
近年話題の「インボイス制度(適格請求書等保存方式)」は、フリーランスや中小企業だけでなく学校法人にも影響を及ぼす重要な制度です。大学・専門学校・幼稚園などを運営する学校法人の経理担当者にとって、消費税の仕入税額控除や取引先対応に関わる大きな変更点となります。
本記事では、インボイス制度の基本から学校法人特有の注意点まで、丁寧にわかりやすく解説します。学校法人が仕入税額控除にどのように影響を受けるのか、また課税事業者・免税事業者の違いや、寄附金・補助金など非課税収入との関係も取り上げます。
さらに、制度開始に向けて経理担当者が取るべき具体的な準備やチェックリスト、よくある疑問へのQ&Aも用意しました。インボイス制度への対応を万全にし、安心して新制度を迎えましょう。
目次
- インボイス制度の概要
- 学校法人と消費税の基本(課税事業者と免税事業者)
- インボイス制度が学校法人に与える影響
- 学校法人に特有の課題や注意点(寄附金・補助金・非課税収入との関係)
- インボイス制度開始に向けて取るべき具体的な対応
- よくある疑問や誤解へのQ&A
- Q1: 授業料や寄附金にもインボイス(適格請求書)を発行する必要がありますか?
- Q2: うちの学校法人は課税売上高が年間1,000万円以下なので消費税の免税事業者ですが、それでもインボイス発行事業者の登録をした方がいいでしょうか?
- Q3: 免税事業者のままだと具体的にどんな不利益がありますか?
- Q4: 一度インボイス発行事業者として登録すると、その後やめることはできますか?
- Q5: 適格請求書発行事業者の登録番号はどこで確認できますか?また、請求書には具体的にどのように表示すればよいですか?
- Q6: 仕入先がインボイス発行事業者でない(未登録)の場合、仕入税額控除は一切受けられないのでしょうか?
- Q7: 消費税の経理処理が複雑で、自社で対応できるか不安です。簡略化する方法はありますか?
- 実務対応チェックリスト・スケジュール
- INVOYで請求書の作成・受取をかんたんに
- まとめ:学校法人も早めのインボイス制度対策を
インボイス制度の概要
まずはインボイス制度の基本から押さえましょう。インボイス制度とは、正式には「適格請求書等保存方式」と呼ばれ、消費税の仕入税額控除(仕入れにかかった消費税を差し引くこと)の要件として「適格請求書(インボイス)」の発行・保存を義務付ける制度です。
簡単にいえば、「適格請求書」という一定の項目が記載された請求書や領収書を用いて、消費税の計算・申告を行う仕組みです。インボイス制度は2023年(令和5年)10月1日からスタートしました。
従来は、消費税率が8%と10%に分かれた際に「区分記載請求書等保存方式」が導入され、請求書に軽減税率対象かどうかや税込金額の区分記載が必要とされていました。
インボイス制度ではそれをさらに進め、発行事業者の登録番号や税率ごとの税額などを含む厳密な請求書が求められます。適格請求書(インボイス)を用いることで、事業者(買い手側)はその請求書に記載された消費税額を仕入税額控除でき、売り手側は正確な消費税額を請求・納税することになります。
適格請求書発行事業者とは、インボイス(適格請求書)を発行できる事業者のことです。これは税務署に登録することで取得できる資格で、原則として消費税の課税事業者(消費税を納める義務のある事業者)のみが登録できます。
登録をすると「Tから始まる13桁の登録番号」が付与され、これを自社の請求書等に記載することで、自社が発行した請求書がインボイスとして認められるようになります。なお、インボイス制度開始当初に登録を受けるためには2023年3月末までの申請が必要でしたが、それ以降も申請自体は随時可能です(申請から番号付与まで1〜2か月程度かかることがあります)。
適格請求書(インボイス)の必要記載事項
インボイス制度で求められる適格請求書には、以下のような項目を記載する必要があります。これは請求書や領収書など書類の形式によらず共通です。
発行者の氏名または名称(請求書を発行する事業者の名前)および登録番号(税務署から交付されたインボイス発行事業者の番号)
取引年月日(商品やサービスの提供日、請求日)
取引内容(具体的な商品名やサービス内容)およびその金額
受領者の氏名または名称(取引の相手先の名称)
適用税率ごとの金額と消費税額(税率ごとに区分した合計金額と、その税率ごとの消費税額)
軽減税率対象品目である旨(もし軽減税率8%の品目が含まれる場合は、その旨を明記)
以上が主な記載事項です。要するに、誰が・いつ・誰に・何をいくらで提供し、それにどの税率の消費税がいくらかかったかが明確にわかる書類が適格請求書です。
従来の区分記載請求書との違いは、「登録番号」「税率ごとの消費税額」といった追加項目がある点です。インボイス制度開始後は、原則としてこの形式の請求書を保存していないと仕入税額控除が認められないため、非常に重要な書類となります。
インボイス制度導入の目的
なぜこのような制度になったかというと、消費税の適正な課税と公平性の確保が目的です。とくに軽減税率の導入以降、複数税率に対応して正確に消費税を計算する必要が出てきました。
また、従来は課税事業者でない売り手(免税事業者)からの仕入れであっても形式上請求書さえあれば買い手が仕入税額控除できる仕組みになっていたため、不公平が生じていました。
インボイス制度では登録事業者のみがインボイスを発行できるようにすることで、免税事業者との取引に対する仕入税額控除を制限し、課税の公平性を図っています。この変更により、消費税の課税漏れや不正請求を防ぎ、国としての税収を適正化する狙いがあります。
学校法人と消費税の基本(課税事業者と免税事業者)
学校法人は教育や研究など公益性の高い事業を行っているため、その本来業務から得られる収入の多くは消費税の非課税または不課税となっています。
例えば授業料や入学金、入学検定料、さらには学校が学生に販売する教科書代などは、社会政策的な配慮から消費税がかからない(非課税扱いの)取引とされています。
また、学校法人が受け取る寄附金や補助金といった収入は、そもそも対価を得て行う取引ではないため消費税の課税対象外(不課税)です。こうした理由により、学校法人の収入の大部分は消費税とは無縁であり、結果的に「消費税における免税事業者」であるケースが多く見られます。
ここで「課税事業者」と「免税事業者」の違いを整理しましょう。課税事業者とは、原則として前々事業年度の課税売上高が1,000万円超であるなどの条件を満たし、消費税の納税義務がある事業者です。課税事業者は売上に対して消費税を預かり納税し、仕入れにかかった消費税(仕入税額)の控除を行います。
