
稟議書の保管期間について、「法律で決まっているのか」「いつまで保管すればいいのか」といった疑問をお持ちではないでしょうか。日々増え続ける書類の保管コストや、コンプライアンス違反のリスクは、多くの企業担当者にとって悩みの種です。
この記事を最後までお読みいただくことで、稟議書管理に関する悩みを根本から解決できます。
本記事では、稟議書の保管に関する法的要件を正確に理解し、自社に最適な管理体制を構築するための具体的な方法を解説します。コストを削減しながら、監査や税務調査にも自信をもって対応できる、効率的で安全な文書管理の実現が可能です。
複雑な法規制をわかりやすく整理し、誰でも実践できる具体的なステップに落とし込んで解説します。文書管理規程の策定から、安全な廃棄方法まで、貴社でもすぐに取り入れられる再現性の高い知識を提供しますので、ぜひご一読ください。
目次
稟議書そのものに法的な保管期間の定めはない
まず結論からお伝えすると、稟議書そのものには、法律で定められた保管期間はありません。この点は、多くの企業担当者が誤解しやすいポイントです。法律上の義務はないため、理論上は決裁が下りた直後に稟議書を処分しても、法的に罰せられることはありません。
法律で保管期間が定められていない理由
稟議書に法的な保管期間の規定が存在しない理由は、その書類の性質にあります。稟議書は、あくまで企業内部の意思決定プロセスを記録するための書類です。税務署や裁判所といった外部機関への提出が義務付けられているわけではなく、社内での手続きを円滑に進めることを目的としています。
法律が保管を義務付けるのは、主に取引の事実を証明したり、企業の財政状態や法的な地位を第三者に対して明らかにしたりするための書類です。例えば、契約書や領収書、株主総会議事録などが該当します。稟議書は、これらの取引や意思決定に至るまでの「過程」を記録するものであり、法律の直接的な規制対象とはなっていないのです。
法的義務がなくても「永年保存」が選ばれる理由
法的な義務がないにもかかわらず、多くの企業では稟議書を「永年保存」またはそれに準ずる長期間にわたって保管しています。これは単なる慣習ではなく、明確な経営上の目的があるからです。
その背景には、将来発生しうる予測不能なリスクに対し、万全の備えをしておきたいという考え方があります。稟議書を保管することで得られる安心感や法的保護の価値が、保管コストを上回ると判断されているのです。主な理由は以下の通りです。
意思決定プロセスの記録
過去のプロジェクトや契約について、「なぜその判断が下されたのか」という背景や経緯を確認するために、稟議書は不可欠です。担当者の異動や退職があった場合でも、稟議書が残っていれば、当時の判断根拠を正確に把握でき、業務の引き継ぎや過去事例の参照がスムーズに行えます。
法的リスクへの備え
将来、取引先との間で訴訟や紛争が発生した場合、稟議書は「会社として正式な手続きを経て意思決定した」ことを証明する重要な証拠となり得ます。特に、決裁の経緯が争点となるようなケースでは、稟議書の有無が自社の正当性を主張する上で、結果を左右することもあります。
経営の透明性と内部統制の確保
誰が、いつ、どのような理由で承認したのかという承認プロセスを明確に残すことで、内部統制を強化し、経営の透明性を担保する役割を果たします。これは、監査役や株主に対する説明責任を果たす上でも重要であり、健全な企業統治の基盤となります。
このように、「永年保存」という選択は、法的な義務ではなく、将来のリスクを最小限に抑えるための戦略的な経営判断といえるでしょう。
稟議書の保管期間は添付書類で決まる
稟議書の管理において最も重要なのは、稟議書そのものではなく、それに添付されている書類の保管期間です。稟議書を「単体の書類」として捉えるのではなく、契約書や見積書、請求書といった証憑書類をまとめた「決裁パッケージ」として認識する必要があります。
この視点が欠けていると、大きなコンプライアンス違反のリスクを招きます。「稟議書は法律上の保管義務がないから」という理由でパッケージ全体を廃棄してしまうと、その中に含まれる、会社法や法人税法で厳しく保管が義務付けられている重要書類まで一緒に処分してしまうことになりかねません。
つまり、稟議書パッケージの事実上の保管期間は、添付書類の中で最も長い法的保管期間を持つものによって決まります。この点を理解することが、適切な文書管理の第一歩です。
関連法規別の保管期間
