会計の基礎知識

退職金の勘定科目は4パターンで決まる!仕訳から損金算入まで解説

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退職金 勘定科目

退職金の会計処理を正しく行うことは、単なる義務ではありません。それは、会社の利益を正確に把握し、将来の税負担を予測し、健全なキャッシュフローを維持するための重要な経営戦略です。

この知識一つで、数百万、数千万円の損金を適切なタイミングで計上し、節税に繋げることも可能です。

この記事を読めば、複雑に見える「退職金」と「勘定科目」の世界が、驚くほどシンプルな4つの基本パターンに整理されていることがわかります。退職金を受け取るのが従業員か役員か、そして将来のために引当金を用意しているか否か。この2つの軸だけで、あなたの疑問はほぼ解決します。

具体的な仕訳例を多数交えながら、一歩ずつ解説していくので、経理の経験が浅い方でも、自社の状況に合わせてすぐに実践できます。この記事を読み終える頃には、自信を持って退職金処理に臨めるようになっているでしょう。

目次

退職金の勘定科目は4つの基本ケースで使い分ける

退職金の会計処理は、一見すると複雑に感じられるかもしれません。しかし、その核心は2つの問いに集約されます。それは、「誰に支払うのか(従業員か、役員か)」と、「将来の支払いに備えているか(引当金があるか、ないか)」という点です。

この2つの質問の組み合わせによって、退職金を支払う際に使うべき主要な勘定科目が決まります。この基本構造を理解することが、正確な経理処理への第一歩です。

引当金を設定するかどうかの選択は、単なる会計処理上の好みではなく、企業の財務管理に対する基本的な姿勢を反映します。引当金を用いる会計処理は、将来発生する費用をあらかじめ計画的に認識していく「発生主義」に基づいた、積極的な財務管理手法です。

これにより、従業員の労働というサービスの提供があった期間に費用を対応させることができ、期間ごとの損益をより正確に把握できます。

一方で、引当金を設定しない場合は、退職という事象が発生した時点で費用を一度に認識する、いわば事後対応的なアプローチです。どちらが良いというわけではなく、企業の規模や退職金制度の性質によって適切な方法は異なりますが、この違いを理解しておくことは重要です。

以下の早見表で、4つの基本パターンを確認しましょう。

退職金の状況別 勘定科目早見表

対象者引当金の有無支払時の借方科目関連する費用計上科目
従業員なし退職金退職金
従業員あり退職給付引当金退職給付費用
役員なし役員退職金役員退職金
役員あり役員退職慰労引当金役員退職慰労引当金繰入

この4つのパターンを軸に、具体的な仕訳方法を詳しく見ていきましょう。

従業員への退職金:基本の仕訳パターン

従業員への退職金:基本の仕訳パターン

まず、従業員への退職金に関する会計処理です。引当金を設定しているかどうかで、仕訳の方法が大きく異なります。

引当金なしの場合:退職時に費用計上する

これは最もシンプルな処理方法です。将来の退職金支払いのために引当金を設定していない会社では、従業員が退職し、退職金を支払ったその時点で全額を費用として計上します。

この場合、借方には費用勘定である「退職金」を使い、貸方には支払手段である「普通預金」や「当座預金」を計上します。また、退職金からは所得税や住民税を源泉徴収する必要があるため、その金額は「預り金」として処理します。

仕訳例:従業員に退職金300万円を普通預金から支払った。源泉徴収税額が10万円だった場合。

借方金額貸方金額
退職金3,000,000円普通預金2,900,000円
預り金100,000円

この方法は、手続きが簡単である一方、多額の退職金が発生した期には利益が大きく圧迫される可能性がある点に留意が必要です。

退職給付引当金がある場合:計画的に費用を平準化する

退職給付引当金を設定している会社では、会計処理が二段階になります。まず将来の支払いに備えて引当金を積み立て、実際に支払いが発生した際にはその引当金を取り崩します。これは、退職金という費用を従業員が在籍している各会計期間にわたって按分し、費用を平準化するための会計手法です。

引当金を計上するには、「将来の特定の費用であること」「当期以前の事象に起因すること」「発生の可能性が高いこと」「金額を合理的に見積もれること」という4つの要件を満たす必要があります。退職金制度がある会社では、これらの要件を満たすため、引当金の計上が求められます。

ステップ1:引当金の積立時

決算時などに、当期に発生したと見積もられる退職給付債務の増加額を費用として計上します。このとき、借方には費用勘定である「退職給付費用」を、貸方には負債勘定である「退職給付引当金」を使用します。

仕訳例:当期に発生した退職給付費用として50万円を計上する。
借方金額貸方金額
退職給付費用500,000円退職給付引当金500,000円

ステップ2:退職金の支払時

従業員が退職し、退職金を支払う際には、積み立ててきた「退職給付引当金」を取り崩して充当します。このため、借方の勘定科目は「退職金」ではなく「退職給付引当金」となります。

