
個人事業主やフリーランスとして独立した際、最初に考慮すべき重要な課題は、事業で得た利益をいかに効率的に手元に残すかという点です。
確定申告の方法を一つ見直すだけで、最大65万円もの所得控除が適用され、納税額を大幅に削減できる可能性があります。そのための強力な手段が「青色申告」です。
青色申告制度を活用することで、自身の努力によって得た売上から不要な税金の支払いを抑え、事業の成長や生活を豊かにするための資金を確保できます。この記事を通じて、これまで複雑に感じられたかもしれない青色申告の全体像を明らかにします。
多くの先輩事業主は、この制度を利用して所得税のみならず、住民税や国民健康保険料の負担をも軽減しています。その具体的な方法と、それによってもたらされる経済的な余裕について、一つひとつ丁寧に解説します。
「複式簿記の経験がない」「手続きが煩雑そうだ」といった不安をお持ちかもしれませんが、心配は不要です。現代では高機能な会計ソフトが普及しており、簿記の知識がなくても、記事に従うことで誰でも青令申告の準備を進められます。
本記事が、税金に関する皆様の不安を自信へと変え、確実な節税という未来へ踏み出すための信頼できる指針となるでしょう。
目次
青色申告とは?事業者のための特別な税務申告制度
青色申告は、日本の税制度における確定申告の一つの方法です。これは単なる手続き上の違いではなく、国が真摯に事業へ取り組む納税者を支援するために設けた、特典付きの制度と理解すると良いでしょう。
青色申告の基本
青色申告制度とは、日々の取引を定められたルール(一定水準の帳簿)に従って正確に記録し、その記録に基づいて所得と税額を計算・申告することにより、税制上の様々な優遇措置を受けられる制度です。
この制度は、納税者が自ら所得を計算して納税額を申告する「申告納税制度」の根幹をなすものであり、信頼性の高い帳簿を作成する納税者を国が優遇する仕組みといえます。すでに日本全国で677万人以上がこの制度を利用しており、個人事業主にとって標準的な選択肢となっています。
青色申告の対象者
青色申告を利用できるのは、所得の種類が限定されています。具体的には、以下の3つのいずれかの所得がある方が対象です。
- 事業所得
- 不動産所得
- 山林所得
事業所得は、フリーランスのエンジニアやデザイナー、小売店、飲食店、コンサルタントなど、多くの個人事業主の所得が該当します。不動産所得はアパートや駐車場などの貸付から得られる所得、山林所得は山林の伐採や譲渡による所得を指します。副業であっても、これらの所得に該当すれば青色申告の対象となります。
白色申告との根本的な違い
確定申告には、青色申告のほかに「白色申告」という方法が存在します。青色申告の利用申請を行わない場合、自動的に白色申告で申告することになります。両者の最も大きな違いは、「手間」と「特典(節税効果)」のバランスにあります。
かつて、白色申告は帳簿付けの義務がなかったため、その手軽さがメリットとされていました。しかし、2014年からは白色申告者にも記帳と帳簿書類の保存が義務付けられました。
現在では白色申告でも帳簿付けの手間は避けられません。そのため、「少しの手間で大きな特典がある青色申告」と、「手間がわずかに少ない代わりに特典が全くない白色申告」という構図になっています。事業を継続的に行うのであれば、青色申告を選択しない理由はほとんどないというのが見解です。
青色申告の主な6つのメリット
青色申告がなぜこれほどまでに推奨されるのか、その理由は白色申告にはない強力な節税メリットにあります。ここでは、特に重要となる6つの特典を詳しく解説します。
最大65万円の青色申告特別控除
青色申告の最大のメリットは、所得から一定額を差し引ける「青色申告特別控除」です。所得金額が低くなることで、それに応じて課される所得税や住民税も軽減されます。この特別控除には、満たすべき要件に応じて3つの段階が設けられています。
65万円控除
最も節税効果が高い控除額です。適用を受けるには、以下のすべての要件を満たす必要があります。
- 事業所得または事業的規模の不動産所得であること
- 複式簿記で記帳していること
- 作成した貸借対照表と損益計算書を確定申告書に添付すること
- 法定申告期限(原則3月15日)までに申告すること
- e-Tax(電子申告)で申告するか、電子帳簿保存を行うこと
55万円控除
上記の65万円控除の要件のうち、e-Taxでの申告または電子帳簿保存の要件を満たせなかった場合に適用される控除額です。紙媒体で申告する場合でも、複式簿記による記帳を行っていればこの控除を受けられます。
