
「手元の現金は心もとないが、大きな商談は逃したくない」。これは多くの経営者が抱えるジレンマではないでしょうか。もし、将来の支払いを約束することで現在の取引を円滑に進められるとしたら、事業の可能性は大きく広がるはずです。
手形取引を正しく理解し、使いこなすことは、まさにその未来を実現するための第一歩です。資金繰りの不安から解放され、より戦略的な経営判断を下せるようになります。この記事では、長年にわたり日本の商取引を支えてきた「手形」の仕組みを、基礎から応用まで網羅的に解説します。
手形を受け取った際の具体的な活用法はもちろん、そこに潜むリスクまで、専門用語を避け、わかりやすい言葉で説明します。さらに、目前に迫った2026年の手形廃止という大きな変化に対し、今から何をすべきかという具体的な行動計画も示します。
「手形割引」や「不渡り」といった言葉に、難しさや不安を感じるかもしれません。しかし、ご安心ください。一つひとつの概念を具体的な例とともに丁寧に紐解いていきます。この記事を読み終える頃には、あなたは手形取引の本質を理解し、自社の資金繰りを改善し、未来の決済システムへスムーズに移行するための確かな知識を手にしていることでしょう。
目次
手形とは?事業を支える金融の基本をわかりやすく解説
手形は、企業間の取引、特に信用に基づいて行われる商取引において、古くから重要な役割を果たしてきました。現金がなくても取引を可能にし、企業の資金繰りに柔軟性をもたらすこの金融ツールについて、その本質から見ていきましょう。
現金の代わりとなる「信用」の証
手形とは、簡単に言うと「指定された期日に、記載された金額を支払うこと」を約束した有価証券です。企業間の取引では、商品やサービスを先に受け取り、代金は後で支払う「掛取引」が一般的です。手形は、この後払いの約束を法的な効力を持つ形で証明する手段として利用されます。
手形の最大の特徴は、手形を振り出す(発行する)時点で、振出人の当座預金口座に資金がなくても発行できる点にあります。支払いに必要な資金は、手形に記載された支払期日までに用意すればよいため、振出人にとっては支払いを先延ばしにできるという大きなメリットがあります。
この「支払いを遅らせる」という機能は、振出人にとっては資金繰りを楽にする強力な手段です。しかし、その一方で、手形を受け取った側は、その期間だけ現金化が遅れるという負担を負うことになります。
つまり、手形を受け取るということは、実質的に取引先に対して短期的な融資を行っているのと同じ状態なのです。この振出人と受取人の間の利害の不一致こそが、手形取引におけるすべての仕組み(例えば後述する手形割引など)を理解する上での重要な鍵となります。
手形と小切手の決定的な違い
手形とよく似たものに「小切手」がありますが、両者はその役割において決定的に異なります。この違いを理解することは、企業の資金管理において非常に重要です。
最も大きな違いは、現金化できるタイミングです。小切手は、受け取った人が銀行に持ち込めば、振出人の口座に十分な残高がある限りすぐに現金化できます。これに対し、手形は原則として記載された支払期日が来るまで現金化できません。
また、資金が必要となる時点も異なります。小切手は振り出す時点で口座に資金が必要ですが、手形は支払期日までに資金を用意すれば問題ありません。この違いから、小切手は「現金の代わり」として即時払いの性格を持つのに対し、手形は「将来の支払いの約束」として支払いを猶予する目的で使われます。
| 特徴 | 手形 | 小切手 |
| 現金化のタイミング | 記載された支払期日以降 | いつでも可能 |
| 資金が必要な時点 | 支払期日 | 振出時 |
| 主な目的 | 支払いの先延ばし(信用供与) | 即時支払い(現金代替) |
2つの主要な手形:「約束手形」と「為替手形」
手形には、主に「約束手形」と「為替手形」の2種類があります。取引の当事者が異なるため、どちらの手形なのかを正しく見分けることが重要です。
約束手形
約束手形は、振出人(手形を発行した人)が、受取人(手形を受け取った人)に対して、直接支払いを約束する、二者間の取引で使われる手形です。日本の国内取引で「手形」という場合、そのほとんどがこの約束手形を指します。
仕組みがシンプルでわかりやすいため、広く利用されています。振出人が支払義務を負うため、会計上、振出人側では「支払手形」、受取人側では「受取手形」として処理されます。
