
日々の業務で外部の事業者に仕事を発注することは、多くの企業にとって当たり前の光景です。
しかし、その取引が「下請法」の対象になる可能性を意識しているでしょうか。「うちは下請いじめなんてしていないから大丈夫」そう考えていても、知らず知らずのうちに法律に違反しているケースは後を絶ちません。
下請法違反は、ときに企業の信頼を根底から揺るがす大きな経営リスクとなります。
この記事を読めば、自社の取引が下請法の対象になるかどうかを明確に判断できるようになり、法令遵守に基づいた公正な取引関係を築くことで、パートナー企業との信頼を深め、企業の社会的評価を高める未来を手にすることができます。
最後まで読み終えるころには、下請法の対象となる取引の具体的な条件を理解し、親事業者として課される「4つの義務」と、絶対に越えてはならない「11の禁止行為」を完全に把握しているでしょう。曖昧な知識や不安は、確信と安心に変わります。
難解に思える法律の話も、具体的な事例や図表を交え、誰にでも理解できるよう分かりやすく解説します。ここで紹介する判断基準やチェックリストは、明日から会社の調達部門や経理部門で実践できる、再現性の高いツールです。
コンプライアンス体制の構築は、一部の専門家だけが行う特別な業務ではありません。この記事を通じて、会社全体で公正な取引文化を根付かせる第一歩を踏み出しましょう。
目次
そもそも下請法とは?目的と重要性を理解する
下請法(正式名称:下請代金支払遅延等防止法)は、その名の通り、下請取引における親事業者の優越的地位の濫用を取り締まるための法律です。立場の弱い下請事業者が不当な不利益を被ることがないよう、取引の公正化と下請事業者の利益保護を目的としています。
この法律を理解する上で、まず基本的な用語を押さえることが重要です。業務を委託する側(発注者)の事業者を「親事業者」、業務を受託する側(受注者)の事業者を「下請事業者」と呼びます。下請事業者には、法人だけでなく、フリーランスなどの個人事業主も含まれます。
下請法は、独占禁止法を補完する特別な法律という位置づけにあります。独占禁止法も「優越的地位の濫用」を広く禁止していますが、下請取引という特に力関係の差が生まれやすい場面において、より迅速かつ効果的に下請事業者を保護するために、具体的な義務や禁止行為を定めているのです。
ここで最も重要な点は、下請法の規定は当事者間の「合意」よりも優先されるということです。たとえ契約書で双方が合意していたとしても、その内容が下請法に違反していれば、その合意は無効となり、親事業者は罰則の対象となります。
例えば、下請事業者がプレッシャーから不当な条件を飲んでしまったとしても、法律がそれを許しません。この「法律が契約に優先する」という原則を理解することが、下請法遵守の第一歩です。
あなたの取引は対象?下請法が適用される「2つの条件」
自社の取引が下請法の対象となるか否かは、すべての企業が正確に把握すべき最重要事項です。適用されるかどうかは、「取引の内容」と「事業者間の資本金区分」という2つの条件を両方とも満たすかどうかで決まります。どちらか一方だけでは適用されません。以下で、この2つの条件を詳しく見ていきましょう。
条件1:取引の内容は4つの「委託取引」のいずれかに該当するか
下請法が対象とするのは、あらゆる取引ではありません。以下の4種類の「委託取引」に限定されています。
製造委託
物品の製造や加工を他の事業者に委託することです。例えば、自動車メーカーが部品メーカーに部品の製造を委託するケースや、スーパーが自社のプライベートブランド商品の製造を食品加工業者に委託するケースが該当します。
また、出版社が書籍の印刷を印刷会社に委託する場合や、メーカーが製品製造に使う金型の製造を金型業者に委託する場合も製造委託に含まれます。
修理委託
物品の修理を他の事業者に委託することです。具体的には、自動車ディーラーが顧客から請け負った自動車の修理を、専門の修理工場に再委託するような場合が考えられます。また、機械メーカーが自社工場の設備の修理作業を、外部の修理業者に委託する取引も修理委託に該当します。
情報成果物作成委託
プログラム、映像コンテンツ、デザインといった「情報成果物」の作成を他の事業者に委託することです。ゲーム会社がソフトウェア開発会社にプログラム作成を委託する場合や、テレビ局が番組制作会社にテレビ番組の制作を委託する場合などが典型例です。その他、飲料メーカーがデザイン会社に新商品のパッケージデザインを委託したり、建設会社が設計事務所に建築設計図面の作成を委託したりする取引も含まれます。
役務提供委託
運送、ビルメンテナンス、情報処理など、自社が顧客に提供するサービスを他の事業者に再委託することです。例えば、運送会社が請け負った貨物運送の一部を他の運送業者に委託するケースや、ビルメンテナンス会社が請け負った業務のうち警備業務を警備会社に委託するケースが挙げられます。
