
取引先から「検収は7日以内に行う」と伝えられた際に、それが法律上の義務なのか疑問に思ったことはないでしょうか。あるいは、納品してから検収に時間がかかり、支払いが遅延してしまうといった悩みを抱えているかもしれません。
もし、あなたが下請事業者としてこのような状況に直面しているなら、この記事はまさにあなたのためのものです。結論から申し上げると、下請法に「検収を7日以内に行わなければならない」というルールは存在しません。
この「検収期間」に関する誤解こそが、多くの下請事業者が不利益を被る原因となっています。本当に重要なのは検収の期間ではなく、代金が支払われるまでの期限です。下請法には、下請事業者の利益を守るための強力なルールが定められています。
この記事を読めば、「検収7日以内」という誤った情報に惑わされることなく、下請法が定める支払いルールを正確に理解できます。そして、不当な支払遅延から自社のキャッシュフローを守り、親事業者と対等な立場で取引を進めるための知識と自信を得られるでしょう。
本記事では、下請法の根幹をなす「60日ルール」の解説から始め、「受領」と「検収」の決定的な違いを明らかにします。さらに、親事業者に課せられた義務や禁止行為、トラブル発生時の具体的な対処法まで、網羅的に解説します。
目次
下請法の絶対原則「60日ルール」を理解する
下請取引における代金の支払いに関して、まず理解すべき最も重要な原則が「60日ルール」です。このルールは、下請事業者の経営基盤を不当な支払遅延から守るため、下請法の根幹をなす規定として定められています。
支払期日は「受領日」から60日以内
下請法第2条の2では、親事業者は下請事業者に対し、給付を受領した日(物品の納品日やサービスの提供完了日)から起算して60日以内で、かつ、できる限り短い期間内に下請代金の支払期日を定めなければならないと義務付けています。
この「60日」という期間は絶対的なものです。たとえ親事業者と下請事業者の間で合意があったとしても、60日を超える支払期日の設定は下請法違反となります。
このルールは、優越的な立場にある親事業者が、自社の資金繰りの都合で支払いを不当に遅らせることを防ぐ目的があります。言い換えれば、下請事業者を実質的な無利子融資の提供者として扱うことを禁じているのです。
「できる限り短い期間」という努力義務
法律は単に「60日以内」と定めているだけではありません。「できる限り短い期間内」という文言も重要な要素です。これは、親事業者が単に60日という上限を守ればよいというわけではなく、可能な限り速やかに支払いを行うよう促すものです。
この規定により、下請事業者のキャッシュフローの安定化を図ることが意図されています。
検査の有無は関係ない
ここで極めて重要な点は、60日ルールが親事業者の検査(検収)の有無にかかわらず適用されるということです。親事業者が社内手続きとして行う検査にどれだけ時間がかかろうとも、支払期日の起算日はあくまで「受領日」です。
この起算日から60日以内に支払う義務に変わりはありません。
支払期日を定めなかった場合
もし親事業者が支払期日を明確に定めなかった場合、法律は下請事業者を保護するために自動的に支払期日を定めます。具体的には、給付を受領した日が支払期日とみなされます。
また、60日を超える期日を定めた場合は、受領日から60日を経過した日の前日が支払期日とみなされます。このように、法律はあらゆる抜け道をふさぎ、下請事業者が確実に60日以内に代金を受け取れるよう設計されています。
支払遅延の温床「受領」と「検収」の決定的な違い

「下請法 検収7日以内」というキーワードで検索する方が陥りやすい最大の落とし穴が、「受領」と「検収」という2つの言葉の混同です。この違いを正確に理解することが、自社の権利を守る上で不可欠です。支払期日のカウントダウンがいつ始まるのか、その鍵は「受領日」にあります。
支払期日の起算点となる「受領日」
下請法における「受領日」とは、下請事業者が親事業者に対して物品を納入した日、または役務の提供を完了した日を指します。これは客観的な事実であり、この日から下請代金の支払期限である「60日」のカウントが法的に開始されます。
親事業者が納品物をまだ確認していなくても、受け取った時点で「受領」は成立します。
親事業者の社内手続きに過ぎない「検収日」
一方、「検収日」とは、親事業者が納品された物品や提供されたサービスが、発注した仕様や品質基準を満たしているかを確認し、合格と認める日のことです。
