
2024年11月、「フリーランス新法」と呼ばれる新しい法律が施行されます。
これは、フリーランスとして働く個人事業主が安心して取引できる環境を整備することを目的とした制度で、契約内容の明示義務や報酬の支払期限、ハラスメント防止策など、発注者に対して複数の義務が課される点が特徴です。
本記事では、法改正の背景と目的を押さえたうえで、契約や報酬、働く環境にどのような変化がもたらされるのかを詳しく解説します。
また、フリーランスとして知っておくべき実務上の対策や、インボイス制度や下請法との違いも整理。契約トラブルや報酬未払いを防ぐために、フリーランスが今すぐ始めるべき具体的な行動についても取り上げます。
法改正に不安を感じている方こそ、ぜひ最後までご一読ください。新法を正しく理解し、フリーランスとしての働き方をより安心・安全なものへと整えていきましょう。
フリーランス新法とは?背景と目的を解説
フリーランス新法は、特定の雇用関係にない個人事業主として働くフリーランスの取引環境を改善し、安心して働ける社会を目指すための新しい法律です。正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」といい、2023年4月に国会で成立し、2024年11月1日に施行されました。一般的には「フリーランス保護新法」とも呼ばれています。
この法律が制定された背景には、働き方の多様化に伴うフリーランス人口の急増と、それに伴う取引上のトラブルの増加があります。
内閣官房の調査によれば、日本のフリーランス人口は副業を含め1,500万人を超えるとされ、ITエンジニアやデザイナー、ライターといったクリエイティブ職を中心に、多くの人々が企業から直接仕事を請け負う形で活躍しています。
しかし、フリーランスは労働基準法における「労働者」とは見なされず、労働関係法令の保護を受けられません。このため、発注元である企業との間で立場が弱くなりやすく、一方的に不利な契約条件を提示されたり、報酬の支払いが遅れたり、不当に減額されたりといったトラブルが後を絶ちませんでした。
実際に、公正取引委員会の調査では、多くのフリーランスが契約内容が不明確なまま業務を開始したり、発注後に一方的な仕様変更を無償で求められたり、納品したにもかかわらず「不要になった」という理由で受領を拒否されたりといった、理不尽な経験をしている実態が明らかになっています。
こうしたフリーランスが「泣き寝入り」せざるを得ない状況を改善するため、政府はガイドラインの策定などを経て、より実効性のある法的枠組みとしてフリーランス新法を制定しました。
この法律の主な目的は、フリーランスと発注事業者の間の取引に公正なルールを設け、契約トラブルを未然に防ぎ、適正な報酬の支払いを確保することです。これにより、フリーランスが安定して業務に従事できる環境を整備し、多様で柔軟な働き方を社会全体で支える基盤を築くことを目指しています。
フリーランス新法の主なポイント
フリーランス新法では、フリーランスに業務を委託する発注事業者(クライアント)側に対し、契約、報酬、そしてフリーランスの就業環境に関して、これまでになかった新しいルールを義務付けています。ここでは、その重要なポイントを3つの側面から詳しく見ていきましょう。
契約に関する新ルール:書面による明示義務
フリーランス新法の最も大きな柱の一つが、契約条件の明示義務です。
発注事業者は、フリーランスに業務を委託した場合、遅滞なく、書面または電子メール等の電磁的方法(PDFファイルなど)によって契約内容を明示しなければなりません。口頭での約束や、内容が曖昧な指示だけで仕事を進めることは、明確に禁止されます。
法律で明示が義務付けられている主な項目は以下の通りです。
- 当事者の名称: 発注事業者とフリーランス双方の氏名または名称
- 発注日: 業務を委託した年月日
- 業務内容: 依頼する仕事の具体的な内容や範囲
- 成果物の納期: 成果物をいつまでに納品するか、またはサービスの提供をいつ行うか
- 納品場所: 成果物をどこに納品するか、またはサービスをどこで提供するか