自動車メーカーが保証期間内のメンテナンス作業を自動車整備会社に委託する取引も、この役務提供委託に該当します。
ただし、建設業法が適用される建設工事は、この役務提供委託には含まれず、下請法の対象外となる点には注意が必要です。
条件2:自社と取引先の「資本金区分」は基準を満たしているか
上記の4つの取引のいずれかに該当しても、次に解説する発注者(親事業者)と受注者(下請事業者)の資本金規模の組み合わせが基準を満たさなければ、下請法は適用されません。
注意すべきは、適用される資本金の基準が「取引の内容」によって2つのグループに分かれている点です。以下の早見表で、自社の取引がどのパターンに当てはまるかを確認してください。
取引の内容 | 親事業者(発注者)の資本金 | 下請事業者(受注者)の資本金 |
【パターンA】 ① 製造委託 ② 修理委託 ③ 情報成果物作成委託(プログラムに限る) ④ 役務提供委託(運送、倉庫保管、情報処理に限る) | 3億円超 | 3億円以下(個人事業主含む) |
1,000万円超 3億円以下 | 1,000万円以下(個人事業主含む) | |
【パターンB】 ③ 情報成果物作成委託(プログラムを除く) ④ 役務提供委託(運送等を除く) | 5,000万円超 | 5,000万円以下(個人事業主含む) |
1,000万円超 5,000万円以下 | 1,000万円以下(個人事業主含む) |
出典: 公正取引委員会、中小企業庁の資料を基に作成
この表の使い方は、まず自社の取引がパターンAとBのどちらに該当するかを確認し、次に自社(親事業者)の資本金がどの範囲にあるかを見ます。そして、その右隣に記載されている資本金規模に取引先(下請事業者)が該当すれば、下請法が適用される、という流れです。
ここで見落としがちなのが、下請法の適用は取引ごとに判断されるという点です。例えば、資本金6,000万円のあなたの会社が、資本金2,000万円のA社に2つの仕事を依頼したケースを考えてみましょう。
一つ目の取引として、社内システムの開発(プログラム作成)を依頼したとします。この取引はパターンAに該当します。あなたの会社の資本金は「1,000万円超3億円以下」の範囲ですが、A社の資本金は「1,000万円以下」ではないため、この取引は下請法の対象外です。
二つ目の取引として、プロモーションビデオの制作(プログラム以外の情報成果物)を依頼したとします。この取引はパターンBに該当します。あなたの会社の資本金は「5,000万円超」の範囲であり、A社の資本金は「5,000万円以下」であるため、この取引は下請法の対象となります。
このように、同じ取引先であっても、委託する内容によって下請法が適用されたりされなかったりします。したがって、企業は取引先単位で一括りに判断するのではなく、個別の発注ごとに適用の有無を確認する体制を整える必要があります。これがコンプライアンス上の重大な落とし穴となり得るため、十分な注意が求められます。
親事業者の4大義務:これだけは必ず守るべきルールブック
取引が下請法の対象となると判断された場合、親事業者には法律で定められた4つの義務が課せられます。これらは必ず遵守しなければならない、いわば取引の「ルールブック」です。
義務1:書面の交付義務(3条書面)
親事業者は、発注する際に直ちに、取引の具体的な内容を記載した書面(通称「3条書面」)を下請事業者に交付しなければなりません。これは「言った、言わない」といった口頭発注によるトラブルを防ぐための極めて重要な義務です。
3条書面には、以下の12項目をすべて記載する必要があります。
- 親事業者及び下請事業者の名称
- 製造委託、修理委託等をした日
- 下請事業者の給付の内容(委託内容を明確に記載)
- 給付を受領する期日(納期)
- 給付を受領する場所
- 検査をする場合は、その検査を完了する期日
- 下請代金の額(具体的な金額、または明確な算定方法)
- 下請代金の支払期日
- 手形で支払う場合は、手形の金額及び満期
- 一括決済方式で支払う場合は、金融機関名など
- 電子記録債権で支払う場合は、その額及び満期日
- 原材料等を有償支給する場合は、その品名、数量、対価など
下請事業者の事前の承諾があれば、電子メールなど電磁的な方法での交付も認められていますが、下請事業者がその記録をファイルに保存できることが条件です。ショートメッセージやダウンロードできないウェブサイトでの閲覧だけでは不十分とされる可能性があるため注意が必要です。この義務に違反した場合、親事業者には50万円以下の罰金が科される可能性があります。
義務2:支払期日を定める義務
