
インボイス未登録の取引先への支払いで、これ以上悩む必要はありません。この記事を読めば、あなたの会社の税負担を適正化し、法的なリスクを排除しながら、どんな取引先とも自信を持って交渉を進める未来が手に入ります。
2023年10月に始まったインボイス制度は、特に「インボイス未登録業者への支払い」において、多くの経理・購買担当者にとって頭の痛い問題となっています。
本記事では、その核心である「仕入税額控除」の仕組みから、2029年まで続く「経過措置」の具体的な活用法、さらには「下請法」に抵触しない価格交渉の進め方まで、実務で直面するあらゆる課題を網羅的に解説します。
複雑な税務や法律の知識は不要です。専門用語は一つひとつ丁寧に解説し、具体的な会計処理(仕訳例)や交渉時の注意点をステップ・バイ・ステップで示します。明日からあなたの会社で実践できる、再現性の高い知識だけを凝縮しました。
目次
インボイス未登録業者への支払いが税負担を増やす仕組み
インボイス制度が導入されたことで、インボイス未登録の事業者(免税事業者など)への支払いがある場合、買い手側の税負担が増える可能性があります。この問題の根源を理解するためには、まず消費税の納税額が決まる基本的な仕組みである「仕入税額控除」を正しく把握することが不可欠です。
消費税納税の基本となる仕入税額控除
消費税は、事業者が消費者から預かった税金を国に納める制度ですが、事業者は売上時に預かった消費税をそのまま全額納めるわけではありません。事業者が事業のために商品を購入したり、サービスの提供を受けたりした際(これを「課税仕入れ」といいます)にも、消費税を支払っています。
この仕入れ時に支払った消費税額を、売上時に預かった消費税額から差し引くことができる仕組みを「仕入税額控除」といいます。計算式で示すと、以下のようになります。
納付する消費税額 = 売上時に預かった消費税額 − 仕入れ時に支払った消費税額(仕入税額控除額)
この仕組みにより、生産や流通の各段階で消費税が二重、三重に課税されることを防いでいます。
インボイス制度の導入は、この仕入税額控除のルールを大きく変えました。制度開始後は、原則として「適格請求書(インボイス)」がなければ、仕入税額控除が認められなくなったのです。そして、適格請求書を発行できるのは、税務署に申請して登録を受けた「適格請求書発行事業者」に限られます。
インボイスに登録していない事業者は、適格請求書を発行できません。つまり、買い手側がインボイス未登録の事業者から仕入れを行った場合、その取引については原則、仕入税額控除が適用できず、支払った消費税分を自社で負担することになるのです。
これは、インボイス制度がもたらした根本的な変化であり、買い手側が仕入税額控除の適格性を証明する責任を負うことになったことを意味します。
税負担増のインパクトを具体例で確認する
インボイス未登録の事業者との取引が、具体的にどれほどの金銭的損失につながるのかを見てみましょう。ここでは、110,000円(本体価格100,000円、消費税10,000円)の仕入れを行ったケースで比較します。
取引先がインボイス登録事業者の場合、取引先から登録番号が記載された適格請求書を受け取ります。この請求書を保存することで、支払った消費税10,000円の全額を仕入税額控除として適用できます。結果として、この取引に関する買い手側の消費税負担は実質的に0円です。
一方、取引先がインボイス未登録事業者で、経過措置がない場合を想定します。取引先は適格請求書を発行できないため、登録番号のない請求書を受け取ることになります。この請求書では仕入税額控除が認められません。したがって、支払った消費税10,000円は控除できず、この10,000円がそのまま買い手側のコスト増となります。
このように、取引先がインボイスに登録しているか否かで、買い手側の税負担は大きく変わります。この税負担の増加こそが、多くの企業がインボイス未登録事業者との取引に慎重になる最大の理由です。
取引先の登録状況を確認する具体的な方法
取引先が適格請求書発行事業者であるかどうかは、受け取った請求書に「T」から始まる13桁の登録番号が記載されているかで確認できます。しかし、取引を開始する前や、既存の取引先の状況を正確に把握するためには、国税庁の公式サイトで確認することが最も確実です。
国税庁は「適格請求書発行事業者公表サイト」を運営しており、誰でも無料で登録番号を検索し、事業者の氏名または名称や登録年月日などを確認できます。このサイトで登録番号を検索してヒットすれば、その事業者は正規の登録事業者であることが証明されます。取引の信頼性を確保するためにも、この確認作業は経理・購買部門の新たな必須業務となっています。
税負担を軽減する経過措置の活用
インボイス制度の導入による急激な税負担の増加を緩和するため、国は特別な「経過措置」を設けています。インボイス未登録の事業者からの仕入れであっても、この経過措置を正しく活用すれば、2029年9月30日までは一定割合の仕入税額控除が認められます。
