債権と債務を差し引きし、残りの差額だけを決済する取引のことです。具体例で考えてみましょう。

A社とB社がお互いに商品やサービスを提供し合っている場合、A社にはB社に対する売掛金が発生し、同時にB社にもA社に対する売掛金(A社から見れば買掛金)が発生することがあります。

例えば、A社がB社に対して100万円の売掛金を持ち、B社はA社に対して80万円の売掛金を持っている状況を想定します。本来であれば、A社はB社から100万円を受け取り、B社はA社に80万円を支払う流れになります。

しかし、このように双方が支払いや受取を行うのは非効率です。

ここで相殺取引を利用すると、互いの債務を差し引きすることで現金のやり取りを最小限にできます。上記の例では、100万円と80万円を相殺し、差額の20万円だけを実際に支払えば済みます。

つまり、B社がA社に20万円を支払うだけで、両社間の100万円と80万円の債権債務がすべて清算されるのです。この方法により、両社は振込や集金の手間・コストを削減でき、事務処理も簡素化されます。

なお、相殺には大きく分けて約定相殺と法定相殺の2種類があります。約定相殺は当事者双方の合意に基づいて行われる相殺で、あらかじめ契約などで相殺することを取り決めておき、双方の了承のもとに差し引きを行うものです。

一方、法定相殺は民法の規定に従い、一方の当事者が相殺の意思表示(宣言)をすることで成立する相殺です。

法定相殺では相手方の同意がなくても相殺を主張できますが、そのためには後述する「相殺適状」と呼ばれる法律上の要件を満たしている必要があります。

通常の企業間取引においてはトラブル防止の観点から、たとえ法定相殺が可能な場合でも事前に相手と協議し、合意の上で相殺を行う(約定相殺の形を取る)ことが一般的です。

相殺の三要件とは?

相殺の三要件とは?

民法上、債務を法定相殺によって消滅させるためには、公平性を担保するための以下の3つの条件(要件)を満たす必要があると定められています。この3要件を総称して「相殺適状」と言います。

同種の債権が両当事者間に存在すること

相殺の対象となる債権同士が、同じ種類のものでなければなりません。通常は双方が金銭債権を持っている場合がこれに該当します。

例えば一方の債権が「代金を支払え」という金銭債権で、他方の債権も金銭の支払いを求めるものであれば同種とみなされ、契約の種類が異なっていても金銭同士であれば相殺が可能です。

反対に、一方が金銭の支払い債務、他方が商品の引渡債務といったように種類が異なる債務同士は相殺できません。

自働債権の弁済期が到来していること

相殺を行いたい側(相殺を主張する側)の債権(自働債権)が弁済期に達している必要があります。

本来、民法の規定では相殺の成立には自働債権・受働債権双方が弁済期にあることとされていますが、実務上は主に自働債権(自分が相手から回収する債権)の期限到来が重視されます。

相殺を申し出る側としては、自分が相手に対して持つ債権が支払期限を迎えていなければ相殺できません(逆に言えば、自分が相手に支払う債務の期限がまだ来ていなくても、自身の債権が期限到来していれば相殺すること自体は可能です)。

相殺が禁止されていない債権であること

法律上または契約上、相殺が許されない種類の債権は相殺の対象にできません。例えば、当事者間で「この債権については相殺しない」という特約を結んでいる場合、その債権を一方的に相殺することはできません。

また、一定の不法行為に基づく損害賠償債権(加害者に故意または重過失がある場合など)や、法律で相殺を禁じられている債権(例:差押えを受けた債権や税金・社会保険料など一部の公的債権)も相殺適状にありません。

特に改正民法(2020年施行)では、「悪意による不法行為に基づく損害賠償債権」のみが相殺禁止の対象と明記されました。

このように相殺が許されない債権が含まれる場合、当該債権について一方的に相殺することはできない点に注意が必要です。

以上の3つが相殺の基本要件です。これらを満たすことで、一方的な意思表示による法定相殺が法律的に有効となります。

ただし、先述のとおり通常の商取引では相手の合意なしに相殺を強行すると紛争につながりかねません。したがって、実務上は相殺適状にあるかを確認したうえで、相手方と協議・同意のもとで相殺処理を進めるようにしましょう。

相殺処理の請求書とは?