これはあくまで親事業者の社内における品質管理プロセスの一環であり、下請法の支払期日の起算日とは法的に何の関係もありません。
最も注意すべき違反パターン
多くの支払遅延トラブルは、親事業者がこの「検収」を盾に支払いを遅らせるケースで発生します。以下に挙げるような親事業者の主張は、明確な下請法違反です。
違反例1:「検査が終わっていないので、まだ受領していません」
物理的に納品物を受け取っている以上、「受領」は完了しています。検査が完了していないことを理由に、受領そのものを否定することはできません。
違反例2:「支払いは、検収が完了した日から60日以内です」
これは起算日を不当に遅らせる行為です。支払期日の起算日はあくまで「受領日」であり、「検収日」ではないため、このような主張は認められません。
違反例3:「月末締めの翌々月末払い」という社内ルール
例えば4月1日に納品した場合、このルールでは支払いが6月30日となり、受領日から60日を超えてしまいます。たとえ社内規定であっても、下請法に違反する支払サイトは認められません。
具体的な日付で考える
例えば、あなたが4月10日に製品を納品したとします。この場合の支払期限は以下のようになります。
- 受領日:4月10日
- 支払期日のカウント開始日:4月10日
- 支払期限:60日後の6月9日
このケースで、親事業者の検収作業が長引き、検収完了が5月20日になったとしても、支払期限は6月9日のままです。親事業者が「検収が5月20日に終わったので、支払いは7月19日です」と主張してきた場合、それは明確な下請法違反(支払遅延)となります。
両者の法的な効力を比較すると、その違いは明確です。
表1:「受領」と「検収」の法的効力の比較
特徴 | 受領 (Receipt) | 検収 (Inspection/Acceptance) |
定義 | 下請事業者が物品を納入、または役務の提供を完了した客観的な事実。 | 親事業者が納品物の仕様や品質を確認する社内手続き。 |
法的効力 | 下請代金支払期日(60日以内)の起算日となる。 | 支払期日の起算日にはならない。 |
支払への影響 | この日から60日以内に支払われなければ支払遅延となる。 | 検収が遅れても、受領日から60日以内の支払義務は変わらない。 |
親事業者に課せられた4つの義務と11の禁止行為
下請法は、単に支払期日を定めているだけではありません。公正な取引関係を確保するため、親事業者に対して4つの厳格な義務を課し、同時に下請事業者の利益を不当に害する11の行為を具体的に禁止しています。これらの全体像を把握することで、より深く自社の権利を理解し、守ることができます。
親事業者が必ず守るべき4つの義務
これらは親事業者が下請取引を行う上で、最低限遵守しなければならない基本的なルールです。
1. 書面の交付義務(3条書面)
親事業者は発注に際し、直ちに下請事業者へ発注内容を具体的に記載した書面(3条書面)を交付しなければなりません。口頭での発注によるトラブルを防ぐため、給付内容、下請代金の額、支払期日、納期など12項目にわたる詳細な記載が義務付けられています。この義務に違反した場合、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
2. 支払期日を定める義務
前述の通り、親事業者は給付の受領日から60日以内で、かつ、できる限り短い期間内に支払期日を定めなければなりません。これは下請法の根幹をなす義務の一つです。
3. 書類の作成・保存義務(5条書面)
親事業者は、下請取引に関する記録(給付の内容、下請代金の額、支払日など)を記載した書類(5条書面)を作成し、取引終了後2年間保存する義務があります。これは、取引の透明性を確保し、万が一の調査の際に客観的な証拠とするためのものです。
4. 遅延利息の支払義務
もし親事業者が定められた支払期日までに代金を支払わなかった場合、受領日から起算して60日を経過した日から、実際に支払いが行われる日までの期間について、年率14.6%という高い率の遅延利息を下請事業者に支払わなければなりません。これは支払遅延の強力な抑止力として機能します。
下請事業者を守る11の禁止行為
親事業者が優越的な地位を濫用し、下請事業者に不当な不利益を与えることを防ぐため、以下の11の行為が具体的に禁止されています。自社の取引がこれらに該当しないか、チェックリストとして活用してください。
表2:親事業者の11の禁止行為一覧と具体例