一方、免税事業者とは、前々事業年度の課税売上高が1,000万円以下だった場合などに消費税の納税が免除される事業者です。免税事業者はお客様から消費税相当額を預かる必要がなく(預かった場合は本来納税義務が発生しますので、免税事業者であるなら預からない価格設定にするのが一般的です)、仕入税額控除の計算等も行いません。
簡単に言えば、免税事業者は消費税の世界から一時的に外れるイメージです(ただし、免税事業者であっても消費税が全く関係ないわけではなく、購入時には他社の請求に含まれる消費税を支払っており、それがコストとなっています)。
学校法人の場合、収入の多くが非課税扱いであるため課税売上高は小さくなる傾向があります。
たとえ全体の収入規模が大きくても、授業料や寄附金は課税売上ではないため、消費税法上は小規模事業者の扱いとなりやすいのです。その結果、消費税の免税事業者として扱われ、これまで消費税の申告や納税をしてこなかった学校法人も珍しくありません。
実際、学校法人において消費税の課税対象となるのは教育目的以外の収益事業に限られるため、課税取引を行う場面自体が限定的です。例えば学校が企業や一般の人向けに行うセミナー、施設の貸出、物品の販売などが課税取引に当たりますが、これらを大きく展開していない限り課税売上高はそれほど多くならないでしょう。
ただし注意したいのは、「免税事業者である=自分には消費税もインボイス制度も関係ない」と決めつけてしまうことです。非課税収入(授業料等)と免税事業者(小規模ゆえ消費税納税義務免除)は関連はあるものの、制度上は別の概念です。
今後もし学校法人が新たな収益事業を始めて課税売上が発生したり、課税売上規模が拡大したりすれば、消費税の課税事業者となる可能性があります。
また、たとえ自社(学校法人)が免税事業者のままでも、取引相手によってはインボイス制度への対応を求められるケースが出てくる点に注意が必要です。この点について、次章で詳しく見ていきましょう。
インボイス制度が学校法人に与える影響
インボイス制度は学校法人にも少なからず影響しますが、その具体的な内容は「学校法人が売り手になる場合」と「買い手になる場合」で異なります。それぞれの立場で、どのような影響があるかを確認しましょう。
学校法人が売り手(請求書発行側)になる場合
学校法人が企業や他団体に対して商品やサービスを提供し、請求書を発行する場面を考えます。典型例としては、大学が所有するホールを企業イベントに貸し出す場合や、農業高校が生産した農作物を市場で販売する場合、あるいは学校法人が出版社として書籍を販売する場合などが該当します。
本来、これらは消費税の課税対象となる取引です(教育そのものではなく、対外的な収益事業のため)。
インボイス制度開始前、学校法人が消費税の免税事業者であれば、請求書に消費税額を明示せずとも取引は可能でした。しかしインボイス制度開始後は状況が変わります。
免税事業者の学校法人は適格請求書発行事業者ではないため、適格請求書(インボイス)を発行できません。つまり、取引先から「インボイスを発行してほしい」と依頼されても、登録番号を持たない学校法人はそれに応えることができないのです。
これが何を意味するかというと、取引先(買い手)はその学校法人に支払った代金について仕入税額控除が受けられないということになります。
消費税の負担は最終的に消費者が負うべきものとはいえ、事業者間取引では中間事業者も一時的に負担し、インボイスによって後で控除できる仕組みです。しかしインボイスがなければ控除できず、買い手側は実質的に消費税分のコスト増となってしまいます。
その結果、取引先が企業である場合、今までと同じ条件で取引を続けることが難しくなる可能性があります。例えば、ある学校法人付属の農場がスーパーに野菜を販売していたケースを考えてみましょう。
インボイス制度前は学校法人が免税事業者であっても、スーパー側は支払代金の中の消費税相当額を仕入税額控除できていました(制度上はできても、実際には免税事業者は消費税を預からないので、スーパーは名目上の消費税を控除していた形です)。
しかし制度開始後、学校法人がインボイスを発行できないと、スーパーは仕入税額控除ができなくなります。するとスーパーの消費税負担が増えるため、そのままの価格では取引を継続しづらくなるでしょう。
スーパーは学校法人に対し「今後は消費税分値下げしてください」「取引額を見直したい」「できればインボイス発行事業者になってください」といった要請を行うかもしれません。最悪の場合、取引停止や他社への切替ということも起こりえます。
このように、学校法人が売り手となる課税取引がある場合、インボイス制度への未対応は取引先に直接不利益を与えるため、放置できない問題となります。現在免税事業者である学校法人でも、状況によってはインボイス発行事業者への登録を検討せざるを得ないのです。
一方で、学校法人の収入が学生や生徒からの授業料や施設使用料など非課税取引や消費者相手の取引のみであれば、この売り手側の影響は比較的軽微です。
学生や父兄は事業者ではないためインボイスの必要がありませんし、授業料等はそもそも非課税で消費税が発生しません。したがって、教育事業のみを行っている場合には、引き続き免税事業者のままでも当面大きな支障はないでしょう。
ただし、今後少しでも企業や他団体との課税取引を行う予定があるなら注意が必要です。たとえスポット的な取引でも、相手方からインボイスを求められるケースは十分考えられます。「自分たちは学校だから関係ない」とは決めつけず、念のため取引内容を洗い出しておくことが大切です。
学校法人が買い手(仕入れ側)になる場合
次に、学校法人が物品やサービスを購入したり外部委託を利用したりする場面についてです。例えば学校が教材を業者から購入する場合や、建物の工事を依頼する場合、非常勤講師や外部講師に業務委託料を支払う場合などが該当します。
学校法人が課税事業者である場合(つまり消費税の申告・納税をしている場合)には、こうした支出に含まれる消費税を仕入税額控除することができます。しかし、インボイス制度開始後は仕入先から適格請求書を受領していることが控除の前提になります。
問題は、学校法人の取引先には消費税の免税事業者が含まれている可能性があることです。特に、規模の小さい業者や個人事業主から物品を購入したり、講演や業務を委託したりする場合、その相手先がインボイス発行事業者でないケースが考えられます。
仕入先がインボイス未登録(免税事業者等)だった場合、学校法人が受け取る請求書には登録番号が記載されません。この請求書は適格請求書ではないため、原則としてそこに含まれる消費税額相当分は仕入税額控除できなくなります。