企業間で相殺を行った場合、その事実を請求書に明確に示す必要があります。相殺による支払い金額の調整を正しく処理するため、発行する請求書には元の金額と相殺額、そして最終的な差引後の金額を記載します。

これは会計上の「総額主義」という考え方に基づくものです。総額主義とは、企業の収益と費用は総額で表示しなければならないという会計原則です。

たとえ実際の支払いが相殺によって減額された場合でも、請求書上で取引の総額を示し、その上で相殺した金額と差引後の金額を明記しなければなりません。

例えば、A社がB社に対して本来300万円の売上(請求額)があり、同時にB社からA社に100万円の売上(買掛金に相当)があったとします。

このケースで相殺を行う場合、A社が発行する請求書には「請求金額:300万円、相殺金額:100万円、差引後の請求金額:200万円」といった具合に、元々の請求額と相殺した金額、および最終的な請求額を全て記載します。

こうすることで、帳簿上も当初の売上高300万円と費用100万円を正しく計上しつつ、支払いは差額の200万円だけが行われたことが明確になります。

また、企業間取引では1ヶ月間の複数の取引をまとめて請求し、月末など決まったタイミングで精算するのが一般的です。

そのため、「どの売掛金とどの買掛金を相殺したのか」をはっきりさせておかないと金額の齟齬や認識違いが生じる恐れがあります。

請求書に相殺額と差引後金額を明記しておけば、取引先との間で認識を共有しやすくなり、後々のトラブル防止にもつながります。

相殺処理の請求書の書き方

では、相殺を行った場合に請求書をどのように作成すればよいか、その書き方の例を紹介します。基本的なポイントは、元の請求額と相殺額、そして差引後の最終請求額をそれぞれ明示することです。

一般的な会計処理では、相殺額をマイナスの金額として示すために「▲(または△)」の符号を用いることがあります。以下、具体的なケースごとに記載例を見てみましょう。

債権(売掛金)と債務(買掛金)が同額の場合

たとえば双方に100万円ずつの債権債務があるケースでは、相殺後に支払うべき金額は0円になります。

A社が発行する請求書には、まず元々の請求金額として100万円を記載し、次に相殺金額として▲100万円と記載、最後に差引後金額を0円と記載します。

このように最終的な支払いが発生しない場合であっても、請求書上で元の金額と相殺額を示して帳簿上の記録を明確に残すことが重要です。

債権と債務の額が異なる場合

一方が他方に対して持つ債権と債務の金額が同じでない場合は、差額のみの支払いとなります。例えば、A社のB社に対する売掛金が100万円、B社のA社に対する債務(買掛金)が40万円あるケースでは、相殺後に残る差額は60万円です。

A社の請求書には「請求金額:100万円、相殺金額:▲40万円、差引後金額:60万円」と記載します。B社はこの請求書に基づき、差引後金額の60万円を支払えば、両社の債権債務関係が清算されます。

上記のように請求書へ記載する内容自体は特別複雑ではありませんが、社内で統一したフォーマットを用いることが大切です。相殺がある場合でも、基本的には通常の請求書様式に相殺額を記載する欄や備考を設ける形で対応できます。

フォーマットを統一し、相殺処理時の記載方法をルール化しておくことで、担当者ごとの記入漏れや誤りを防ぎ、社内外の認識齟齬を減らせるでしょう。

また、場合によっては請求書を2通作成し、1通に「相殺前の元の請求金額(総額)」を、もう1通に「相殺金額」と「相殺後の請求金額」を記載する運用を行う企業もあります。

取引先との取り決めや管理方法に応じて、分かりやすい形式を選択してください。いずれの場合も、相殺を行った事実と金額が相手に明確に伝わるよう記載することが最も重要です。

相殺処理の領収書とは

領収書とは、代金を受領した事実を証明するために発行する書類です。通常、現金や銀行振込で実際にお金を受け取った際に、支払った側に対して売り手が発行します。しかし、相殺による精算では現金の授受が発生しません。

そこで登場するのが相殺領収書です。相殺領収書とは、現金の受け渡しを伴わずに債権が消滅した(相殺によって債務を履行した)ことを証明するための書面を指します。

相殺領収書は通常の領収書とは性質が異なります。税法上、領収書は現金や有価証券の受領を証明する証憑書類ですが、相殺の場合は金銭の受領がないため、相殺領収書は課税文書(収入印紙が必要な文書)とはみなされません。