これは、当面の税負担を抑えるための最大の防御策であり、すべての課税事業者が理解しておくべき必須知識です。
経過措置の80%・50%控除の仕組み
インボイス未登録の事業者(免税事業者など)からの課税仕入れについては、制度開始後の6年間、段階的に仕入税額控除が認められます。この措置は、買い手側だけでなく、売り手側である免税事業者が課税事業者になるかどうかを検討する時間的な猶予を与える目的もあります。
具体的な控除割合と期間は以下の通りです。まず、2023年10月1日から2026年9月30日までの期間は、仕入税額相当額の80%が控除可能です。次に、2026年10月1日から2029年9月30日までの期間は、仕入税額相当額の50%が控除可能となります。そして、2029年10月1日以降は、この経過措置は終了し、控除は一切できなくなります。
例えば、2025年にインボイス未登録の事業者へ11,000円(消費税1,000円)を支払った場合を考えます。この期間は80%控除が適用されるため、消費税額1,000円の80%、つまり800円を仕入税額控除として計上できます。結果として、買い手側の実質的な負担は200円に抑えられます。
経過措置を適用するための必須要件
この経過措置の恩恵を受けるためには、単に期間内であるというだけでは不十分です。以下の2つの要件を両方とも満たす必要があります。どちらか一方でも欠けていると、控除は一切認められないため、細心の注意が必要です。
第一の要件は、区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等を保存することです。取引先から受け取る請求書が、インボイス制度導入前の「区分記載請求書」と同じ要件を満たしている必要があります。
具体的には、発行者の氏名または名称、取引年月日、取引内容、税率ごとに区分して合計した対価の額、そして受領者の氏名または名称が記載されていることが求められます。
第二の要件は、経過措置の適用を受ける旨を記載した帳簿を保存することです。これが最も見落としがちな、新たなコンプライアンス要件です。自社で作成・保存する会計帳簿に、経過措置の適用を受ける取引であることを明確に記載しなければなりません。
個別の取引ごとの摘要欄などに「80%控除対象」や「免税事業者からの仕入れ」といった文言を追記します。簡略化する方法として、対象となる取引に「※」などの記号を付し、帳簿の欄外や別の場所に「※は80%控除対象の取引」とまとめて記載する方法も認められています。
この帳簿への記載要件は、経過措置が厳格な管理を求めるコンプライアンス上の要点であることを示唆しています。この一手間を怠るだけで、得られるはずだった控除額をすべて失うリスクがあることを強く認識しておく必要があります。
インボイス未登録業者への支払いに関する会計処理(仕訳例)
経過措置を適用する際の会計処理について、具体的な例を見ていきましょう。ここでは、80%控除期間中に、インボイス未登録の事業者から11,000円(本体価格10,000円、消費税1,000円)の仕入れを現金で行った場合を想定します。控除できない200円(1,000円 × 20%)の処理方法には、主に2つの方法があります。
方法1:控除できない分を費用に上乗せする(原則的な処理)
この方法は、控除対象外の消費税額を仕入高などの費用に含めて処理します。本体価格10,000円に、控除できない消費税200円を加えた10,200円を「仕入高」として計上し、仕入税額控除の対象となる800円は「仮払消費税等」として処理します。
勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 |
仕入高 | 10,200円 | 現金 | 11,000円 |
仮払消費税等 | 800円 |
方法2:控除できない分を雑損失として処理する
取引時には従来通りの仕訳を行い、決算時に控除対象外の金額を「雑損失」などの勘定科目に振り替える方法です。
取引時の仕訳
勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 |
仕入高 | 10,000円 | 現金 | 11,000円 |
仮払消費税等 | 1,000円 |
決算時の仕訳
勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 |
雑損失 | 200円 | 仮払消費税等 | 200円 |
どちらの方法を選択しても最終的な税負担は同じですが、会計システムの設定や社内の経理ルールに合わせて一貫した処理を行うことが重要です。
その他の負担軽減措置
経過措置以外にも、事業者の負担を軽減するための特例が設けられています。これらを組み合わせることで、より効果的に事務負担や税負担を管理できます。
一つは「少額特例」です。これは、基準期間(2年前)の課税売上高が1億円以下の事業者などを対象に、税込1万円未満の課税仕入れについては、適格請求書の保存がなくても、一定の事項を記載した帳簿の保存のみで仕入税額控除が認められる制度です。