これにより、学校法人側の消費税負担が増加する可能性があります。具体的には、今までであれば課税仕入れの消費税を控除できたため納税額が抑えられていたものが、控除できないことで納税額(または実質的なコスト)が増えるということです。
例えば、ある専門学校(課税事業者)が外部のデザイン業者(売上規模小さく免税事業者)にパンフレット制作を委託していたとします。
委託料100万円のうち消費税相当額10万円が含まれていたとしても、これまでは請求書さえ保存しておけばその10万円を仕入税額控除できていました。
ところがインボイス制度後、その業者が登録をしていないと適格請求書が発行されないため、専門学校は10万円分の控除を受けられず、丸ごと負担する形になります。
もっとも、インボイス制度には経過措置が設けられており、すぐに100%控除不可になるわけではありません。2023年10月から2026年9月末までの間は、適格請求書のない支出についても消費税額の80%までは仕入税額控除が認められます(残り20%は控除不可)。
2026年10月から2029年9月末までは控除できる割合が50%に縮小され、2029年10月以降は一切控除不可(0%)となります。
つまり、買い手側の事業者にとっては徐々に免税事業者との取引で控除できる税額が減っていき、最終的には完全になくなるスケジュールです。この経過措置期間中に、仕入先が未登録の場合の対応を検討し、必要に応じて取引条件の見直しや代替先の検討などを進めることが求められます。
なお、学校法人自身が免税事業者の場合は、そもそも仕入税額控除という概念がありません。免税事業者は消費税の申告をしない(納税義務がない)ため、支払った消費税は従来から全額コストとして負担しています。
この場合、仕入先がインボイス未対応かどうかは自己の納税額には影響しません。ただし、前述の通り学校法人が売り手となる場合のデメリットは残りますので、自社(学校法人)が免税であるか課税であるかによって、影響の現れ方が異なる点を整理しておきましょう。
まとめると、インボイス制度によって学校法人に生じる影響は、「免税事業者のままでいると売り手として取引先に不便をかける」「課税事業者になれば仕入先が免税かどうかで負担が増減する」という二点に集約できます。
次の章では、学校法人特有の消費税に関する論点(寄附金や補助金など)に触れつつ、実際に制度開始に向け何を準備すべきかを見ていきます。
学校法人に特有の課題や注意点(寄附金・補助金・非課税収入との関係)
学校法人の経理を考えるうえで無視できないのが、寄附金や補助金といった収入の扱いです。これらは学校法人の財源として重要ですが、消費税との関係では「対価の伴わない収入」であり課税の対象外です。
寄附金や補助金の受領は商品やサービスの提供に対する対価ではないため、消費税法上は“不課税取引”と位置付けられます(「非課税」と言うこともありますが、厳密には法律上の非課税取引とは少し異なる概念です。ただし実務上はどちらも消費税がかからない点で共通しています)。
このように、学校法人は授業料等の非課税収入に加え、寄附金・補助金といった不課税収入も多く得るため、全体として消費税の課税売上割合が低くなりがちです。
インボイス制度はあくまで課税取引に対する仕組みですので、寄附金や補助金そのものにインボイスを発行する必要はありません。
例えば、寄附者から寄附金を受け取った際に発行する受領書や領収書は、インボイス(適格請求書)ではなく通常の受領証で問題ありません(寄附金には消費税がかかっていないため、消費税額の記載義務もありません)。
同様に、学生から受け取る授業料の領収書にも消費税額の記載は不要ですし、インボイスではなく通常の領収書で構いません。学校法人特有の非課税・不課税収入については、インボイス制度による直接的な変更や新たな義務はないと言えます。
しかし、学校法人がもし課税事業者として消費税申告を行う場合には、寄附金や補助金の存在が仕入税額控除の計算に間接的な影響を与える点に留意が必要です。消費税の計算では、課税売上と非課税売上を両方持つ事業者は、仕入れにかかった消費税を按分計算するルールがあります。
さらに、学校法人や公益法人等特有の制度として「特定収入に係る仕入税額控除の調整」というものがあります。これは、補助金・負担金・寄附金など特定の目的に使われる収入(特定収入)がある場合、対応する仕入れにかかった消費税の控除を調整するという少々複雑な特例です。
簡単に言えば、寄附金や補助金でまかなわれた支出部分については、その仕入れに含まれる消費税を控除できないケースがあるというものです。
例えば、国からの補助金で設備を購入したような場合、その設備購入にかかった消費税の一部について控除が制限されることがあります。この計算は非常にテクニカルで、場合によっては控除額が減ることで消費税の納税額が増えることになります。
ただし、この「特定収入」の調整計算はインボイス制度によって新設されたものではなく、従来からある消費税の特例ルールです。インボイス制度が始まったことで計算がさらに煩雑になる可能性は指摘されていますが、基本的な考え方自体は変わりません。
経理担当者としては、「寄附金や補助金には消費税がかからない」「インボイスの発行対象ではない」ことをまず押さえましょう。そのうえで、もし自法人が課税事業者となって消費税申告を行う際には、特定収入に関する控除調整の規定が適用になるかを税理士等に確認し、適切に対応することが必要です。
学校法人の場合、消費税法上の経理処理が一般企業より複雑になりがちですので、インボイス制度対応と合わせてこうした特有の論点にも注意を払ってください。
また、教育に関わる取引か否かによって課税非課税が分かれる点も要注意です。例えば学生食堂の提供する食事は教育の一環として提供している場合は非課税と解されることがありますが、一般に飲食物の提供は本来課税取引です。
学校が行う販売やサービスが「教育のために付随的に行われるもの」か「収益事業として行われるもの」かで取り扱いが変わります。
インボイス制度下では、「どの取引が課税か非課税か」を明確に分類し、それぞれ適切な対応をすることが求められます。非課税取引にはインボイス不要ですが、課税取引にはインボイス対応が必要です。経理担当者は各収入項目の性質を再点検し、社内で共有しておきましょう。
インボイス制度開始に向けて取るべき具体的な対応
インボイス制度への対応は早めの準備が鍵です。学校法人がスムーズに制度を乗り切るために、具体的にどのような措置を取ればよいか、順を追って解説します。ここでは経理担当者が中心となって行うべき実務対応をいくつかのステップに分けて説明します。
1. 自社の課税・免税事業者区分の確認と方針決定