したがって、たとえ相殺によって大きな金額の債務を消し込んだ場合でも、その証明書である相殺領収書には収入印紙の貼付は不要です。また、法律上も相殺領収書を発行しなければならない義務は特に規定されていません。

実務上は、相殺を行った際に必ずしも領収書を発行しないケースもあります。相殺処理自体が双方の帳簿や請求書で確認でき、証拠が明確に残るため、追加の書類発行を省略して事務効率を優先する企業も少なくありません。

ただし、取引相手から求められた場合や、自社の内部統制上作成しておいたほうが良い場合には、相殺領収書を発行することになります。

発行する際は、「○○円を相殺により受領しました」など、金額と相殺による清算である旨を明記し、後日の証跡として残します。

金銭の授受を伴わない特殊な領収書ではありますが、基本的な役割は「特定の債権について支払いが行われ、その結果債務が消滅したことを示す証明書」です。

相殺領収書があれば、後で「本当に支払いが行われたのか(債務が消えたのか)」といった疑義が生じたときにも、双方が合意のもと相殺した事実を示す証拠として機能します。

相殺処理の領収書の書き方

相殺処理の領収書の書き方

相殺領収書の書き方自体は、通常の領収書と大きく変わりませんが、相殺額を含めた内訳を記載する点が重要です。実際に現金を受け取ったわけではないため、受領額が相殺により減免されたことをはっきり示す必要があります。具体的な記載例を挙げてみます。

債権と債務が同額で相殺された場合

例えば、A社がB社に対する売掛金100万円を持ち、同時にB社もA社に対する債務(買掛金)100万円を負っていたとします。この両者を相殺した結果、A社が受け取る現金はありません。

A社が発行する相殺領収書には、まず本来の請求金額として100万円を記載し、次に相殺処理額▲100万円と記載、最後に差引後の受取金額を0円と記載します。これにより、「100万円の代金に対し、100万円を相殺し、現金受取はなかった」ことが一目で分かるようになります。

債権と債務が異なる金額で相殺された場合

例えば、A社がB社に対して100万円の売掛金を持ち、B社がA社に40万円の債務を持つケースでは、相殺後にA社が受け取る現金は差額の60万円となります。

A社が発行する領収書には「受取金額(請求金額):100万円、相殺金額:▲40万円、差引後受取金額:60万円」といった内容を記載し、最終的に60万円を受領したことを明示します。

B社側から見れば60万円を実際に支払った取引となり、残りの40万円は相殺によって支払い済み(債務消滅)となったわけです。

上記のように、相殺領収書には元の金額、相殺額、残りの受取額を揃えて記載します。書式は通常の領収書フォームを利用し、備考欄や明細欄に相殺の内訳を追記する形で問題ありません。

社内でひな形を統一し、「相殺額」「差引後受取額」を記載するルールを設けておけば、担当者による記載漏れを防ぎスムーズに運用できます。

特に現金の受け渡しが無い取引であるため、書類上で債権債務の消滅過程を明示することがポイントです。

相殺のメリット

相殺を活用することで、企業にとって様々なメリット(利点)が得られます。主なメリットをまとめると次のとおりです。

キャッシュフローが安定する

相殺により手元資金の流出を抑えられるため、現金支出が減りキャッシュフローの安定につながります。お互いの支払い額を差し引くことで、実際に支払う金額が減少し、手元資金に余裕が生まれます。

特に資金繰りがタイトな時期でも、相殺を行えば支払い額を圧縮できるため、現金不足に陥りにくくなります。

金銭管理が楽になる

実際の振込や現金授受の回数が減ることで、入金・出金の管理や消込作業の手間が軽減されます。複数の債権債務をまとめて精算できるため、帳簿消込や請求処理がシンプルになり、事務作業が効率化します。

また、振込の回数が減ればその分振込手数料も削減でき、経費節減にも寄与します。まとめて相殺する運用を定着させれば、毎月の経理処理がスムーズになり、担当者の負担も軽減されるでしょう。