禁止行為 | 具体例 |
1. 受領拒否 | 「自社の在庫が過剰になった」という理由で、発注済みの商品の受け取りを拒否する。 |
2. 支払遅延 | 「社内検査が終わっていない」という理由で、納品物を受領後60日を超えても代金を支払わない。 |
3. 代金の減額 | 「業績が悪化した」「販売価格を下げた」という理由で、発注後に一方的に下請代金を値引きする。 |
4. 返品 | 「シーズンが終わって売れ残った」という理由で、下請事業者に責任がない商品を返品する。 |
5. 買いたたき | 類似品の市価より著しく低い価格を一方的に設定したり、コスト上昇分の価格転嫁に応じなかったりする。 |
6. 購入・利用強制 | 正当な理由なく、親事業者の製品や指定する保険サービスなどを強制的に購入・利用させる。 |
7. 報復措置 | 下請事業者が違反行為を公的機関に知らせたことを理由に、取引量を減らしたり取引を停止したりする。 |
8. 有償支給原材料等の対価の早期決済 | 親事業者が有償で支給した原材料の代金を、製品の代金の支払期日より早く支払わせる。 |
9. 割引困難な手形の交付 | 支払期日までに金融機関で割引くことが困難な、長期の手形(繊維業以外は120日超)を交付する。 |
10. 不当な経済上の利益の提供要請 | 協賛金や従業員の派遣など、下請代金とは無関係な金銭や役務を不当に要求する。 |
11. 不当な給付内容の変更・やり直し | 下請事業者に責任がないにもかかわらず、無償で仕様変更ややり直しをさせる。 |
公正取引委員会の勧告事例から学ぶ下請法違反のケーススタディ

法律の条文だけでは、実際のビジネスシーンで何が違反にあたるのかイメージしにくいかもしれません。ここでは、公正取引委員会が実際に下請法違反と認定し、親事業者に対して「勧告」を行った具体的な事例を紹介します。勧告を受けると企業名や違反内容が公表されるため、企業にとっては罰金以上に大きな社会的信用の失墜につながります。
勧告とは
公正取引委員会は、下請法違反の事実が明らかになった場合、親事業者に対して違反行為の是正や再発防止策などを求める「勧告」を行います。この勧告内容はウェブサイトなどで公表され、報道機関によって報じられることも少なくありません。これは、違反企業へのペナルティであると同時に、他の企業への警告としての役割も果たしています。
ケーススタディ1:検収遅延を理由とした「支払遅延」
本記事のテーマに直結する事例です。ある親事業者は、社内の検査体制を理由に検収作業を長引かせ、結果的に下請事業者への支払いが受領日から60日を大幅に超えていました。
この親事業者は「検収が終わるまで支払えない」と主張しましたが、公正取引委員会はこれを「支払遅延」と認定しました。起算日はあくまで「受領日」であり、社内事情は支払遅延の正当な理由にならないことが明確に示された事例です。
ケーススタディ2:「協力金」名目での不当な「代金の減額」
大手家電販売店の株式会社ノジマの事例です。同社は、プライベートブランド商品の製造を委託した下請事業者に対し、「拡売費」「物流協力金」などの様々な名目で、下請代金から一方的に金額を差し引いていました。減額された総額は約7,310万円にものぼりました。
公正取引委員会は、下請事業者に責任がないにもかかわらず代金を減額したとして、これを「代金の減額」にあたる違反行為と認定し、勧告を行いました。どのような名目であれ、一方的な減額は許されないことがわかります。
ケーススタディ3:検査をしないままの「不当な返品」
コーヒーや輸入食品で知られる株式会社キャメル珈琲(カルディコーヒーファーム)の事例です。同社は、下請事業者から納品された商品について、品質検査を行わないまま「瑕疵がある」として返品していました。
下請法では、下請事業者に明確な責任がある場合を除き、受領後の返品を禁止しています。このケースは「不当な返品」にあたるとして勧告の対象となりました。
ケーススタディ4:「金型の無償保管」という不当な経済上の利益の提供要請
近年、特に製造業で問題となっているのが、金型の無償保管です。親事業者が下請事業者に金型を貸与し、長期間発注がないにもかかわらず、その金型を無償で保管させ続けるというものです。
これは下請事業者に保管コストという不当な負担を強いる行為であり、「不当な経済上の利益の提供要請」にあたります。2024年度には、大手自動車メーカーのグループ会社などがこの違反で相次いで勧告を受けており、公正取引委員会が厳しく監視している分野です。業界の「慣習」だからといって、下請法違反が見逃されることはありません。