為替手形
為替手形は、振出人、受取人に加え、支払人(名宛人)という第三者が登場する、三者間の取引で使われる手形です。これは、振出人が支払人に対して「自分に代わって受取人にお金を支払ってください」と依頼(委託)する形式をとります。
例えば、A社がB社に商品を販売して売掛金があり、同時にA社がC社から商品を仕入れて買掛金があるとします。このとき、B社がC社に直接支払えば、3社間の債権債務を一度に決済できます。このような複雑な取引を円滑にするために為替手形が利用されることがあります。
国際貿易の決済手段としても用いられることがありますが、国内の一般的な商取引では約束手形ほど頻繁には使われません。
受け取った手形を事業に活かす3つの方法
取引先から手形を受け取った場合、その手形をただ金庫に保管しておくだけでは、資金繰りを圧迫する要因になりかねません。手形は、事業の状況に応じて柔軟に活用できる資産です。ここでは、受け取った手形を事業に活かすための代表的な3つの方法を解説します。
方法1:期日まで待って現金化する「取立」
最も基本的で安全な方法が、手形に記載された支払期日まで待ち、銀行を通じて現金化する「取立」です。
この手続きは「取立依頼」と呼ばれ、受取人が自社の取引銀行に手形を持ち込み、代金の回収を依頼することから始まります。依頼を受けた銀行は、手形交換所という機関を通じて、手形を振出人の取引銀行に提示します。そして支払期日になると、振出人の当座預金口座から手形金額が引き落とされ、受取人の口座へ送金される、という流れです。
この方法のメリットは、手数料(取立手数料)が安価で、手形の額面金額を全額回収できる点です。一方で、支払期日まで現金を手にできないため、急な資金需要には対応できないというデメリットがあります。手形を銀行に持ち込む期間は、支払期日を含めて3営業日以内と定められているため、期日管理には注意が必要です。
方法2:期日前に現金化する「手形割引」
「支払期日まで待てない」「すぐに現金が必要だ」という場合に有効なのが「手形割引」です。これは、支払期日が到来する前の手形を、銀行や手形割引専門業者に買い取ってもらい、早期に現金化する方法です。
金融機関は、手形を額面金額から一定の「割引料」を差し引いた金額で買い取ります。この割引料は、実質的には手形を現金化する日から支払期日までの期間に対する利息にあたるものです。
割引率は、手形を振り出した企業の信用力や、割引を依頼する企業との取引実績などによって変動します。一般的に、銀行の割引率は年利1%~5%程度と低い一方、手形割引専門業者は5%~20%程度と高めになる傾向があります。
手形割引は資金繰りを改善する上で非常に便利な手段ですが、一点、極めて重要な注意点があります。それは、手形割引は手形の「売却」ではなく、実質的には「手形を担保とした融資」であるという点です。
もし割引に出した手形が、振出人の資金不足によって不渡りとなった場合、割引を依頼した企業は金融機関に対してその手形を買い戻す義務(償還請求権)を負います。
つまり、振出人が支払えなかったリスクは、最終的に割引を依頼した企業が負うことになるのです。この点を理解せずに手形割引を利用すると、予期せぬ債務を抱えることになりかねません。
方法3:別の支払い手段として使う「裏書譲渡」
受け取った手形は、自社の買掛金などの支払いに充てることもできます。この方法を「裏書譲渡」といいます。
具体的には、手形の裏面にある裏書人欄に、自社の住所・社名を記入し、届出印を押印して、支払先の相手に手形を渡します。これにより、手形を受け取る権利がその相手に移転します。
裏書譲渡の最大のメリットは、手元の現金を一切使わずに支払いができる点です。また、手形割引のように手数料がかからず、手形の額面金額のまま決済に利用できます。建設業や卸売業など、サプライチェーンが長く、複数の企業間で債権債務関係が発生しやすい業界で特に有効な資金繰り手法です。
しかし、この裏書譲渡にも手形割引と同様のリスクが潜んでいます。それは「遡及義務(そきゅうぎむ)」です。もし、裏書譲渡した手形が元の振出人の都合で不渡りになった場合、手形の最終的な所持人は、その手形を裏書したすべての人(裏書人)に対して支払いを請求できます。
つまり、一度手放した手形であっても、不渡りになれば支払いの責任が自分に戻ってくる可能性があるのです。
手形取引に潜む致命的リスク「不渡り」とその影響