親事業者は、下請代金の支払期日を、物品やサービスの提供を受けた日(受領日)から起算して60日以内のできる限り短い期間内で定めなければなりません。
ここで最も注意すべきは、起算日が「請求書の発行日」や「月末締め」ではなく、あくまで「受領日」である点です。社内での検収手続きに時間がかかるなどの理由で支払いが遅れることは認められません。
例えば「月末締め翌々月10日払い」というルールを機械的に適用すると、月初に納品されたものについては60日を超えてしまい、違反となるケースがあるため、個別の納品日を基準とした支払い管理が不可欠です。
義務3:書類の作成・保存義務(5条書面)
親事業者は、下請取引に関する記録(給付の内容、下請代金の額など)を記載した書類(通称「5条書面」)を作成し、2年間保存する義務があります。これは、公正取引委員会などが調査を行う際の証拠資料となるためです。この義務に違反した場合も、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
義務4:遅延利息の支払義務
万が一、定められた支払期日までに下請代金を支払わなかった場合、親事業者には遅延した日数に応じた遅延利息を支払う義務が生じます。利率は法律で年率14.6%と高く設定されています。利息の計算は、受領日から60日を経過した日から、実際に支払いが行われた日までの期間が対象となります。
親事業者の11の禁止行為:絶対に越えてはならないレッドライン

下請法では、親事業者がその優越的な地位を利用して下請事業者に不利益を与えることを防ぐため、以下の11項目の行為を具体的に禁止しています。これらは、たとえ下請事業者の合意があったとしても許されない、絶対に越えてはならない「レッドライン」です。
受領拒否
下請事業者に責任がないのに、発注した物品やサービスの受け取りを拒否することです。
下請代金の支払遅延
定められた支払期日までに代金を支払わないことです。
下請代金の減額
下請事業者に責任がないのに、発注後に一方的に代金を減額することです。事前の合意なく銀行の振込手数料を差し引く行為や、「協力金」などの名目で代金から差し引く行為も減額に該当します。
不当な返品
下請事業者に責任がないのに、受け取った物品を返品することです。親事業者の都合による在庫調整などを理由とした返品は明確な違反です。
買いたたき
通常支払われる対価に比べて、著しく低い価格を一方的に定めることです。原材料価格が高騰しているにもかかわらず、十分な協議なしに価格を据え置いたり、一方的に単価を引き下げたりする行為が典型例です。
購入・利用強制
正当な理由なく、親事業者が指定する製品やサービスを下請事業者に強制的に購入・利用させることです。
報復措置
下請事業者が親事業者の違反行為を公正取引委員会や中小企業庁に知らせたことを理由に、取引量を減らしたり取引を停止したりするなどの不利益な取扱いをすることです。
有償支給原材料等の対価の早期決済
親事業者が有償で支給した原材料の代金を、その原材料を使って作られた製品の代金の支払期日より前に支払わせたり、相殺したりすることです。
割引困難な手形の交付
支払期日までに金融機関で割引を受けることが困難な、手形期間が長すぎる手形などを交付することです。
不当な経済上の利益の提供要請
協賛金や協力金などの名目で、下請代金とは別に金銭やサービスなどを不当に提供させることです。近年、長期間使用予定のない金型を下請事業者に無償で保管させる行為がこの違反に該当するとして、厳しい目が向けられています。
不当な給付内容の変更・やり直し
下請事業者に責任がないのに、発注の取り消しや内容変更、納品後のやり直しをさせ、それに伴う費用を親事業者が負担しないことです。
これらの禁止行為の判断において重要なのは、契約書上の文言や名目ではなく、取引の実態です。たとえ下請事業者が「協力金」の支払いに同意する書面にサインしていたとしても、その実態が親事業者のコスト削減を下請事業者に転嫁するものであれば、下請法違反と判断されます。
コンプライアンス担当者は、契約書の表面的なチェックだけでなく、取引の背景にある力関係や経済的合理性を踏まえて、実質的な公正さが保たれているかを確認する必要があります。
違反した場合の代償:勧告、企業名公表、罰金のリスク
下請法に違反した場合、企業は深刻な事態に直面します。そのプロセスとリスクを正しく理解しておくことが、違反の抑止力となります。
まず、公正取引委員会や中小企業庁は、違反の疑いがある親事業者に対して報告を求めたり、事務所への立入検査を実施したりする権限を持っています。これらの調査を拒否したり妨害したりする行為自体が罰則の対象となります。
調査の結果、違反行為が認められると、行政指導として「指導」や「勧告」が行われます。特に「勧告」は重い措置であり、違反行為の中止や、減額した代金の返還といった原状回復措置が命じられます。