仕訳例:退職給付引当金が500万円ある従業員に、退職金300万円を普通預金から支払った。
借方金額貸方金額
退職給付引当金3,000,000円普通預金3,000,000円

もし、支払う退職金の額が、その従業員のために積み立てられた引当金の残高を上回る場合は、不足分を当期の費用として「退職給付費用」または「退職金」勘定で処理します。

仕訳例:引当金が250万円しかない従業員に300万円を支払った場合。
借方金額貸方金額
退職給付引当金2,500,000円普通預金3,000,000円
退職給付費用500,000円

役員への退職金:従業員との違いと注意点

役員への退職金(役員退職慰労金)は、従業員の場合と会計処理の基本的な考え方は同じですが、使用する勘定科目や手続きの面で重要な違いがあります。

最大の違いは、その金額の決定プロセスにあります。役員退職金は、一般的に株主総会の決議によってその支給額が正式に決定されます。この手続きは、役員が自らの報酬を恣意的に決定することを防ぐための、コーポレート・ガバナンス(企業統治)上の重要な仕組みです。

そして、税務上もこの手続きが極めて重要になります。正規の株主総会決議を経ていない支払いは、税法上「退職金」とは認められず、損金算入ができない「役員賞与」として扱われるリスクがあるため、厳格な手続きが求められます。

引当金なしの場合:「役員退職金」で処理する

役員退職慰労引当金を設定していない場合、株主総会で支給額が決定され、実際に支払われた時点で費用計上します。このとき、従業員と区別するために「役員退職金」や「役員退職慰労金」といった専用の勘定科目を使用します。

仕訳例:役員に退職金1,500万円を普通預金から支払う。源泉徴収税額が62万円だった場合。

借方金額貸方金額
役員退職金15,000,000円普通預金14,380,000円
預り金620,000円

役員退職慰労引当金がある場合:引当金を取り崩す

役員退職慰労引当金を計上している場合も、従業員のケースと同様に、積立時と支払時の二段階で処理します。

ステップ1:引当金の積立時

借方に「役員退職慰労引当金繰入」、貸方に「役員退職慰労引当金」を計上します。

ステップ2:退職金の支払時

支払時には、積み立てた「役員退職慰労引当金」を取り崩します。もし支払額が引当金残高を超える場合は、その差額を「役員退職金」として費用計上します。

仕訳例:引当金が1,800万円ある役員に2,000万円を支払う場合。
借方金額貸方金額
役員退職慰労引当金18,000,000円普通預金20,000,000円
役員退職金2,000,000円

会計と税務の壁:損金算入のタイミングを制する

退職金の処理において最も混乱しやすく、かつ重要なのが「会計上の費用計上」と「税務上の損金算入」のタイミングの違いです。会計帳簿上で費用として記録することと、法人税の計算上、所得から差し引くこと(損金算入)は、必ずしも一致しません。

なぜ退職給付引当金の繰入は損金にならないのか?

会計上、「退職給付費用」として計上し、「退職給付引当金」を積み立てる処理は、期間損益を正しく計算するために不可欠です。しかし、税法上、この引当金への繰入額は損金として認められません(損金不算入)。

これは、平成14年度の税制改正で、社内に留保される引当金については損金算入が認められなくなったためです。税法では、債務が具体的に確定していない段階での費用計上を認めていません。引当金はあくまで将来の支出の見積もりであり、実際に支払いが確定したわけではないため、その時点では損金として扱われないのです。

結果として、会計上の利益と税務上の課税所得の間に一時的な差異が生じます。会計上は費用として認識されているものの、税金の計算上はその効果が将来に繰り延べられる形になります。

従業員退職金の損金算入時期

税法上、従業員への退職金が損金として認められるのは、原則としてその退職金の支払いが確定した事業年度です。具体的には、退職した日や、社内規程に基づいて金額が確定した日などが該当します。

ここで重要なのは、税務上の柔軟性です。例えば、3月決算の会社で従業員が3月25日に退職し、退職金の支払いが翌期の4月25日になった場合、会社は退職日が属する3月期の損金として処理することも、支払日が属する翌期の損金として処理することも選択できます。

この選択肢は、企業の利益状況に応じた戦略的なタックスプランニングの機会を提供します。利益が多く出た期に損金算入を前倒ししたり、逆に利益が少ない期には翌期に繰り延べたりといった調整が可能になるのです。

役員退職金の損金算入時期と株主総会決議の重要性

役員退職金の損金算入時期は、従業員よりも厳格に定められています。原則として、株主総会の決議などによって退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度に損金算入されます。

取締役会での内定段階では不十分で、株主総会で金額が正式に決議されることが損金算入の要件です。ただし、従業員の場合と同様に、実際に退職金を支払った事業年度に損金経理をした場合には、その支払事業年度での損金算入も認められています。

この「決議日」と「支払日」の選択肢もまた、タックスプランニングの重要な「レバー」となります。会社の利益状況を見ながら、どちらの事業年度で損金算入するのが税務上有利かを判断し、実行することが可能です。