手形取引は便利な反面、一つの重大なリスクを内包しています。それが「不渡り」です。不渡りは、単なる支払い遅延とは次元の違う、企業の信用を根底から揺るがす深刻な事態を引き起こします。
なぜ不渡りは「事実上の倒産」と呼ばれるのか
不渡りとは、支払期日に手形が決済されないことを指します。最も一般的な原因は、振出人の当座預金口座の残高が、手形金額に満たない「残高不足」です。
手形が不渡りになると、銀行は「不渡届」を作成し、手形交換所に提出します。そして、その情報は「不渡報告」として、手形交換所に加盟する全国の金融機関に通知されます。
この通知が、企業の命運を左右します。不渡りを出したという事実は、その企業が極めて深刻な資金繰り難に陥っていることを公に示すものです。結果として、金融機関からの新規融資はほぼ不可能になり、既存の融資の引き上げを求められることもあります。
取引先も警戒し、現金取引を要求したり、取引そのものを停止したりするでしょう。このようにして企業の信用は完全に失墜し、事業継続が困難になるため、不渡りは「事実上の倒産」と呼ばれているのです。
不渡りの種類と信用情報への影響
ただし、すべての不渡りが即座に信用失墜につながるわけではありません。不渡りはその原因によって3種類に分類され、影響も異なります。
1号不渡り
これが最も深刻な不渡りで、資金不足や口座の解約が原因で発生します。一般的に「不渡り」という場合は、この1号不渡りを指します。企業の信用に直接的なダメージを与え、後述する銀行取引停止処分の対象となります。
0号不渡り
振出人の署名漏れや印鑑相違、期日の未到来など、手形の形式的な不備が原因で発生します。振出人の信用力とは無関係なため、不渡り処分とはならず、信用情報にも影響はありません。
2号不渡り
手形の盗難、偽造、あるいは契約不履行(商品が納品されないなど)といった、資金不足以外のトラブルが原因で発生します。この場合、不渡届は作成されますが、振出人は手形交換所に対して「異議申し立て」を行うことができます。異議が認められれば、1号不渡りのようには扱われず、信用への影響を回避できます。
2度の不渡りで訪れる「銀行取引停止処分」
手形制度には「ツーアウト」ルールが存在します。もし企業が6ヶ月以内に2回の1号不渡りを出すと、「銀行取引停止処分」という極めて重いペナルティが科されます。
この処分を受けると、その後2年間、すべての金融機関との間で当座預金取引(手形や小切手の振出)や貸出取引(融資)ができなくなります。現代の企業活動において、銀行との取引なしに事業を継続することは不可能です。
そのため、2度目の不渡りを出した企業は、法的な破産手続きに進むか、事業を清算せざるを得ない状況に追い込まれます。これが、2度目の不渡りが「会社の死」を意味する所以です。
割引・裏書に付随する「遡及義務」のリスク
不渡りの恐ろしさは、振出人だけに留まりません。手形を「割引」したり「裏書譲渡」したりした企業にも、「遡及義務(償還義務)」という形でリスクが波及します。
遡及義務とは、手形が不渡りになった際に、手形の所持人から支払いを請求された場合、それに応じなければならないという義務のことです。
例えば、A社が振り出した手形をB社(自社)が受け取り、それを仕入先であるC社に裏書譲渡したとします。その後、A社が倒産して手形が不渡りになった場合、C社はB社に対して手形代金の支払いを請求することができます。
B社はC社に支払った上で、倒産したA社に対して債権を持つことになりますが、A社からの回収は極めて困難です。結果として、B社は売上を回収できないばかりか、C社への支払いで予期せぬ現金の流出を被ることになります。
この遡及義務は、手形が裏書されるたびに、雪だるま式にリスクを抱える企業が増えていく構造を生み出します。自社が受け取る手形の振出人の信用力はもちろん、裏書譲渡する際には、そのリスクを自社が最終的に引き受ける覚悟が必要になるのです。
2026年、手形はなくなる。中小企業が今すぐ準備すべきこと
長らく日本の商慣行を支えてきた紙の手形は、その歴史的な役割を終えようとしています。政府は、経済のデジタル化を推進するため、2026年度末までに紙の約束手形を実質的に廃止する方針を打ち出しました。これは、すべての企業、特に手形取引に依存してきた中小企業にとって、避けては通れない大きな変革です。
なぜ紙の手形は廃止されるのか?