しかし、企業にとって最大のダメージとなるのは、勧告を受けた事実が企業名とともに公表されることです。公正取引委員会のウェブサイトで違反内容が詳細に公開され、報道機関によって広く報じられます。これにより、企業の社会的信用は大きく失墜し、顧客や取引先、株主からの信頼を損なうなど、事業活動に計り知れない悪影響を及ぼす可能性があります。
金銭的なペナルティも軽視できません。前述の通り、3条書面の不交付などの手続き義務違反には最大50万円の罰金が科されます。さらに、勧告では不当に減額した代金の全額返還と遅延利息の支払いが命じられ、その総額が数十億円にのぼるケースも報告されています。
最近の勧告事例を見ると、当局の監視が特に厳しくなっている分野が明らかです。例えば、トヨタや日産系列の企業を含む多くの大手メーカーが、長期間使用しない金型を下請事業者に無償で保管させていたとして、「不当な経済上の利益の提供要請」で相次いで勧告を受けています。
また、出版大手のKADOKAWAが、十分な協議なく一方的に単価を引き下げたとして、「買いたたき」で勧告を受けた事例もあります。
さらに、インボイス制度に関連して、免税事業者である下請事業者に対し、消費税相当額を支払わなかったり、価格転嫁の協議に一方的に応じなかったりする行為も、下請法違反(減額や買いたたき)に該当するとして注意が喚起されています。
これらの事例は、下請法違反が決して他人事ではなく、あらゆる業界で起こりうる現実的なリスクであることを示しています。
違反を未然に防ぐ社内体制の構築と相談窓口
下請法違反のリスクを回避するためには、法務部門任せにするのではなく、会社全体でコンプライアンス体制を構築することが不可欠です。違反は、発注や経理といった日常業務の現場で発生するからです。
企業が取り組むべき具体的なステップとして、まず自社が行っているすべての外部委託取引をリストアップし、一つひとつが下請法の対象となるか否かを「取引内容」と「資本金区分」の2つの条件に照らして確認することが挙げられます。次に、3条書面の記載事項を網羅した、自社専用の標準発注書フォーマットを作成し、全社での使用を徹底します。
調達、経理、営業など、外部への発注に関わる可能性のあるすべての従業員を対象に、下請法の4つの義務と11の禁止行為に関する研修を定期的に実施することも重要です。
さらに、発注から検収、支払いまでの社内プロセスを見直し、支払期日の60日ルールが自動的に遵守されるようなワークフローを構築することが求められます。発注の際には、公正取引委員会などが提供しているチェックシートを活用し、担当者自身が法令遵守を確認する習慣をつけることも有効です。
もし、自社の取引が下請法に違反していないか不安な場合や、取引先から不当な要求を受けて困っている場合には、一人で悩まずに専門の相談窓口を利用することが重要です。以下の窓口は、親事業者・下請事業者のどちらからでも無料で相談を受け付けています。
- 公正取引委員会(本局及び地方事務所):下請法を所管する中心的な機関です。
- 中小企業庁:公正取引委員会と連携して下請法の運用を担っています。
- 下請かけこみ寺:国が全国に設置している、下請取引に特化した相談窓口です。
- 独占禁止法相談ネットワーク:全国の商工会議所・商工会に設置されています。
これらの公的機関は相談者の秘密を厳守するため、安心して利用することができます。
まとめ:公正な取引で、共に成長する未来へ
本記事では、下請法の対象となる取引の判断基準から、親事業者に課される義務と禁止行為、そして違反した場合のリスクまでを網羅的に解説しました。最後に、企業経営者が心に留めておくべき要点を再確認します。
- 適用の有無は「取引内容」と「資本金」の2つの条件で必ず確認する。
- 親事業者になったら「4つの義務」、特に「3条書面の即時交付」を徹底する。
- 「11の禁止行為」は、たとえ相手の合意があっても許されないレッドラインと心得る。
- 違反の代償は罰金だけでなく、企業名公表による「信用の失墜」が最も大きい。
- 判断に迷ったら、必ず公正取引委員会などの公的な相談窓口を活用する。
下請法の遵守は、単なる法的な義務やリスク回避策にとどまりません。それは、取引先であるパートナー企業を尊重し、公正な関係を築くという企業の姿勢そのものです。公正な取引を通じて築かれた強固な信頼関係は、サプライチェーン全体の競争力を高め、予測不能な時代を乗り越えるための最も確かな基盤となります。
下請法の精神を理解し実践することは、自社とパートナー企業が共に成長し、持続可能な未来を築くための賢明な投資なのです。
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