まず最初に行うべきは、自法人が現在消費税の課税事業者か免税事業者かを確認することです。既に課税事業者であれば毎期消費税申告をしているはずなので把握できているでしょう。
一方、「これまで消費税を特に納めていない」という場合は免税事業者である可能性が高いです(前々期までの課税売上高が1,000万円以下)。
学校法人の場合、たとえ収入全体が1,000万円を超えていても、課税売上が小さければ免税事業者となっているケースがありますので注意してください。
現状を確認したら、今後の方針を検討します。具体的には、「免税事業者のままでよいか、それとも課税事業者になったほうがよいか」を判断するステップです。前章で述べたように、免税事業者のままだと自分が売り手になったとき取引先に不利益を与える可能性があります。
特に企業や団体相手の収益事業(課税取引)を行っている場合、その割合が大きいならば思い切って課税事業者となる選択肢を検討すべきでしょう。
一方、収入のほぼ全てが授業料や寄附金などで占められ、対外的な課税取引がほとんどない場合は、無理に課税事業者になる必要はないかもしれません。インボイス制度による影響が限定的であれば、引き続き免税事業者としておくほうが事務負担も少なくて済みます。
判断にあたって考慮すべきポイントは次の通りです
取引先への影響度
企業など課税事業者を取引相手とする売上があるか。その取引先からインボイス発行を求められる見込みはあるか。取引先との関係維持にインボイス対応は不可欠か。
収益事業の規模
学校法人の収益事業(課税売上)の金額や割合。今後その事業を拡大させる計画があるか。課税売上が大きい場合、免税のメリット(消費税を納めなくてよいメリット)よりも、インボイス未対応のデメリットの方が上回る可能性があります。
事務負担
課税事業者になれば消費税申告が必要となり、日々の経理でもインボイスの発行・受領管理が追加されます。自社の人員やシステムで対応可能か、あるいは税理士等の協力を得るかを考えます。
もし課税事業者になる決断をした場合、免税事業者のままではインボイス発行事業者の登録ができませんので、まずは消費税の課税事業者選択届出を提出する必要があります(これは消費税課税を選択するための手続きです)。
通常、この届出は適用を開始したい事業年度の前事業年度末までに提出します。例えば、令和6年度から課税事業者になりたい場合は令和5年中に届出が必要です。
ただしインボイス制度開始時には特例的なタイミング調整もありましたので、具体的な手続きは税務署や税理士に確認しましょう。一度課税事業者を選択すると、原則2年間は免税事業者に戻れない点にも注意が必要です(安易に切り替えてすぐ撤回ということはできません)。
なお、インボイス制度開始を機に免税事業者から課税事業者へ転換する中小事業者向けに、「2割特例」と呼ばれる税負担軽減措置があります。
これは、消費税の納税額を通常の計算によらず売上税額(預かった消費税額)の2割とすることで、実質的に納税額を大幅に減らせる特例です。適格請求書発行事業者の登録を行った事業者で一定期間(2023年10月1日から2026年9月30日までに含まれる課税期間)に適用できます。
事前の届出は不要で、該当する事業者は消費税申告の際に適用を受ける旨を記載するだけで利用できます。学校法人でも、これまで免税だったがインボイス発行のため課税事業者になった、という場合にはこの特例の対象になり得ます。
例えば、今まで消費税を納めていなかった学校法人がインボイス対応のため課税事業者となり、消費税を預かり始めた場合、売上に係る消費税の2割だけ納めればよい(残り8割は納税しなくてよい)という優遇が3年間受けられるわけです。
これは新たに消費税を払い始める事業者の負担を和らげる趣旨の措置ですので、該当しそうな場合は是非活用しましょう。
総合的に見て、「免税事業者のまま」と「課税事業者になる」それぞれのメリット・デメリットを洗い出し、自社の状況に即した方針を立てることが重要です。経営層とも相談し、インボイス制度へのスタンスを早めに決めておきましょう。
2. 適格請求書発行事業者の登録申請
次に、インボイス発行事業者の登録手続きです。既に課税事業者であっても、登録申請をしなければインボイス発行事業者にはなりません。逆に、免税事業者から課税事業者に切り替える場合も、課税事業者となった上で登録申請を行う必要があります。
登録申請は所轄税務署に対して所定の様式で行います。オンライン(e-Tax)でも郵送でも申請可能で、申請後、受理されると「適格請求書発行事業者の登録通知書」が交付され、登録番号(T+13桁の番号)が付与されます。
インボイス制度開始当初に間に合わせるには2023年3月31日までの申請が必要でしたが、それ以降でも申請を出せば受理された日以降で登録となります(例えば2024年4月に申請して登録されれば、以後インボイス発行事業者として扱われます)。登録の有効期限は基本的になく、取り消さない限り継続します。
登録申請にあたっては、申請から登録番号付与まで時間がかかる点に注意しましょう。国税庁の案内では、e-Taxなら概ね1か月、書面申請なら1.5か月程度が目安とされています。経理業務に影響が出ないよう、余裕をもって申請することが大切です。
特に、取引先との約束で「○月までに登録番号を伝える」といった取り決めがある場合は、その期限から逆算して動きます。
登録番号を取得したら、自社が発行する請求書や領収書にその番号を記載する必要があります。通常は社名や住所を記載している欄に併記する形になるでしょう。また、取引先に対して自社の登録番号をお知らせしておくのも親切です。
大口取引先や取引件数の多い相手とは、事前に「当法人の適格請求書発行事業者登録番号はT…です」と共有しておけば、相手先での経理処理もスムーズになります。国税庁のサイトでも登録事業者の番号は公表されていますが、社名で検索して番号を確認する手間を省くためにも、できれば通知してあげると良いでしょう。
もし登録申請のタイミングが遅れた場合でも、諦める必要はありません。
たとえ制度開始時に間に合わなくても、登録が完了すればその日以降の取引についてインボイスを発行できます。未登録の期間に関しては適格請求書を発行できなかったため、取引先に不便をかけたかもしれませんが、登録後は挽回できます。遅れて登録した場合は、改めて取引先に登録完了を伝え、今後はインボイスを発行できる旨を周知しましょう。
3. 請求書フォーマットや会計システムの対応
インボイス制度に対応するには、帳票類やシステムを新制度に合わせてアップデートする必要があります。経理担当者は、自社で発行している請求書や領収書のフォーマットを点検し、不足している項目を追加・修正しましょう。
請求書フォーマットの見直し