企業活動に関連する書類の保管期間は、会社法、法人税法、労働基準法など、複数の法律によって定められています。以下に、稟議書に添付される可能性のある主要な書類について、その法的根拠と保管期間を一覧表にまとめました。自社の文書管理規程を作成する際の参考にしてください。
関連法規 | 書類の種類 | 保管期間 | 起算点 | 罰則 |
会社法 | 計算書類及び附属明細書、会計帳簿及び事業に関する重要資料(総勘定元帳、契約書、議事録など) | 10年間 | 会計帳簿の閉鎖時 | 100万円以下の過料 |
法人税法 | 取引に関する証憑書類(契約書、見積書、請求書、領収書など)、決算に関して作成された書類(棚卸表など) | 原則7年間 | 事業年度の確定申告書提出期限の翌日 | 青色申告の承認取消など |
法人税法(特例) | 欠損金(赤字)が生じた事業年度の帳簿書類 | 10年間 | 事業年度の確定申告書提出期限の翌日 | 欠損金の繰越控除が認められない |
労働基準法 | 労働者名簿、賃金台帳、雇用、解雇、退職に関する書類(雇用契約書など) | 5年間 | 労働者の退職・死亡日、または最後の記入日 | 30万円以下の罰金 |
製造物責任法(PL法) | 製品の製造、加工、出荷、販売の記録 | 10年間 | 製品の引渡日 | 実務上の推奨(法的罰則は直接規定なし) |
この表からわかるように、複数の法律が関わる書類の場合は、最も長い保管期間を適用するのが最も安全な方法です。
会社法に基づく保管期間(10年)
会社法では、企業の根幹をなす重要な書類について10年間の保管を義務付けています。対象となるのは、株主総会議事録や取締役会議事録といった会議の記録、そして「会計帳簿および事業に関する重要な資料」です。
この「事業に関する重要な資料」には、企業の経営に大きな影響を与える契約書、例えば不動産売買契約書、M&A関連契約書、重要な取引基本契約書などが含まれます。したがって、これらの契約締結に関する稟議書は、事実上10年間の保管が必要となります。起算点は、その書類が関連する会計帳簿が閉鎖された時、つまり事業年度の決算が確定した時点からです。
法人税法に基づく保管期間(原則7年、最大10年)
法人税法は、税務調査の際に取引の事実を確認するため、帳簿書類の保管を義務付けています。原則として、契約書、見積書、請求書、領収書といった取引に関するすべての証憑書類を7年間保管しなければなりません。
日常業務で起案される稟議書の多くは、物品の購入やサービスの導入に関するものであり、これらの証憑書類が必ず添付されます。そのため、多くの稟議書パッケージがこの7年間の保管義務の対象となります。
注意すべきは、青色申告法人で欠損金(税務上の赤字)が発生した事業年度の書類です。この場合、欠損金を将来の利益と相殺(繰越控除)できる期間に合わせて、保管期間が10年間に延長されます。
労働基準法など人事労務関連の保管期間(5年)
人事労務に関する稟議書、例えば従業員の採用や退職、異動に関するものには、労働関連法規が適用されます。労働基準法により、労働者名簿、賃金台帳、そして雇用契約書などの雇用に関する重要書類は5年間の保管が義務付けられています。
この期間は、以前は3年でしたが、2020年の法改正で5年に延長されたため、注意が必要です。起算点は、その従業員の退職日または死亡日からとなります。
稟議書の電子化によるメリット

ここまで見てきたように、稟議書とその添付書類の管理は、法的要件が複雑に絡み合い、長期にわたる保管が求められます。紙媒体での管理を続けていると、保管スペースの圧迫、管理コストの増大、そして必要な書類を探し出す手間といった問題が深刻化します。これらの課題を根本的に解決する手段が、稟議書の電子化です。
稟議書を電子化し、ワークフローシステムを導入することは、現代の企業経営における戦略的な一手といえます。
保管・管理コストの削減
紙代、印刷代、インク代といった直接的な費用はもちろん、キャビネットや外部倉庫といった物理的な保管スペースにかかるコストも不要になります。また、複数拠点間の郵送費や、書類を探すために費やしていた人件費といった、目に見えにくい間接的なコストも大幅に削減可能です。
業務プロセスの高速化と効率化
電子化された稟議書は、システム上で日付、申請者、案件名、金額などの条件で瞬時に検索できます。過去の類似案件を探すのに何時間もかかっていた作業が、数秒で完了します。申請から決裁までのプロセスも自動化され、承認者がどこにいてもスマートフォンやPCから承認作業を行えるため、意思決定のスピードが格段に向上します。