貸し倒れリスクを低減できる

売掛金を相殺することで、取引先からの未回収リスクを減らすことができます。

相手に支払うべき金額と自社の売掛債権を差し引きできれば、万一取引先が支払い不能や倒産となった場合でも、相殺分については既に回収できたのと同じ効果があります。

つまり、本来受け取れないかもしれなかった代金を、自社が相手に支払う債務と相殺して消し込めるため、その分だけ損失を緩和できます。

結果として、与信リスク(貸し倒れリスク)の低減につながり、安心して取引を継続しやすくなります。

相殺のデメリット

一方で、相殺には留意すべきデメリットや課題も存在します。導入・運用にあたって把握しておくべき主な注意点は以下のとおりです。

事務負担が増える場合がある

相殺を行うためには、取引先ごとに双方の債権債務を確認し、差し引き処理を適切に行う必要があります。売り手・買い手の双方で請求書や領収書の発行・受領が発生し、通常の決済に比べて一手間増えることも事実です。

また、毎月の締め処理時に「どの取引先との間にどれだけの売掛金・買掛金があるか」を把握し、相殺可能なものを洗い出す作業も求められます。

そのため、相殺を導入すると社内の経理・事務負担が増え、管理がやや煩雑になる可能性があります。

特に複数の取引先に対して相殺を行う場合は、管理体制を整備し円滑に処理できるようにしておく必要があります。

一時的に資金繰りが苦しくなる可能性

相殺を行うと、その分本来得られるはずだった現金収入が帳簿上消えてしまう形になります。例えば100万円の売上に対して80万円を相殺した場合、現金収入は差額の20万円のみとなります。

提供した商品・サービスに対する入金が相殺によって減少するため、短期的には手元に残るキャッシュが少なくなり、場合によっては一時的に資金繰りが苦しく感じることもあります。

特に自社が支払う債務のほうが大きいケースでは、相殺後に受け取れる現金がゼロもしくはわずかになるため、資金計画にズレが生じないよう注意が必要です。

認識ずれによるトラブルの恐れ

相殺処理には、相手方との十分な合意と情報共有が欠かせません。

複数の債権・債務がある中で相殺を行う場合、「どの債権とどの債務を相殺したのか」を双方で明確に認識しておく必要があります。

社内でも、売掛金の管理担当者と買掛金の管理担当者が別であれば、相殺処理に関して部門間で連携を取る必要があります。

もしこうした認識合わせが不十分だと、「いつの取引分を相殺に充当したのか」が曖昧になり、後日取引先と金額の食い違いを巡ってトラブルに発展する可能性があります。

また、契約上で相殺禁止の特約があるのに一方的に相殺しようとすれば信用問題にもなりかねません。相殺の運用にあたっては、事前の取り決めの確認とコミュニケーションが非常に重要です。

以上のように、相殺には便利な面だけでなく運用上の注意点もあります。導入する際はメリットとデメリットの双方を理解し、自社の状況に合わせた管理体制を整備することが大切です。

まとめ

ビジネスシーンにおける「相殺」は、互いに債権・債務を持つ取引先同士で効率的に決済を行う手段として有用です。現金のやり取りを減らし、振込手数料や事務の負担を軽減できるため、取引量が多い企業ほど相殺のメリットは大きいでしょう。

また、相殺を適切に活用すれば、キャッシュフローの改善や貸し倒れリスクの低減にもつながり、健全な取引関係の維持に寄与します。

一方で、相殺を行う際には法律上の要件を満たしていることを確認する必要があります。

同種の債権同士であること、債権の弁済期が到来していること、そして相殺が禁じられていないこと――これらを満たして初めて法的に有効な相殺が可能となります。

また、実務的には相手先との合意のもとで相殺を進め、請求書や領収書に相殺額と差引後金額を正確に記載しておくことが重要です。書類上で相殺の事実を明示し、双方で記録を残しておけば、後日のトラブルも避けられます。

相殺は便利な仕組みですが、社内の運用ルールを明確にし、担当者間で情報共有を徹底することが求められます。適切な管理のもと相殺制度を活用すれば、無駄のない効率的な資金決済とリスク管理が実現できます。

ぜひ自社の取引状況に照らして相殺の活用を検討し、メリットを最大限享受できるようにしましょう。

この記事の投稿者:

hasegawa

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