10万円控除
複式簿記ではなく、より簡易的な帳簿(簡易簿記)で記帳した場合に受けられる控除です。事業所得、不動産所得のほか、山林所得でも適用されます。
家族への給与が経費になる「青色事業専従者給与」
通常、個人事業主が生計を同一にする配偶者や親族に給与を支払っても、その支出は経費として認められません。しかし、青色申告者であれば、事前に「青色事業専従者給与に関する届出書」を税務署へ提出することで、家族に支払った給与を全額必要経費として計上できます。
これは非常に効果的な節税策です。日本の所得税は、所得が高いほど税率も上昇する「累進課税」制度を採用しています。事業主本人の所得を給与として家族に分散させることで、世帯全体の所得税率を抑制し、結果として納税額を大幅に削減することが可能になります(所得分散効果)。
白色申告にも「事業専従者控除」という類似の制度がありますが、控除額は配偶者で最大86万円、その他の親族で最大50万円と上限が定められています。実際に支払った給与額を経費にできる青色申告の方が、圧倒的に有利といえるでしょう。
赤字を3年間繰り越せる「純損失の繰越控除」
事業を開始したばかりの時期や、予期せぬ事態によって事業が赤字になることも考えられます。青色申告者であれば、その年に発生した赤字(純損失)を、翌年以降3年間にわたって繰り越すことが可能です。
例えば、1年目に100万円の赤字が発生し、2年目に150万円の黒字が出たとします。この制度を利用すれば、2年目の所得は「黒字150万円 – 繰越赤字100万円 = 50万円」として計算されます。もし白色申告であれば、2年目は150万円の黒字に対してそのまま課税されるため、その差は非常に大きくなります。
この制度は、収入が変動しやすいフリーランスやスタートアップ企業にとって、経営上の大きな安心材料となるセーフティネットです。また、前年が黒字で当年に赤字が出た場合、赤字額を前年の所得から差し引いて、すでに納付した前年分の所得税の還付を受ける「繰戻し還付」という選択肢もあります。
30万円未満の資産を一括で経費にできる「少額減価償却資産の特例」
通常、パソコンや自動車、機械設備など、10万円以上する資産を購入した場合、その購入費用は一度に経費計上できず、「減価償却」という会計処理によって数年間にわたり分割して経費化します。
しかし、青色申告者には特例が認められており、取得価額が30万円未満の減価償却資産であれば、購入した年に全額を経費として計上できます。これにより、大規模な設備投資を行った年の税負担を大幅に軽減し、資金繰りを改善する効果が期待できます。
自宅兼事務所の家賃や光熱費の経費化
自宅で仕事をしている場合、家賃や水道光熱費、通信費などの一部を事業の経費として計上できます。これを「家事按分」と呼びます。
この点においても青色申告は有利です。白色申告の場合、家事関連費を経費にするには「業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明確に区分できる場合」に限られ、実務上は事業での使用割合が50%を超えるなど、要件が厳しく設定されています。
一方、青色申告であれば、事業で使用している割合を合理的に説明できれば、たとえその割合が50%以下であっても経費として認められやすくなります。これは在宅で業務を行う事業者にとって、非常に実用的なメリットです。
回収不能な売掛金に備える「貸倒引当金」
取引先の倒産などにより売掛金が回収不能になるリスクに備え、年末時点での売掛金残高の一定割合を「貸倒引当金」として、あらかじめ経費に計上することが認められています。実際に損失が発生する前に経費化できるため、健全な経営管理に寄与します。
青色申告と白色申告の比較

これまで解説したメリットを踏まえ、青色申告と白色申告の主な違いを以下にまとめます。
項目 | 青色申告 | 白色申告 |
事前申請 | 必要(期限あり) | 不要 |
帳簿の付け方 | 原則:複式簿記(65万/55万控除) 簡易簿記(10万控除) | 簡易な方法で可 |
提出書類 | 確定申告書 + 青色申告決算書 | 確定申告書 + 収支内訳書 |
特別控除 | 最大65万円 | なし |
家族への給与 | 青色事業専従者給与(届出により全額経費算入可) | 事業専従者控除(控除額に上限あり) |
赤字の繰越 | 可能(3年間) | 原則不可 |