これらの事例からわかるように、公正取引委員会は法律を厳格に適用し、違反行為には毅然とした態度で臨んでいます。下請事業者は、自社の取引がこれらの事例に似ていないか、常に注意を払う必要があります。
下請法違反が疑われる場合の具体的アクションプラン
「自分の取引も、もしかしたら下請法に違反しているかもしれない」と感じたとき、泣き寝入りする必要は全くありません。法律はあなたの味方です。ここでは、問題を解決するための具体的な行動手順を3つのステップで解説します。
ステップ1:証拠を確保する
何よりもまず、客観的な証拠を集めることが重要です。感情的な訴えだけでは、交渉や申告を有利に進めることは困難です。以下の書類や記録を整理し、いつでも提示できるようにしておきましょう。
- 発注書(3条書面)
- 納品書や受領書
- メールや議事録
- 請求書
- 支払遅延や減額を通知された際の記録
ステップ2:相談窓口を活用する
専門家である弁護士に相談する前に、無料で利用できる公的な相談窓口があります。これらの窓口は匿名での相談も可能で、秘密は厳守されるため、報復を恐れることなく安心して利用できます。
表3:下請法に関する主な相談窓口
相談窓口 | 電話番号 | 特徴 |
公正取引委員会・中小企業庁 不当なしわ寄せに関する下請相談窓口 | 0120-060-110(フリーダイヤル) | フリーダイヤルで気軽に相談できます。匿名での情報提供も可能で、違反の疑いが強い場合は調査につながります。 |
公正取引委員会 地方事務所 | 各地方の番号をウェブサイトで確認 | 地域の取引実態に詳しい担当者が対応します。直接訪問しての相談も可能です(要事前予約)。 |
下請かけこみ寺 | 全国共通ナビダイヤル(中小企業庁ウェブサイト参照) | 中小企業庁が運営する相談窓口です。取引上の様々な悩みについて、専門家がアドバイスを提供します。 |
これらの窓口に相談することで、あなたのケースが下請法違反にあたる可能性が高いのか、専門的な見地からのアドバイスを得られます。
ステップ3:専門家(弁護士)への相談
公的機関への相談と並行して、または交渉が難航する場合には、弁護士への相談を検討しましょう。弁護士はあなたの代理人として、親事業者との交渉や、場合によっては法的手続きを進めることができます。
弁護士に依頼する場合、費用が心配になるかもしれませんが、初回相談を無料で行っている事務所も多くあります。費用体系は事務所によって異なるため、複数の事務所に相談し、見積もりを取ることをお勧めします。下請法に詳しい弁護士を選ぶことが、問題解決への近道です。
まとめ
本記事では、「下請法 検収7日以内」というキーワードを入り口に、下請取引における代金支払いの正しいルールと、下請事業者が自らを守るための知識を網羅的に解説しました。最後に、あなたが明日からのビジネスで実践すべき重要なポイントを再確認します。
- 「検収7日以内」は法律ではない
親事業者の社内ルールや慣習に過ぎません。法律で定められた絶対的なルールは、支払いの期限です。 - 絶対ルールは「受領後60日以内の支払い」
これが下請法の根幹をなす大原則です。この一点を覚えておくだけでも、多くの不当な取引から身を守ることができます。 - 起算日は「受領日」であり「検収日」ではない
納品したその日から、支払期限のカウントダウンは始まっています。親事業者の検査の遅れを理由とする支払遅延は、決して受け入れてはいけません。 - 親事業者には厳格な義務と禁止行為がある
下請法は支払遅延以外にも、不当な減額や返品など、下請事業者を不利な立場に追いやる様々な行為を禁じています。 - 泣き寝入りは不要、公的な相談窓口がある
もし違反が疑われる行為に直面したら、一人で悩まず、まずは公正取引委員会などの無料相談窓口を活用してください。
下請法は、弱い立場に置かれがちな中小企業や個人事業主を守るための強力な武器です。この法律を正しく理解し、自社の権利を主張することは、健全なキャッシュフローを維持し、事業を成長させていく上で不可欠です。この記事が、あなたが親事業者と対等なパートナーシップを築き、安心して事業に集中できる一助となれば幸いです。
下請法の支払い期日は?60日ルール違反で遅延利息14.6%!…
下請代金が期日通りに支払われない、あるいは自社が気づかぬうちに下請法に違反していないか、といった不安…