取引先がインボイス登録事業者か否かを問わず適用できるため、少額の経費精算などの事務を大幅に簡素化できます。この特例は2029年9月30日までの期間限定措置です。
もう一つは売り手側の特例である「2割特例」です。インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった事業者は、売上税額の2割を納税額とすることができます。買い手側もこの制度を知っておくと、取引先との交渉の際に役立つ可能性があります。
この特例は課税事業者になることへの抵抗感を和らげ、登録を促すインセンティブとして機能します。適用期間は2026年9月30日の属する課税期間までです。
法律違反を回避する価格交渉術
インボイス未登録の事業者との取引で最も慎重さが求められるのが、価格や取引条件の見直し交渉です。仕入税額控除ができないことによる自社の負担増を理由に、一方的な要求を突きつけると、「下請法」や「独占禁止法」に抵触する重大なコンプライアンス違反となるリスクがあります。
下請法と独占禁止法に関する法的リスク
インボイス制度をめぐる取引交渉では、特に2つの法律が重要になります。
一つは「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」です。これは、資本金が大きい親事業者が、資本金の小さい下請事業者に対して優越的な地位を濫用することを防ぐための法律です。
下請法では、正当な理由なく発注後に代金を減額する「下請代金の減額」や、通常支払われる対価に比べて著しく低い価格を不当に定める「買いたたき」などが明確に禁止されています。
もう一つは「独占禁止法」です。下請法の対象とならない取引であっても、取引上の地位が相手方に優越している事業者が、その地位を利用して正常な商慣習に照らして不当に相手方に不利益を与える行為は、「優越的地位の濫用」として独占禁止法で禁じられています。
これらの法律に違反した場合、公正取引委員会による排除措置命令や課徴金納付命令の対象となるほか、取引先から損害賠償を請求される可能性もあります。
公正取引委員会の警告と違反事例
この問題は理論上のリスクではありません。公正取引委員会は、インボイス制度の開始に関連して、独占禁止法違反につながるおそれのある事例を公表し、注意喚起を行っています。
特に問題視されているのは、経過措置によって買い手側も一定の仕入税額控除が受けられるにもかかわらず、その事実を考慮せずに、消費税相当額の全額を取引価格から引き下げるよう一方的に通告する行為です。
公正取引委員会が実際に注意を行った事例には、イラストレーターと取引するイラスト制作業者、農家と取引する農産物加工品製造販売業者、ハンドメイド作家と取引するハンドメイドショップ運営事業者などが含まれており、幅広い分野で問題が発生していることがわかります。これらの事例は、政府がこの問題を注視し、積極的に監視していることの証左です。
コンプライアンスを遵守した価格交渉の進め方
法律違反のリスクは、価格交渉そのものにあるのではなく、その交渉の進め方にあります。強圧的な「一方的通告」ではなく、協調的な「双方的対話」を行うことが、リスクを回避する唯一の道です。
まず、なぜ取引先がインボイスに登録しないのか、その背景を理解しようと努めることが重要です。消費税の納税負担の増加、経理事務の煩雑化など、様々な理由が考えられます。相手の立場を尊重する姿勢が、円滑な対話の第一歩となります。
次に、自社の負担増を理由に値下げを求める場合でも、その根拠は合理的でなければなりません。例えば、80%の経過措置が適用できる期間においては、買い手の実質的な負担増は消費税額の20%です。
したがって、交渉の出発点は消費税全額ではなく、この20%部分とすべきです。取引先が仕入れ等で負担している消費税額も考慮した上で、双方が納得できる着地点を探る必要があります。
交渉の際は、高圧的な言葉遣いを避け、あくまで「ご相談」や「協議のお願い」という形で対話を開始します。「インボイス登録をしなければ取引を打ち切る」といった趣旨の発言は、優越的地位の濫用に該当する可能性が極めて高いです。
協議の過程を議事録やメールなどで記録し、一方的な要求でなかったことを証明できるようにしておくことも、有効なリスク管理策です。
取引継続か見直しかの判断基準
すべてのインボイス未登録事業者と取引を継続することが、必ずしも最善の策とは限りません。中長期的視点に立ち、取引先ごとに合理的な判断を下す必要があります。
その取引先が代替困難な独自の技術やサービスを提供しているか、他に代替可能な標準的な商品を供給しているかなど、取引の重要度を評価します。重要度に応じて、交渉にかける労力や許容できるコストは変わります。また、その取引で発生する控除できない消費税額を具体的に算出し、財務的なインパクトを評価することも重要です。