政府が手形廃止を推進する背景には、いくつかの明確な理由があります。
- 中小企業の資金繰り改善
手形による支払いは、支払期日(サイト)が120日など長期にわたることが多く、代金を受け取る中小企業の資金繰りを圧迫する大きな要因となっていました。政府は廃止に先立ち、2024年11月から支払サイトを原則60日以内に短縮するよう指導を強化しており、中小企業のキャッシュフロー改善を急いでいます。 - コストと業務負担の削減
紙の手形は、発行の際に収入印紙の貼付が必要なほか、作成、郵送、保管、取立といった一連の作業に多大な手間とコストがかかります。また、紛失や盗難のリスクも常に付きまといます。 - デジタル化の推進
ペーパーレス化が進む現代において、紙媒体を前提とした手形取引は、業務全体のデジタル化を妨げる要因となっています。より効率的で透明性の高い決済システムへの移行は、日本経済全体の生産性向上に不可欠です。
手形に代わる決済手段の主役「でんさい」とは
紙の手形に代わる決済手段として、政府や金融機関が最も推奨しているのが「でんさい(電子記録債権)」です。でんさいは、株式会社全銀電子債権ネットワーク(通称:でんさいネット)が管理する、手形の仕組みを電子化したものです。
でんさいには、紙の手形のデメリットを克服する多くのメリットがあります。
- コスト削減
収入印紙が不要なため、印紙税がかかりません。 - 業務効率化
手形の発行や郵送、保管といった物理的な作業が一切不要になり、すべての手続きがオンラインで完結します。 - 安全性
ペーパーレスなので、紛失や盗難のリスクがありません。 - 柔軟な活用
手形では不可能だった債権の分割が可能です。例えば100万円のでんさいを受け取った場合、そのうちの30万円だけを別の支払いに譲渡したり、50万円だけを割引に出したりすることができます。 - 自動入金
支払期日になると、自動的に振込が行われるため、面倒な取立手続きは不要です。
手形廃止に向けた実践的アクションプラン
2026年度末という期限は、もう目前に迫っています。手形取引を行っている企業は、今すぐ具体的な行動を開始する必要があります。
まず、自社がどれくらいの頻度で手形を振り出し、または受け取っているのかを正確に把握します。次に、手形取引のあるすべての取引先と、今後の決済方法について協議を開始します。銀行振込やでんさいなど、どの代替手段に移行するかを早期に合意形成することが重要です。
でんさいを利用する場合は、取引銀行を通じて利用申し込みを行います。自社だけでなく、取引先もでんさいを利用している必要があるため、双方での準備が必要です。
また、支払サイトが短縮されることを前提に、資金繰り計画を全面的に見直します。手形による支払猶予がなくなる影響をシミュレーションし、必要であれば新たな資金調達計画を立てます。経理部門を中心に、請求書の発行から入金確認、支払い処理までの業務フローを新しい決済方法に合わせて再構築することも不可欠です。
手形の廃止は、単なる決済手段の変更ではありません。それは、自社の財務体質を強化し、業務の生産性を向上させる絶好の機会です。変化を前向きに捉え、計画的に準備を進めることが、未来の競争力を左右します。
| 特徴 | 紙の手形 | でんさい | ファクタリング |
| 媒体 | 紙 | 電子データ | 電子データ(契約による) |
| 事務コスト | 高い(印紙代、郵送費など) | 低い(印紙代不要) | 比較的低い(印紙代不要) |
| 紛失・盗難リスク | あり | なし | なし |
| 分割利用 | 不可 | 可能 | 不可(一部例外あり) |
| 貸し倒れリスク | 利用者が負う(遡及義務あり) | 利用者が負う(遡及義務あり) | ファクタリング会社が負う(償還請求権なしが一般的) |
| 手数料 | 割引料(年利1%~20%) | 割引料(年利1.5%~5%程度) | 手数料(2社間: 5%~20%, 3社間: 1%~9%) |
| 資金化スピード | 割引で即日~数日 | 割引で即日~数日 | 最短即日 |
| 取引先への通知 | 裏書・割引では不要 | 譲渡・割引の履歴は残る | 2社間は不要、3社間は必要 |
まとめ:手形取引の本質を理解し、未来の決済手段へ
本記事では、手形の基本的な仕組みから、その活用法、そして「不渡り」という致命的なリスクについて詳しく解説してきました。最後に、重要なポイントを再確認しましょう。
- 手形は「信用」を形にした決済手段であり、振出人には支払いを猶予するメリットを、受取人には資金繰りの負担をもたらす二面性を持っています。
- 受け取った手形は、期日を待って現金化する「取立」のほか、早期に現金化する「手形割引」や、別の支払いに充てる「裏書譲渡」といった方法で活用できます。
- 手形割引や裏書譲渡は便利な一方、元の振出人が不渡りを起こした場合に支払責任が戻ってくる「遡及義務」という重大なリスクを伴います。
- 資金不足による「不渡り」は企業の信用を完全に破壊し、特に6ヶ月以内に2度目の不渡りを出すと「銀行取引停止処分」となり、事実上の倒産状態に陥ります。
- 2026年度末に紙の手形は廃止されます。すべての企業は、業務の継続性を確保し、より健全な財務体質を築くために、「でんさい」などのデジタル決済手段へ計画的に移行する必要があります。
手形取引の時代は、まもなく終わりを告げます。この変化は、単なる業務上の負担ではありません。むしろ、旧来の非効率でリスクの高い商慣行から脱却し、自社の資金繰りを見直し、より迅速で安全な決済システムを構築する絶好の機会です。
今すぐ自社の取引状況を確認し、取引先との対話を始め、未来に向けた一歩を踏出してください。この変革を乗り越えることが、これからの時代を生き抜くための強固な経営基盤を築くことにつながるのです。



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