30万円未満の資産 | 一括経費可(少額減価償却資産の特例) | 不可 |
家事按分 | 合理的な割合であれば経費化しやすい | 事業割合が主である(50%超など)必要がある |
この表が示す通り、白色申告のメリットは「事前申請が不要」という点にほぼ限定されます。記帳義務が課されている現在、事業を継続していく上で青色申告を選択することは、賢明な経営判断と言えるでしょう。
65万円控除を実現する複式簿記の基本
65万円または55万円の特別控除を受けるための最大の要件が「複式簿記」による記帳です。しかし、基本的な考え方を理解すれば、決して乗り越えられない課題ではありません。
複式簿記の必要性
簡易簿記(お小遣い帳のような形式)が、単純にお金の「収入」と「支出」のみを記録するのに対し、複式簿記は一つの取引を「原因」と「結果」という二つの側面から記録します。
例えば、「商品を現金で販売した」という取引は、「現金という資産が増加した(結果)」と「売上が発生した(原因)」という二つの動きを同時に捉えます。
これにより、単なる収支だけでなく、企業の財産(資産・負債)がどのように変動したのかまで正確に把握でき、貸借対照表のような本格的な財務諸表の作成が可能になります。この会計記録の高い信頼性が、高額な控除の条件となっているのです。
初心者のための複式簿記入門
複式簿記では、すべての取引を「借方(かりかた)」と「貸方(かしかた)」に分けて記録します。
- 借方(左側):資産の増加、負債の減少、費用の発生
- 貸方(右側):資産の減少、負債の増加、収益の発生
すべての取引は、必ず借方と貸方の金額が一致するように記録されます。この記録の基礎となるのが、以下の5つの要素です。
- 資産:現金、預金、売掛金、備品など、プラスの財産
- 負債:借入金、買掛金、未払金など、マイナスの財産(返済義務)
- 純資産(資本):資産から負債を差し引いた、正味の財産
- 収益:売上など、資産を増やす原因となるもの
- 費用:仕入、家賃、給料など、資産を減らす原因となるもの
主要な勘定科目と仕訳の具体例
取引の内容を示すラベルのことを「勘定科目」と呼びます。個人事業主が頻繁に使用する勘定科目には、売上高、仕入高、地代家賃、水道光熱費、通信費、消耗品費、接待交際費などがあります。
実際の記録である「仕訳」の例を見てみましょう。
例1:仕事の報酬10万円が普通預金口座に振り込まれた
借方 | 貸方 |
普通預金 100,000 | 売上高 100,000 |
(解説: 普通預金という「資産」が増加し、売上という「収益」が発生した) |
例2:事務所の家賃8万円を普通預金から支払った
借方 | 貸方 |
地代家賃 80,000 | 普通預金 80,000 |
(解説: 地代家賃という「費用」が発生し、普通預金という「資産」が減少した) |
例3:事業用のパソコン(15万円)をクレジットカードで購入した
借方 | 貸方 |
備品費 150,000 | 未払金 150,000 |
(解説: 備品という「資産」が増加し、未払金という「負債」が増加した) |
例4:事業で使う切手代500円を、個人の財布から支払った
借方 | 貸方 |
通信費 500 | 事業主借 500 |
(解説: 通信費という「費用」が発生し、事業主が事業に対して資金を貸し付けた(事業主借)) |
最初は難しく感じるかもしれませんが、会計ソフトを利用すれば、取引内容を入力するだけでこれらの仕訳が自動的に生成されます。手書きで挑戦する必要は全くありません。
青色申告の手続き:開始から提出までの4ステップ
青色申告を実際に始めるための具体的な流れを、4つのステップに分けて解説します。
ステップ1:青色申告承認申請書の提出
すべての手続きは、この申請から始まります。青色申告を行うためには、まず「所得税の青色申告承認申請書」を納税地を管轄する税務署に提出し、承認を受ける必要があります。
提出期限は非常に重要ですので、必ず遵守してください。
- すでに事業を営んでいる方(白色申告からの切り替え)
青色申告を適用したい年の3月15日までに提出します。例えば、2025年分の申告から青色申告に切り替えたい場合は、2025年3月15日が提出期限です。 - 新規で事業を開始する方
その年の1月16日以降に開業した場合、事業を開始した日(開業日)から2か月以内に提出します。開業届と同時に提出するのが一般的であり、提出漏れを防ぐことができます。