経過措置は2029年9月で終了し、その時には控除額はゼロになり税負担は最大化します。今の判断は、この未来を見据えたものでなければなりません。これらの要素を総合的に評価し、取引先を「戦略的に維持すべきパートナー」と「代替を検討すべきサプライヤー」に分類し、それぞれに応じたアプローチを取ることが賢明です。
特殊ケースへの対応と将来を見据えた戦略
インボイス制度への対応は、日々の仕入れや経費精算だけでなく、源泉徴収や振込手数料といった特殊なケースにも及びます。また、経過措置が終了する2029年以降を見据えた長期的な戦略を持つことが、持続的な企業経営には不可欠です。
源泉徴収とインボイス制度の関係
多くの事業者が混乱しがちなのが、源泉徴収とインボイス制度の関係です。結論から言うと、インボイス制度(消費税)と源泉徴収制度(所得税)は、全く別の制度であり、互いに直接的な影響はありません。
源泉徴収の対象となる報酬・料金(例:弁護士やフリーランスのデザイナーへの支払いなど)の扱いは、従来通りです。請求書等で報酬本体の金額と消費税額が明確に区分されていれば、報酬本体の金額のみを源泉徴収の対象とすることができます。
これは、請求書の発行者がインボイス登録事業者であるか否かにかかわらず、同様に適用されます。請求書に消費税額が明記されていない場合は、税込金額全体を源泉徴収の対象とする必要があるため注意が必要です。
振込手数料の消費税控除
銀行の窓口やATMで支払う振込手数料にも消費税が含まれていますが、これらの取引では通常、適格請求書が発行されません。しかし、税込3万円未満のATMでの振込については、「自動販売機及び自動サービス機により行われる商品の販売等」に該当するため、特例として適格請求書の保存がなくても、帳簿への記載のみで仕入税額控除が認められます。
日常的に発生する少額な取引については、このような特例を把握しておくことで、経理処理を効率化できます。
経過措置終了後の2029年10月1日以降に起こること
経過措置という緩衝材がなくなる2029年10月1日以降、市場環境は大きく変化することが予想されます。インボイス未登録事業者からの仕入れに対する仕入税額控除額はゼロになり、買い手側のコスト負担は最大化します。これにより、未登録事業者との取引を継続することの経営的判断は、よりシビアになるでしょう。
買い手側のコスト意識が高まることで、未登録事業者に対する価格引き下げや、課税事業者への転換要求がさらに強まる可能性があります。結果として、登録を選択する事業者と、BtoB取引から撤退する事業者の二極化が進むかもしれません。
この変化は予測可能な未来の市場ショックであり、これに備えるか否かで、企業の競争力に差がつくことは間違いありません。
持続可能なサプライヤー戦略の構築
2029年の変化を乗り越え、持続可能な経営を実現するために、今から戦略的な準備に着手することを推奨します。まず、全ての取引先を「代替不可能で重要なパートナー」と「代替可能な標準的サプライヤー」に分類します。
代替不可能な未登録事業者とは、早期に長期的な関係性についての対話を開始します。相手の課税事業者への転換を支援する、あるいは将来の税負担増を買い手側が一部吸収するなど、共に存続するための具体的な方策を検討することが重要です。
一方で、標準的なサプライヤーについては、今のうちからインボイス登録済みの代替候補を探し、関係を構築しておきます。2029年になってから慌ててサプライヤーを探す事態を避けることで、事業の安定性を確保します。
インボイス制度への対応は、単なる税務・経理の問題ではなく、自社のサプライチェーン全体を見直し、より強固で持続可能なものへと再構築する好機と捉えるべきです。
まとめ
インボイス未登録業者への支払いという複雑な課題に対応するためには、正確な知識と計画的な行動が不可欠です。本記事で解説した内容を踏まえ、今すぐ以下の4つのアクションを実行してください。
- 経過措置の会計処理を徹底する
直ちに、インボイス未登録業者からの仕入れに関する会計処理ルールを確立してください。特に、帳簿への「80%控除対象」などの記載を徹底し、コンプライアンス違反による控除漏れを防ぎましょう。 - 価格交渉のプロセスを見直す
現在進行中の、あるいは計画している価格交渉があれば、その進め方を見直してください。一方的な通告は止め、双方が納得できる形での、記録に残る対話を基本とし、法的リスクを排除します。 - サプライヤーの分類と長期計画に着手する
全取引先を重要度に応じて分類し、2029年の経過措置終了後を見据えた長期的なサプライヤー戦略の策定を開始してください。 - 社内教育を実施する
経理・購買部門をはじめとする関係者に、本記事で解説したような正しい知識を共有し、会社全体で一貫した対応が取れる体制を構築します。
インボイス制度は、すべての事業者にとって避けては通れない大きな変化です。しかし、それを正しく理解し、戦略的に対応することで、リスクを管理し、むしろ事業基盤を強化する機会とすることができます。
【2025年最新版】領収書もらい忘れ・紛失はもう怖くない!領…
「しまった、領収書をもらい忘れた…」。ビジネスシーンで誰もが一度は経験するヒヤリとする瞬間です。経費…