- 検収の有無と完了日: 成果物の検査を行うかどうか、行う場合いつまでに完了するか
- 報酬の額: 仕事に対する対価の具体的な金額
- 報酬の支払期日: 報酬をいつ支払うか
- その他省令で定める事項: 必要に応じて定められる追加項目
これらの項目を契約時に書面で明確にすることで、後から「言った、言わない」のトラブルが発生するのを防ぎます。
特に、継続的に業務を委託する「継続的業務委託」の場合、契約期間や契約の更新・解除に関する条件も明記することが求められます。これにより、フリーランスは一方的に契約を打ち切られるリスクを低減でき、発注者とフリーランス双方が安心して取引関係を始めることができるようになります。
報酬に関する新ルール:60日以内の支払いと7つの禁止行為
報酬の支払いに関するルールも大幅に強化されました。フリーランスにとって、収入の安定は活動を続ける上で死活問題です。
新法では、発注事業者はフリーランスから成果物を受領した日(またはサービスの提供を受けた日)から起算して60日以内のできるだけ短い期間内に支払期日を定め、その期日までに報酬を全額支払うことが義務付けられました。
これにより、支払いサイトが不当に長く設定される慣行に歯止めがかかり、フリーランスのキャッシュフロー改善が期待されます。さらに、発注事業者によるフリーランスへの優越的地位の濫用を防ぐため、以下の7つの行為が禁止行為として具体的に定められました。これらのルールは、特に1ヶ月以上の継続的な業務委託において厳格に適用されます。
受領拒否
発注したにもかかわらず、フリーランス側に責任がないのに成果物の受領を拒否する行為。
報酬の減額
事前に合意した報酬額を、フリーランス側に責任がないのに一方的に減額する行為。
返品の強要
受け取った成果物に瑕疵(欠陥)がないのに、不当に返品する行為。
買いたたき
市場の実勢価格や同種の業務の対価に比べて、著しく低い報酬額を不当に設定する行為。
購入・利用強制
業務委託とは関係のない商品やサービスを、フリーランスに無理やり購入させたり利用させたりする行為。
不当な経済上の利益要求
発注者自身のために、金銭やサービスなどを無償で提供させる行為。
不当な変更・やり直し
フリーランス側に責任がないのに、仕様変更や追加作業、修正などを無償で強制する行為。これらの禁止行為が明文化されたことで、フリーランスは不当な要求に対して「法律で禁止されています」と明確に主張できるようになります。
フリーランスの就業環境に関する新ルール
フリーランス新法は、契約や報酬といった取引面だけでなく、フリーランスが働く環境そのものを守るためのルールも定めています。
まず、募集情報の適正化が義務付けられました。企業がウェブサイトなどでフリーランスを募集する際に、虚偽の内容を表示したり、誤解を招くような表現を使ったりすることが禁じられます。
募集情報は常に正確かつ最新の内容に保つ必要があり、フリーランスが不利な条件を隠されたまま契約してしまう事態を防ぎます。次に、育児や介護との両立への配慮義務が新設されました。
6ヶ月以上の長期契約を結ぶフリーランスから申し出があった場合、発注事業者はそのフリーランスが育児や介護と仕事を両立できるよう、打ち合わせ時間の調整や納期に関する協議など、必要な配慮をすることが義務となります。これにより、ライフステージの変化に直面しても、フリーランスがキャリアを継続しやすくなります。
さらに、ハラスメント対策の措置義務も発注事業者に課せられます。フリーランスが業務に関連してセクシャルハラスメントやパワーハラスメントなどの被害に遭わないよう、企業は相談窓口を設置したり、社内研修を実施したりといった防止措置を講じなければなりません。組織に属さないことで孤立しがちなフリーランスを守る、重要な規定です。
最後に、契約の中途解除に関するルールも整備されました。6ヶ月以上の長期契約を途中で解除したり、更新しなかったりする場合には、原則として30日前までに予告することが義務付けられます。
さらに、フリーランスが理由の開示を求めた場合、発注事業者は遅滞なくその理由を説明しなければなりません。これにより、フリーランスが突然仕事を失い、収入が途絶えてしまうリスクを大幅に軽減します。