セキュリティ強化と内部統制の実現
紙の書類は、紛失、盗難、情報漏えい、経年劣化といった物理的なリスクに常にさらされています。電子化によって、アクセス制限や暗号化といったセキュリティ対策を講じることができ、情報資産を安全に保護できます。誰がいつアクセスし、どのような操作をしたかのログ(監査証跡)が自動で記録されるため、不正な改ざんを防ぎ、内部統制を強化することにも繋がります。
テレワークなど多様な働き方の推進
承認のために出社する必要がなくなるため、テレワークやリモートワークといった柔軟な働き方を推進する上で不可欠なインフラとなります。場所や時間にとらわれない業務スタイルを実現することは、従業員のワークライフバランスを向上させ、企業の競争力を高める要因となります。
稟議書の電子化と電子帳簿保存法への対応
稟議書の電子化を進める上で、避けては通れないのが電子帳簿保存法(電帳法)への対応です。多くの企業が「業務効率化」という目的で電子化を検討し始めますが、そのプロセスは意図せずして、複雑な法的・技術的要件を満たす「コンプライアンス対応プロジェクト」へと発展します。
この法律は、国税関係の帳簿や書類を電子データで保存する際のルールを定めたものです。
電子帳簿保存法と稟議書の関連性
まず理解すべき重要な点は、稟議書や社内会議の議事録といった、企業内部で完結する書類は、電子帳簿保存法の直接の対象外であるということです。
しかし、問題は稟議書に添付される見積書、請求書、領収書、契約書といった国税関係書類です。これらの書類を電子データとして保存する場合、電帳法が定める要件を厳格に満たす必要があります。つまり、稟議書を電子化するということは、必然的にこれらの添付書類の電帳法対応を迫られることを意味します。
理解すべき2つの保存要件「スキャナ保存」と「電子取引」
電帳法では、書類の電子化の方法に応じて、主に2つの保存区分が定められています。
スキャナ保存
取引先から紙で受け取った請求書や領収書などを、スキャナーやスマートフォンのカメラで読み取って画像データとして保存する場合のルールです。主な要件は以下の通りです。
- 入力期間の制限
書類を受領後、速やか(おおむね7営業日以内)、または最長2か月とおおむね7営業日以内にタイムスタンプを付与して保存する必要があります。 - 解像度・階調
解像度200dpi以上、原則として24ビットカラー(約1677万色)での読み取りが求められます。 - 真実性の確保
訂正や削除の履歴が確認できるシステム、または訂正・削除ができないシステムで保存する必要があります。 - 検索機能の確保
「取引年月日」「取引金額」「取引先」で検索できる機能を確保する必要があります。
電子取引
メールの添付ファイル(PDFなど)やウェブサイトからのダウンロードなど、最初から電子データとして受け取った取引情報を保存する場合のルールです。2024年1月1日から、この方法で受け取ったデータは、紙に印刷して保存するのではなく、電子データのまま保存することが全ての事業者に対して義務化されました。主な要件は以下の通りです。
- 真実性の確保
以下のいずれかの措置が必要です。- タイムスタンプが付与されたデータを受領する
- データ受領後、速やかにタイムスタンプを付与する
- 訂정・削除の履歴が残る、または訂正・削除ができないシステムを利用する
- 訂正削除の防止に関する事務処理規程を定めて運用する
- 可視性の確保
スキャナ保存と同様に、検索機能を確保し、ディスプレイやプリンタ等を備え付けて速やかに出力できるようにしておく必要があります。
ワークフローシステムの活用が最適な理由
これらの複雑な要件を自社で一から構築し、手作業で運用するのは非常に困難です。そこで最も現実的かつ効率的な解決策となるのが、電帳法に対応したワークフローシステムや文書管理システムを導入することです。
これらのシステムは、タイムスタンプの自動付与機能、訂正・削除履歴の保存機能、検索機能などを標準で備えており、法律の要件を満たすように設計されています。システムを導入することで、従業員が電帳法の詳細を意識することなく、日々の業務を行うだけで自然とコンプライアンスが遵守される環境を構築できます。
自社の稟議書管理規程を整備する

これまで解説してきた法的要件や電子化のポイントを踏まえ、最終的に目指すべきは、自社のルールを明確に定めた「文書管理規程」を整備することです。この規程は、単なる書類の保管ルールブックではありません。