申請書には、複式簿記と簡易簿記のどちらを選択するかを記入する欄があります。65万円控除を目指す場合は、必ず「複式簿記」を選択してください。
ステップ2:日々の取引の記帳
申請が完了したら、開業日から日々のすべての取引(売上、経費など)を帳簿に記録していきます。領収書や請求書、銀行通帳などを基に、正確に記帳することが重要です。
この作業は、後述する会計ソフトを導入することで大幅に効率化できます。銀行口座やクレジットカードを連携させれば、多くの取引データが自動で取り込まれ、記帳の手間を劇的に削減することが可能です。
ステップ3:青色申告決算書の作成
会計期間である1月1日から12月31日までの記帳が完了したら、その内容を集計した決算書類「青色申告決算書」を作成します。この書類は全4ページで構成されています。
- 損益計算書(1〜3ページ目)
1年間の売上や経費をまとめ、最終的な利益(所得)を算出する書類です。 - 貸借対照表(4ページ目)
年末時点での企業の財産状況(資産、負債、純資産)を示す書類です。55万円または65万円の控除を受けるためには、この貸借対照表の提出が必須となります。
これらの書類も、会計ソフトを利用していれば、日々の入力データから自動で作成されます。
ステップ4:確定申告書の作成と提出
最後に、青色申告決算書で算出した所得金額などを「確定申告書」に転記し、最終的な納税額を計算します。
提出期間は、原則として翌年の2月16日から3月15日までです。提出方法には以下の選択肢がありますが、65万円控除を目指すのであればe-Taxが必須です。
- e-Taxによる電子申告
- 税務署窓口への持参
- 郵送による提出
簿記が苦手でも安心な会計ソフト3選

複式簿記に対して苦手意識を持つ方もいるかもしれませんが、その懸念はクラウド会計ソフトが解決してくれます。これらのソフトは、簿記の知識がない個人事業主を主な対象として開発されており、青色申告を誰にとっても身近なものにしています。
銀行口座やクレジットカードを連携させることで取引明細を自動で取得し、簡単な質問に答えるだけで仕訳が完了します。決算書や確定申告書も自動で作成されるため、利用者は内容を確認して提出するだけで手続きが完了します。ここでは、特に評価の高い3つのソフトを紹介します。
やよいの青色申告 オンライン
業界最大手の弥生が提供するクラウド会計ソフトです。長年の実績に裏打ちされた信頼性と、手厚いサポート体制が魅力です。特に、初年度の利用料が無料になるキャンペーンを頻繁に実施しているため、コストを抑えて始めたい初心者の方に適しています。
マネーフォワード クラウド確定申告
金融機関との連携機能に定評があり、非常に多くの銀行、クレジットカード、電子マネーの明細を自動で取り込めます。AIによる勘定科目の自動提案機能も優れており、使用するほどに精度が向上し、仕訳作業が効率化されます。請求書作成や経費精算など、関連サービスが充実している点も特徴です。
freee会計
「簿記の知識は一切不要」というコンセプトを掲げ、収支の入力が対話形式で進められるなど、徹底して初心者目線で設計されています。直感的な操作性が高く、会計業務に苦手意識がある方でもスムーズに利用できるでしょう。
まとめ
本記事では、青色申告の仕組みからメリット、具体的な手続きまでを網羅的に解説しました。
- 青色申告は、適切な帳簿付けと引き換えに、最大65万円の所得控除をはじめとする大きな節税メリットを受けられる制度です。
- 家族への給与を経費にしたり、事業の赤字を3年間繰り越したりできるなど、事業経営を力強くサポートする特典が豊富にあります。
- 最大の課題である複式簿記も、会計ソフトを活用すれば、知識がない状態からでも十分に対応可能です。
確かに、白色申告と比較すれば、事前の申請や日々の記帳管理に多少の手間はかかります。しかし、その手間を補って余りあるほどの金銭的なリターンが期待できることは間違いありません。年間で数十万円単位の税額が変わることも決して珍しくないのです。
もしあなたがこれから事業を拡大していきたい、あるいは少しでも手元に残る資金を増やしたいと考えているのであれば、今すぐ行動を起こすことをお勧めします。まずは、ご自身の事業所の所在地を管轄する税務署を調べ、「所得税の青色申告承認申請書」を期限内に提出することから始めましょう。それが、あなたの事業にとって今年最も収益性の高い仕事になるかもしれません。
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