これらのルールに違反した発注事業者には、公正取引委員会や厚生労働省などによる助言・指導、勧告、命令が行われます。悪質なケースで命令に従わない場合は、企業名が公表されたり、50万円以下の罰金が科されたりすることもあります。
フリーランス新法が働き方に与える影響
フリーランス新法の施行は、フリーランスの働き方に多くの前向きな変化をもたらすと期待されています。
フリーランスにとってのメリットと期待
最大のメリットは、契約や報酬に関する不安が法的に軽減されることでしょう。
契約条件が書面で明確になり、報酬の支払いにも60日以内という明確な期限が設けられたことで、「報酬がきちんと支払われるか」「突然契約を切られないか」といった精神的なストレスが減り、フリーランスは本業である創作活動や専門業務に一層集中できるようになります。
ある調査では、多くのフリーランスが「法律が後ろ盾になることで安心感が増す」「不当な扱いに対して声を上げやすくなる」と、新法への期待を寄せています。
育児・介護との両立配慮やハラスメント防止策が義務化されたことも、フリーランスが長期的に安心してキャリアを築く上で大きな追い風です。これにより、フリーランスという働き方が、より持続可能で魅力的な選択肢になると考えられます。
また、2023年10月に始まったインボイス制度に関連して懸念されていた、免税事業者を理由とした一方的な取引打ち切りや報酬の減額といった行為も、新法の禁止行為に抵触する可能性が高く、フリーランスを守る防波堤としての役割も期待されています。
懸念点とフリーランスが注意すべきこと
一方で、新法が万能薬というわけではなく、いくつかの課題も残されています。最も懸念されるのは、法律が施行されても、フリーランスと発注事業者の間の力関係がすぐに変わるわけではないという点です。「法律を盾に権利を主張しすぎると、次の仕事がもらえなくなるのではないか」という不安から、結局は泣き寝入りしてしまうケースが残る可能性は否定できません。
また、企業側からは「契約書作成の事務負担が増える」「規制が強化されることで、かえってフリーランスへの発注を躊躇するようになるかもしれない」といった声も聞かれます。例えば、30日前の解除予告義務を避けるために、意図的に契約期間を6ヶ月未満に区切って更新を繰り返すといった、「法の抜け道」を探る動きが出てくる可能性も指摘されています。
したがって、フリーランスとしては、新法ができたからと安心しきるのではなく、法律の知識を自衛のための武器として身につけ、主体的に活用していく姿勢が引き続き重要になります。
フリーランスが契約トラブルを防ぐための具体的な対策
フリーランス新法を最大限に活用し、自身の権利を守るためには、日頃からの備えが不可欠です。以下に、トラブルを未然に防ぐための具体的な対策をまとめます。
契約は必ず書面で交わす
口頭での約束だけで仕事を始めるのは絶対に避けましょう。新法では書面交付が義務化されたため、「法律で定められていますので、契約書(または条件を明記した発注書)をお願いします」と、毅然として要求することが重要です。発注者が用意しない場合は、自身で簡易なテンプレートを用意して提示するのも有効です。
契約条件を事前に徹底的に確認する
業務の範囲(スコープ)、納期、報酬額、支払期日はもちろん、修正対応の回数や範囲、著作権などの知的財産権の帰属といった細かな点まで、曖昧な部分がなくなるまで確認し、合意しておきましょう。
すべてのやり取りの記録を残す
契約書だけでなく、メールやチャットツールでの指示、修正依頼、打ち合わせの議事録など、すべてのコミュニケーションを記録として残す習慣をつけましょう。万が一トラブルになった際、客観的な証拠が自分を守る何よりの材料となります。
新法を根拠に堂々と交渉する
報酬の支払いが遅れそうな時や、契約範囲外の作業を無償で求められた時など、「これは新法に抵触する可能性があるのでは?」と感じたら、遠慮なく指摘し、改善を求めましょう。丁寧かつ冷静に、法律を根拠として交渉することが、健全な取引関係を築く上で大切です。
困ったときは専門機関に相談する