現在お使いの請求書様式を確認してください。前述した適格請求書の記載事項(登録番号、税率ごとの金額・税額など)が網羅されているかがポイントです。多くの企業では、軽減税率導入時に区分記載請求書へ様式変更済みだと思います。
その場合、既に取引先名・日付・軽減税率対象の明示・税込金額区分あたりまでは備えているはずです。不足しているのは「登録番号」「税率ごとの消費税額」などですので、レイアウトを調整してこれらを入れ込みます。
例えば、請求書のヘッダー部分に自社の登録番号欄を設ける、明細欄の下部に税率ごとの小計と税額を表示する、といった対応になります。領収書を発行している場合も同様に、登録番号や税額を記載できるように変更します。
会計ソフト・販売管理システムの設定
請求書発行をシステムで行っている場合は、そのシステムがインボイス制度対応済みか確認しましょう。
多くの市販ソフト(会計ソフトや請求書発行システム)はアップデートによってインボイス対応機能が追加されています。自社で独自にシステム開発している場合も、エンジニアに依頼して対応する必要があります。
具体的な設定項目としては、「自社情報に登録番号を登録する」「マスターデータに取引先ごとの区分(課税/非課税)を設定できるようにする」「明細ごとに税率を選択できるようにする」といったものがあります。適切に設定すれば、システムが自動で税率ごとの合計や消費税額を計算し、請求書様式に反映してくれるでしょう。
適格簡易請求書の活用
学校法人によっては、売上先がお客様不特定多数となる小売的な取引を行うこともあります。例えば、大学の学園祭で一般来場者に物品を販売したり、付属ショップでグッズを販売したりするケースです。そのような場合、毎回取引先(買い手)の名前を把握するのは困難です。
インボイス制度では、特定の業種に限り「適格簡易請求書」という形式が認められています。適格簡易請求書では、通常必要な買い手の名称等の記載を省略できます(スーパーのレシートのようなイメージです)。
学校法人が営む事業で小売業や飲食店営業に類するものがある場合、この適格簡易請求書の要件に該当すれば、レシート形式のインボイスを発行することも可能です。ただし、適格簡易請求書を発行するにもインボイス発行事業者としての登録は必要ですし、税率ごとの合計などは記載しなければなりません。該当する学校法人は、これも選択肢として頭に入れておくと良いでしょう(例えば大学の売店で多数の小額取引がある場合などに有効です)。
仕入れ側のシステム対応
また、自社が受け取る側の書類管理についても考慮します。経理部門では受領した請求書が適格請求書かどうかをチェックし、保存する手順を確立しましょう。会計ソフトには、仕入先ごとの登録番号をマスタに登録しておき、仕訳入力時にその番号を記録できるものもあります。
あるいは、請求書のPDFを保存管理し、登録番号をOCRで読み取って管理するソリューションもあります。いずれにせよ、受け取った請求書から登録番号・税額等を確認する作業が増える点を認識し、効率的なやり方を検討してください。大量の書類を扱う場合は、ファイリング方法や電子保存のルールづくりも必要です(2024年から電子帳簿保存法の要件緩和もありますが、それは別途検討事項です)。
4. 取引先(仕入先・顧客)の状況確認と調整
インボイス制度対応では、自社だけでなく取引先の状況にも目を向けることが重要です。学校法人の場合、仕入先には先述のように免税事業者が含まれがちですし、売上先(顧客)には企業や官公庁など様々な主体がいます。それぞれについて、以下の対応を行いましょう。
仕入先のインボイス登録状況確認: まず、主要な仕入先や外部委託先が適格請求書発行事業者かどうかを確認します。取引先からすでに「当社の登録番号は○○です」と通知を受けている場合もあるでしょう。
また、請求書や見積書に登録番号が記載されているかをチェックします。もし相手先がまだ未登録のようであれば、取引担当者を通じて確認してみることも一案です。「インボイス制度が始まりましたが、御社は適格請求書発行事業者に登録されていますか?」と尋ねれば、多くは教えてくれるでしょう。国税庁の公表サイトで相手先の名前から登録の有無を検索することも可能です。
仕入先がインボイス未登録(免税事業者)の場合、今後の対応を検討します。選択肢としては、
取引条件の見直し交渉
今後仕入税額控除ができなくなる分、価格の見直し(値下げ)をお願いできないか打診する。相手先にも事情がありますが、こちらとしては消費税相当分がコスト増になるため、その分何らかの調整をしたいという意図を伝えます。
登録の打診
長期的な取引関係を考え、相手先に「可能であればインボイス発行事業者の登録をご検討いただけませんか」とお願いしてみる。相手も他の取引先から同様の要請を受けているかもしれず、検討中の場合もあります。登録すればこちらも控除できウィンウィンであることを説明するのも良いでしょう。
代替先の検討
もし相手が登録しない、値下げも難しいとなれば、別の仕入先に切り替えることも選択肢に入ります。これは最後の手段ですが、特に金額の大きな取引で控除不可が事業に与える影響が大きければ、社内で検討せざるを得ないでしょう。
現実には、小規模な事業者ほどインボイス登録による事務負担増や納税発生を嫌って登録を見送っているケースがあります。学校法人としては、そうした取引先とも円滑な関係を続けたいところですが、自社の経理上のコスト増も無視できません。可能な範囲で話し合い、双方納得のいく形に調整していくことが求められます。
顧客への対応と周知
次に、自社が売上を計上している相手(顧客側)への対応です。学校法人の場合、顧客は多岐に渡ります。学生や生徒、その保護者、一般消費者、企業、自治体など様々です。相手が事業者(企業や官公庁など)で、こちらが課税取引を提供している場合には、インボイス発行の可否が取引継続に関わる重要事項となります。
すでに課税事業者で登録も済ませた場合は、自社の登録番号やインボイス対応開始日を速やかに通知しましょう。例えば「当法人は適格請求書発行事業者として登録いたしました。令和○年○月より発行する請求書には登録番号を記載いたします。」といった案内文を出すと安心です。
契約書や基本合意書がある取引なら、消費税の取り扱いに関する条項を見直し、必要に応じて契約変更も行ってください(多くの契約書では「消費税相当額を別途請求する」旨が書かれていますが、免税事業者だった場合その条項を適用していなかったかもしれません。課税事業者になるなら正式に適用する形に直すなど)。
逆に、自社が免税事業者のまま継続する場合は、取引先に対しその旨を伝えておく方が親切です。「当法人は現時点で適格請求書発行事業者の登録を行っておりません。そのため、御社との取引につきましてはインボイスを発行できない状況です。」と正直に伝え、相手の理解を求めます。