法務、経理、ITの各要件を統合し、文書の発生から保管、そして廃棄に至るまでのライフサイクル全体を管理するための、戦略的なガバナンスツールです。
文書管理を個々の従業員の判断に委ねるのではなく、会社として統一された方針を持つことで、属人化を防ぎ、組織全体のコンプライアンスレベルと業務効率を向上させることができます。
規程に盛り込むべき必須項目
実効性のある文書管理規程を作成するためには、以下の項目を盛り込むことが不可欠です。
- 目的
規程を定める目的(業務の適正化、コンプライアンス遵守など)を明記します。 - 適用範囲
規程が適用される対象(全役職員など)を定めます。 - 用語の定義
「稟議」「決裁」「起案」といった規程内で使用する用語の意味を明確にします。 - 管理体制
文書管理の統括部署(総務部など)と、各部署の責任者を定めます。 - 保管期間
書類の種類や重要度に応じて、具体的な保管期間を一覧表などで明記します。 - 保管方法
紙媒体と電子データのそれぞれの保管場所、セキュリティ対策(施錠管理、アクセス制限など)を定めます。 - 廃棄手続
保管期間が満了した文書の廃棄責任者、廃棄方法、廃棄記録の作成について定めます。
保管期間の具体的な設定方法
規程内で保管期間を設定する際は、以下のステップで進めると合理的です。
- 稟議書を内容ごとに分類する
「重要契約に関する稟議」「設備投資に関する稟議」「人事採用に関する稟議」「備品購入に関する稟議」など、内容によってカテゴリ分けします。 - 法的要件を確認する
各カテゴリに添付される可能性のある書類(契約書、請求書、履歴書など)を洗い出し、それぞれに適用される法律に基づく最長の保管期間を確認します。 - 社内ルールを決定する
法的保管期間を最低ラインとし、それに上乗せする形で社内独自の保管期間を設定します。例えば、法人税法で7年と定められている書類でも、社内ルールとして「10年」と設定することが推奨されます。 - 永年保存の対象を定義する
M&A、特許、不動産取得など、会社の歴史や根幹に関わる特に重要な意思決定に関する稟議書は、「永年保存」と明確に指定します。
保管期間を過ぎた稟議書の安全な廃棄方法
文書管理のライフサイクルの最終段階が「廃棄」です。特に機密情報や個人情報を含む稟議書は、情報漏えいを防ぐために安全かつ確実に廃棄する必要があります。社内のシュレッダーで処理する方法もありますが、大量の書類を処理するには多大な時間と手間がかかります。
最も推奨されるのは、専門の文書溶解サービスを利用することです。この方法には、高いセキュリティを確保しながら、手間と時間を削減できるメリットがあります。書類を詰めた段ボール箱を開封することなく、そのまま溶解処理するため、第三者の目に触れるリスクがありません。また、業者によっては、いつ、どの書類を、どのように廃棄したかを証明する「溶解証明書」を発行してくれるため、監査の際に適切な廃棄プロセスを証明する記録となります。
まとめ
本記事で解説した稟議書の保管に関する要点を、最後に改めて確認します。
稟議書自体に法的保管期間はない
稟議書単体には法律上の保管義務はありません。しかし、この事実だけを捉えて管理方針を決めると、重大なコンプライアンス違反につながる可能性があります。
保管期間は添付書類によって決まる
稟議書は、契約書や請求書などの証憑書類を含む「決裁パッケージ」です。その保管期間は、会社法(10年)や法人税法(7年または10年)など、添付書類の中で最も長い法的保管期間に合わせる必要があります。
電子化には電子帳簿保存法への対応が不可欠
電子化はコスト削減や業務効率化に絶大な効果を発揮しますが、添付される国税関係書類は電子帳簿保存法の要件(スキャナ保存・電子取引)を満たす形で保存しなければなりません。
「文書管理規程」の整備が最終的な解決策となる
これらの複雑な要件を整理し、全社で統一された運用を実現するためには、文書の発生から保管、廃棄までのライフサイクル全体をカバーする明確な文書管理規程を策定し、運用することが不可欠です。
稟議書の保管は、単なる書類整理の問題ではありません。企業のコンプライアンス、リスク管理、そして経営効率そのものに関わる重要な業務です。本記事を参考に、自社に最適な文書管理体制の構築を進めてください。
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