当事者間での解決が難しい場合は、一人で抱え込まずに専門の相談窓口を活用しましょう。厚生労働省が運営する「フリーランス・トラブル110番」では、弁護士による無料相談が受けられます。その他にも、公正取引委員会や中小企業庁、法テラスなど、公的な相談先が複数存在します。
フリーランス新法と関連法規との違い
フリーランス新法は、既存の法律を補完し、フリーランス特有の状況に対応する形で設計されています。
下請法・独占禁止法との違い
従来、フリーランスとの取引には下請法(下請代金支払遅延等防止法)が適用される場合がありました。
しかし、下請法が適用されるのは、発注事業者の資本金が一定額以上(例:1,000万円超)の場合に限られるなど、要件が厳格でした。このため、発注元が中小企業やスタートアップの場合、フリーランスは下請法の保護を受けられないケースが多くありました。
フリーランス新法は、この資本金要件を問いません。発注事業者の規模に関わらず、すべての「業務委託」に対して広く適用されるため、これまで法の保護が及ばなかった多くの取引が規制の対象となります。
また、独占禁止法の「優越的地位の濫用」もフリーランス取引に適用され得ましたが、何が違反にあたるかの基準が曖昧な部分がありました。フリーランス新法では、前述の7つの禁止行為のように、具体的な違反類型を明示することで、より実効性の高い保護を目指しています。
労働関係法令との関係
重要な点として、フリーランス新法はあくまでフリーランスを「事業者」として保護する法律であり、「労働者」として保護する労働基準法などの労働関係法令とは異なります。したがって、新法によって最低賃金や有給休暇、残業代などが保障されるわけではありません。
ただし、契約上はフリーランス(業務委託)でも、実態として企業の指揮命令下にあり、時間や場所を厳しく拘束されているような場合は「偽装フリーランス」と見なされ、労働基準法上の「労働者」として保護される可能性があります。自身の働き方が事業者に近いのか、労働者に近いのかを正しく認識しておくことが大切です。
インボイス制度との関連
2023年10月から始まったインボイス制度は、フリーランス新法と密接に関連します。インボイス制度の導入に伴い、消費税の免税事業者であるフリーランスが、取引先から消費税分の値引きを要求されたり、インボイス登録をしていないことを理由に取引を打ち切られたりする懸念がありました。
フリーランス新法では、こうした行為も「報酬の減額」や「買いたたき」といった禁止行為に該当する可能性があると明示しており、インボイス制度をめぐるフリーランスの不利益な扱いを防ぐ役割を担っています。
まとめ
この記事では、2024年11月1日に施行されたフリーランス新法の重要なポイントを解説しました。最後に、要点を再確認しましょう。
目的: フリーランス新法は、個人事業主として働くフリーランスが、企業と公正な条件で取引し、安心して働ける環境を整備するための法律です。
契約・報酬のルール: 発注事業者には、契約条件の書面明示義務と、報酬を60日以内に支払う義務が課せられました。また、報酬の不当な減額や受領拒否など7つの行為が明確に禁止されました。
就業環境のルール: 募集時の虚偽表示の禁止、育児・介護との両立への配慮、ハラスメント防止措置、長期契約における30日前の解除予告などが義務化され、フリーランスの働く環境が保護されます。
働き方への影響: 新法の施行により、フリーランスは契約や報酬に関する不安から解放され、より本業に集中しやすくなることが期待されます。一方で、法律の知識を身につけ、自ら交渉していく姿勢も重要です。
フリーランスの対策: 「契約書の締結」「やり取りの記録」「新法を根拠とした交渉」「専門機関への相談」を徹底し、自らの身を守ることが不可欠です。
フリーランス新法は、日本の働き方をより多様で公正なものへと進化させるための大きな一歩です。この新しい法律を正しく理解し、賢く活用することで、フリーランスとしてのキャリアをより安全で、充実したものにしていきましょう。
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