その際、「可能であれば今後も現在の価格で取引をお願いしたい」とか、「消費税相当分について協議させてほしい」など、相手の出方をうかがいながら調整していきます。
相手から見れば仕入税額控除できないデメリットがありますから、まったく何も言ってこないこともあれば、やはり何らかの要請があることも想定しておきましょう。特に、取引額が大きかったり相手側の経理が厳密な企業ほど、この点はシビアです。
官公庁や自治体との取引についても補足します。学校法人は補助金交付など行政との関係も深いですが、ここでは物品や役務の提供(例えば研修委託や共同研究契約など)を想定しています。国や自治体も組織としてインボイス制度対応していますので、基本的には企業と同様に適格請求書の提出を求められるでしょう。
もし学校法人が免税でインボイスを発行できないとなると、行政側としても扱いに困る可能性があります(税金の使途として消費税分が控除できない経費になるため)。
行政との契約においては、応募要項や仕様書に「適格請求書発行事業者であること」等の条件が書かれていないか確認してください。将来的に補助金とは別に、自治体から仕事を受注するような場合には、自社がインボイス発行事業者かどうかが入札資格などに影響するケースも考えられます。
5. 社内体制の整備と担当者への周知
制度対応には社内の理解と協力も不可欠です。特に経理担当者以外の部署でも、請求書を発行する担当者や、取引先と交渉する担当者などインボイスに関わる人は多くいます。組織としてインボイス制度に対応するため、以下のような社内体制の整備を行いましょう。
経理担当者への実務研修
経理部内でインボイス制度に関する知識を再確認します。適格請求書の要件、保存方法、仕入税額控除の経過措置の扱い方など、具体的な実務ルールを整理して共有します。
例えば、「支払先から受け取った請求書に登録番号が無かったらどう処理するか」「経過措置の80%控除を仕訳や申告でどう反映するか」など細かな点まで想定問答を用意すると安心です。必要に応じて税理士やシステムベンダーからの説明会を設けても良いでしょう。
営業・庶務担当者への周知
学校法人内で請求書を発行したり、領収書を発行したりする部署(例えば学務課や財務課など)が複数ある場合、それぞれの担当者にもインボイス制度を周知します。「領収書を発行する際には登録番号を必ず入れてください」「今後、取引先から請求書の書式変更依頼があれば経理に連絡してください」など、現場での注意事項を伝えます。
特に、現金収入や小口現金を扱う部門(売店や食堂など)がある場合、レシート等のフォーマット変更がちゃんとなされているか確認します。
社内規程・マニュアルの改訂
経理規程や事務手順書があるなら、インボイス制度対応について追記します。例えば「消費税の帳簿処理」の項に適格請求書の保存に関する文言を追加したり、支払業務のフローに「インボイス要件のチェック」というステップを入れたりします。これによって、担当者が交代しても対応漏れがないようにできます。
相談窓口の設定
社内でインボイスに関して疑問が生じた場合、経理部内の誰に相談すればよいかを周知しておきましょう。例えば「インボイス制度問い合わせ担当: 財務課 ○○さん」と知らせておけば、他部署の人も聞きやすくなります。
とりわけ学校法人では教員や研究者がプロジェクトベースで物品購入や外注契約を結ぶこともあり、経理に明るくない職員もいます。そうした方々が「この支出はインボイス必要?」など迷ったときに気軽に相談できる環境を作ることが理想です。
税理士や専門家との連携
消費税・インボイス制度に不明点がある場合、早めに専門家に確認しましょう。学校法人の消費税申告は先述の特定収入の調整など専門的論点がありますので、税理士や公認会計士と契約している場合はその方々からアドバイスを受けつつ進めると安心です。
6. スケジュールと今後のチェックポイント
最後に、インボイス制度対応のスケジュール感をつかんでおきましょう。制度開始(2023年10月)前後から、初回の申告までにかけて、経理担当者が留意すべき主なマイルストーンは以下の通りです。
〜2023年9月
インボイス制度施行直前までに、社内の準備を完了させる(登録申請の提出、システム改修、社内周知)。特に制度開始日に取引がある場合は新様式で請求書発行できるようにしておく。
2023年10月
インボイス制度開始。以後の取引について適格請求書の発行・受領がスタート。最初のうちは現場で戸惑いがあるかもしれないので、経理部門がフォローしつつ運用を安定させる。
2023年10月〜2026年9月
経過措置第1段階(80%控除可)の期間。この期間中は、インボイスのない仕入について消費税額の80%まで控除できるので、経理処理時に必要であれば適用する。ただし基本は仕入先にも早期に登録してもらうよう働きかけ、可能な限り適格請求書を受領する方向に持っていく。
2024年以降初回の消費税申告
インボイス制度導入後初めての消費税確定申告を迎える(事業年度や申告期間によるが、多くの学校法人は年度末決算であれば2024年3月期末〜4月の申告)。この申告では、経過措置の適用や2割特例の適用など新しい項目があります。事前に申告書の様式や記載例を確認し、ミスのないよう準備しましょう。
2026年10月
経過措置の控除割合が50%に縮小(第2段階開始)。この時点で、主要な仕入先についてはできればインボイス対応済みになっていることが望ましいです。まだ未登録の取引先が残っている場合、控除できない割合が増えるためコスト増が顕著になります。改めて仕入先の状況を洗い出し、対応を協議します。
2029年10月
経過措置終了。インボイスのない仕入れは一切控除不可となります。ここまでにすべての取引についてインボイス対応を完了させることが目標です。学校法人との取引においても、この時点ではインボイス未対応事業者との取引は極力避ける流れになるでしょう。
以上のように長期的な視点で計画を立て、定期的に進捗をチェックすることが大切です。一度整備して終わりではなく、新たな取引先が増えた場合の対応や、制度運用上の法改正(例えば2023年以降も実務の中で細かな通達変更等がありえます)にもアンテナを張っておきましょう。
常に最新情報をキャッチアップし、必要なら社内ルールをアップデートして、制度に振り回されないようにするのが経理担当者の腕の見せ所です。
よくある疑問や誤解へのQ&A
最後に、学校法人の経理担当者から寄せられがちなインボイス制度に関する疑問や誤解について、Q&A形式でまとめます。
Q1: 授業料や寄附金にもインボイス(適格請求書)を発行する必要がありますか?