中小企業退職金共済(中退共)の賢い経理処理

中小企業退職金共済(中退共)の賢い経理処理

多くの中小企業では、社内で退職金を積み立てる代わりに、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する「中小企業退職金共済(中退共)」制度を利用しています。中退共を利用する場合、経理処理は大幅に簡素化されます。

掛金の勘定科目は「福利厚生費」がシンプルで正解

会社が毎月支払う中退共の掛金は、支払った時点で全額を費用として計上できます。この際に使用する勘定科目は「福利厚生費」が最も一般的で適切です。会社によっては「保険料」や、専用の「退職共済掛金」といった科目を使うこともありますが、一度決めた科目を継続して使用することが大切です。

この掛金は、税法上、支払った事業年度において全額損金に算入できます。これにより、複雑な引当金計算や、会計と税務の差異を気にする必要がなくなります。

仕訳例:中退共の掛金5万円が普通預金口座から引き落とされた。

借方金額貸方金額
福利厚生費50,000円普通預金50,000円

そして、最も重要な点は、従業員が退職した際、退職金は中退共から直接従業員に支払われるため、会社側での仕訳は一切発生しないということです。これは、経理担当者の負担を大幅に軽減する大きなメリットです。

国からの助成金の仕訳方法

中退共に新規加入した場合など、国から掛金の一部が助成されることがあります。この助成金は現金で支給されるのではなく、支払うべき掛金から相殺される形で適用されます。

この助成金相当額は、「雑収入」として収益に計上するのが正しい処理です。

仕訳例:当月の掛金10,000円のうち、5,000円が助成金で補填された。

借方金額貸方金額
福利厚生費10,000円普通預金5,000円
雑収入5,000円

中退共は、中小企業にとって退職金制度の複雑な会計・税務処理から解放されるための戦略的な選択肢と言えます。管理の簡素化と確実な損金算入というメリットがある一方で、一度設定した掛金の減額が難しいといった制約もあるため、制度の特性を理解した上で活用することが求められます。

退職金処理でよくある質問(Q&A)

退職金の会計処理に関連して、実務で頻繁に生じる疑問点について解説します。

源泉徴収の計算と仕訳での「預り金」の役割は?

退職金は給与所得とは別の「退職所得」として、所得税の源泉徴収の対象となります。会社は、支払う退職金から所定の計算方法で所得税額を算出し、天引きした上で税務署に納付する義務があります。

この天引きした税額を一時的に処理するための勘定科目が「預り金」です。退職所得の税額計算は、勤続年数に応じた「退職所得控除」という大きな控除が適用されるため、通常の給与に比べて税負担が軽減される特徴があります。

退職時の社会保険手続きはどう進める?

従業員が退職すると、健康保険や厚生年金保険の被保険者資格を喪失します。会社は、退職日の翌日から5日以内に管轄の年金事務所へ「被保険者資格喪失届」を提出する必要があります。

退職金そのものには社会保険料はかかりませんが、退職日によって最後の社会保険料の徴収方法が変わる点に注意が必要です。例えば、月末退職の場合はその月分の社会保険料が発生しますが、月の途中で退職した場合は前月分までが徴収対象となります。

臨時で多額の退職金は「特別損失」にできる?

はい、特定の状況下では可能です。企業のリストラに伴う希望退職者への割増退職金や、長年会社に貢献した役員への退職金など、金額が臨時かつ巨額で、経常的な経営活動とは区別すべき性質を持つ場合、営業外の費用である「特別損失」として計上することが認められる場合があります。

これを「販売費及び一般管理費」ではなく「特別損失」として処理することで、企業の本来の収益力を示す「営業利益」が歪められるのを防ぎ、金融機関や投資家に対して、より正確な経営実態を示すことができるというメリットがあります。

まとめ

退職金の会計処理と税務処理は、正確な財務諸表の作成と適切な納税のために不可欠な業務です。最後に、本記事の要点を再確認しましょう。

勘定科目は4つの基本パターンで決まる

退職金の会計処理は、「従業員か役員か」そして「引当金があるかないか」の2つの軸で整理できます。この4パターンを理解すれば、ほとんどのケースに対応可能です。

会計上の費用と税務上の損金を区別する

会計上、将来のために計上する「退職給付費用」は、税務上すぐには損金になりません。損金算入が認められるのは、支払いが確定した時点です。このタイミングの違いを理解することが、適切なタックスプランニングの鍵となります。

役員退職金は手続きが命

役員への退職金は、株主総会での決議が税務上の損金算入の前提条件です。適切なガバナンス手続きが、節税効果を最大限に引き出します。

中退共は中小企業の賢い選択肢

中退共を利用すれば、掛金を「福利厚生費」として全額損金に算入でき、退職時の仕訳も不要になります。経理の簡素化と税務上のメリットを両立できる強力なツールです。

退職金の会計処理を正確に行うことは、健全な財務基盤を築くための第一歩です。この記事が、貴社の堅実な経営の一助となれば幸いです。

この記事の投稿者:

hasegawa

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