A1: いいえ、授業料や寄附金にはインボイスは不要です。これらは消費税の課税取引ではないため、適格請求書の発行義務がありません。授業料や入学金などは法令上非課税と定められており、寄附金はそもそも対価性のない収入(不課税)です。
したがって、学生や保護者から授業料等を受け取る際には従来どおりの領収書を発行すれば足ります(消費税額の記載も不要です)。インボイス制度はあくまで課税対象となる取引に適用されるものと理解してください。
Q2: うちの学校法人は課税売上高が年間1,000万円以下なので消費税の免税事業者ですが、それでもインボイス発行事業者の登録をした方がいいでしょうか?
A2: 法律上は登録の必要はありませんが、取引先との関係次第では検討すべきです。課税売上高が1,000万円以下であれば消費税の納税義務は免除されますので、そのままでいれば消費税の申告・納税の手間や負担はありません。
ただし、取引先(顧客)が企業など課税事業者である場合、インボイスを発行できないことで取引先に不利益を与えてしまう可能性があります。もし学校法人として外部に課税取引(例:施設レンタル、物品販売、受託事業など)を提供しており、相手がインボイスを必要としているようであれば、免税事業者のままでいるリスクは高いでしょう。
その場合は自社が課税事業者となりインボイス発行事業者に登録することを前向きに検討すべきです。一方、企業や官公庁相手の課税取引が全くなく、相手が消費者や非事業者のみであれば、無理に登録する必要性は高くありません。要は「誰と取引しているか」によって判断が変わるということです。
Q3: 免税事業者のままだと具体的にどんな不利益がありますか?
A3: 大きく二つの不利益があります。
(1)売り手としての不利益:自社が発行する請求書が適格請求書にならないため、取引先(買い手)はその支払額に含まれる消費税相当分を仕入税額控除できません。結果として取引先のコストが増え、前述のように値下げ要求や取引停止などにつながる恐れがあります。
(2)買い手としての不利益:自社が免税事業者である場合、基本的に仕入税額控除の制度を利用していない(消費税申告をしていない)ので、事業運営上は常に仕入れに含まれる消費税をコスト負担しています。これはインボイス制度前後で変わりません。
ただし、仮に自社が免税事業者のままでも課税仕入れ自体はあるわけで、その仕入先が値上げ(免税事業者がインボイス発行できない分の調整)をしてくる可能性はあります。
つまり、自社が支払う側でも、取引先が「うちはインボイス対応するので代わりに価格を見直させてください」と言ってくるケースが考えられます。いずれにせよ、免税事業者で居続けると取引関係上の不利が徐々に表面化してくる点には注意が必要です。
Q4: 一度インボイス発行事業者として登録すると、その後やめることはできますか?
A4: 登録の取り消しは可能ですが、慎重な手続きが必要です。適格請求書発行事業者の登録は任意であり、やめたい場合は税務署に取り下げの申請を行うことになります。
ただし、例えば一度課税事業者選択をしてインボイス登録した後、すぐ「やっぱり免税に戻りたい」というのは認められません。消費税法上、課税事業者の選択は原則2年間は継続する義務があり、その間は免税事業者に戻れない決まりです。
インボイス発行事業者の登録自体も、やめるタイミングによっては区切りの良い時期まで取り消しが効力発生しない場合があります。一度登録すれば取引先にも周知するため、頻繁にステータスを変えるのは信用にも関わります。
したがって、「とりあえず登録してみて、後でやめる」というよりは、最初から腰を据えて対応を決めることをおすすめします。どうしても不要になった場合のみ、所定の手続きで取り消しを行うという認識でいましょう。
Q5: 適格請求書発行事業者の登録番号はどこで確認できますか?また、請求書には具体的にどのように表示すればよいですか?
A5: 登録番号は国税庁から発行される“T”から始まる13桁の番号です。登録申請後に「登録通知書」で知らされますし、国税庁の「適格請求書発行事業者公表サイト」でも事業者名や法人番号から検索して確認可能です。自社の登録番号を請求書に記載する際は、通常会社名や住所といった自社情報の欄に追記します。
例えば、「〇〇学校法人 △△学園 適格請求書発行事業者登録番号:T1234567890123」のように書き入れます。レイアウト上スペースがなければ、会社名の下あたりに小さめの字で番号を入れる形でも構いません。
重要なのは取引先が見てすぐ登録番号と分かることです。取引先から受け取る請求書についても同様で、相手の登録番号が必ず記載されているかをチェックしましょう。
万一記載が見当たらなければ、「御社のインボイス登録番号を教えてください」と問い合わせることになります。なお、登録番号は機密情報ではなく公的に公開されているものですので、取引上どんどん活用して問題ありません。
Q6: 仕入先がインボイス発行事業者でない(未登録)の場合、仕入税額控除は一切受けられないのでしょうか?
A6: 最終的には受けられなくなりますが、経過措置により段階的に変化します。インボイス制度開始直後の現行ルールでは、原則として適格請求書のない仕入れについて仕入税額控除は認められません。
ただし、2023年10月から導入後一定期間は緩和措置があります。具体的には2023年10月1日〜2026年9月30日までの間は、適格請求書がなくてもその支払いに含まれる消費税額相当額の80%を控除可能です。
2026年10月1日〜2029年9月30日の間は控除可能割合が50%に縮小されます。そして2029年10月以降は、適格請求書等の保存がない支出について一切控除ができなくなる(0%)という段取りです。
したがって、2023年〜2025年頃はまだ過渡期として多少の控除はできるものの、時間とともに免税事業者との取引は不利さが増していきます。
この経過措置を踏まえ、経理担当者は仕入先のインボイス対応状況を把握した上で、いつまでにどの程度の対策が必要か計画を立てましょう。「まだ80%控除できるから大丈夫」と放置せず、その間に取引先への働きかけや価格調整などを進め、2029年以降に備えることが重要です。
Q7: 消費税の経理処理が複雑で、自社で対応できるか不安です。簡略化する方法はありますか?
A7: 消費税計算の簡便法として「簡易課税制度」があります。これは課税売上高が5,000万円以下の事業者が選択できる制度で、実際の仕入額に関係なく業種ごとに決められたみなし仕入率を使って仕入税額控除額を計算する方法です。
もし学校法人が新たに課税事業者となった場合でも、課税売上が小規模であれば簡易課税制度を選択することでインボイスの保存がなくても所定の計算により仕入税額控除を受けることができます(※ただしインボイス保存義務自体は免除されませんので、請求書の保存は必要です)。
例えば課税売上が物販であればみなし仕入率80%、サービス業なら50%といった具合に、売上に一定率を掛けて仕入税額控除額を算定します。これにより、細かな仕入毎の消費税計算や按分処理を簡略化できます。
ただし、簡易課税を使うには事前の届出が必要で、適用したら原則2年間は継続適用となる点に注意しましょう。また、学校法人固有の特定収入調整は簡易課税適用時には行わなくてよい(みなし計算に含まれるため)メリットもあります。経理負担が大きくなりすぎると感じたら、この制度の利用も検討材料に入れてください。
実務対応チェックリスト・スケジュール
最後に、学校法人の経理担当者向けにインボイス制度対応のチェックリストをまとめます。以下の項目を参考に、自社の準備状況を点検してみてください。
自社の消費税区分を確認する
現在、自法人が課税事業者か免税事業者かを把握しましょう。あわせて、教育事業以外の課税取引がどの程度あるか洗い出します。
インボイス発行事業者の登録要否を検討
免税事業者の場合、取引先や事業内容を踏まえて登録すべきか判断します。課税事業者になるメリット・デメリットを経営層とも議論し、方針を決定しましょう。
課税事業者選択届出書の提出
課税事業者になることを決めたら、所轄税務署へ「消費税課税事業者選択届出書」を期限内に提出します(通常は適用開始したい期の前期末まで)。
適格請求書発行事業者の登録申請
税務署にインボイス発行事業者の登録申請を行います。e-Taxまたは書面で申請し、登録番号を取得します。申請は早めに行い、制度開始に間に合うようにしましょう(目安: e-Taxで約1か月、書面で約1.5か月)。
登録番号の社内周知
国税庁から付与された登録番号を社内で共有します。請求書様式への反映や、取引先への通知準備を行います。
請求書・領収書フォームの修正
自社発行の請求書テンプレートを適格請求書の要件に沿うよう修正します。登録番号、税率区分ごとの税込金額・税額欄などを追加し、レイアウトを調整します。領収書についても同様に対応します。
会計ソフト/販売管理システムのアップデート
利用中のシステムがインボイス制度に対応済みか確認し、最新版へのアップデートや設定変更を実施します。登録番号や税率区分を扱えるようにし、テスト印刷等で正しく表示されるか確認しましょう。
社内業務フローの見直し
請求書発行から経理記帳までの流れにインボイス要件を組み込みます。発行時チェックリストの作成、受領時の確認ポイント設定など、実務フローを整理します。
取引先(顧客)への周知連絡
主要な顧客に対し、自社がインボイス発行事業者登録をした場合はその番号と適用開始日を通知します。逆に登録しない場合も、その旨を事前に伝え、必要であれば協議の機会を設けます。契約書の消費税条項も確認し、必要なら改訂します。
仕入先リストのチェック
仕入先や委託先について、インボイス発行事業者か否かをリストアップします。未登録と判明した先については、今後の対応方針(交渉・代替検討など)を検討し、関係部署と共有します。
経理担当者への研修
インボイス制度の実務対応(記帳方法、控除計算、経過措置の処理等)について経理メンバー内で研修・勉強会を行います。新しい様式の請求書サンプルを用意し、チェックポイントを確認します。
他部署への説明・協力依頼
請求書発行部署や現場担当者に対し、インボイス制度対応について説明します。特に現金売上を扱う部署には領収書対応など具体的な指示を出します。
初回の消費税申告準備
インボイス制度導入後、初めて迎える消費税申告に向けて、申告書のフォーマットや記載方法を確認します。経過措置(80%控除)や2割特例を適用する場合の記入の仕方など、事前にシミュレーションし、必要書類を揃えておきます。
今後のスケジュール確認
2026年と2029年に経過措置の段階変更があるため、それまでの中長期的な対応計画をメモしておきます。例えば「2025年度中に主要仕入先のインボイス対応率100%を目指す」といった目標設定をしてもよいでしょう。
以上がチェックリストになります。抜け漏れがないか定期的に見直し、必要に応じて項目を追加してください。インボイス制度対応は一度やって終わりではなく、継続的な管理と改善が求められます。経理担当者として、このチェックリストを活用しながら着実に対応を進めていきましょう。
まとめ:学校法人も早めのインボイス制度対策を
インボイス制度(適格請求書等保存方式)は、学校法人にとっても無関係ではない重要な制度変更です。特に消費税の免税事業者となりがちな学校法人は、そのままの状態だと取引先との関係で不利になるケースがあり得ます。
本記事で述べたように、まずは制度の概要を正しく理解し、自法人の状況を分析したうえで最適な対応策を選択することが大切です。課税事業者になるのか免税のままいくのか、インボイス発行事業者に登録するのか否か——その判断によって具体的な準備内容も変わってきます。
いずれにしても、事前準備と社内外の調整は早め早めに行うに越したことはありません。経理担当者が中心となって、システム対応や帳票整備、取引先とのコミュニケーションなどを計画的に進めましょう。
学校法人の本来業務である教育・研究に専念するためにも、経理面の制度対応は抜かりなく行いたいものです。インボイス制度への対応をしっかり済ませておけば、取引先からの信頼も得られ、将来的なトラブルを防ぐことができます。
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