
出納簿(すいとうちょう)は、事業における現金や預金の入出金を、発生した順番に記録するための帳簿です。いわば、事業専用の「お小遣い帳」や「家計簿」のようなものと言えるでしょう。
いつ、どこからお金が入り、何にいくら使ったのかを記録することで、会社のお金の流れを正確に把握できます。
会計の世界では、帳簿は「主要簿」と「補助簿」に大別されます。主要簿は、すべての取引を記録する「仕訳帳」や、勘定科目ごとにまとめる「総勘定元帳」など、決算書作成に必須の帳簿です。一方、出納簿は補助簿に分類され、主要簿の内容を補足する役割を担います。
目次
出納簿の基本的な役割
出納簿の役割は、単にお金の出入りを記録するだけではありません。それは事業の健全性を保つための基盤となる、きわめて重要な役割を果たします。
まず、日々の入出金を記録することで、手元の現金や預金口座の残高をいつでも正確に把握できます。これにより、資金ショートを防いだり、適切なタイミングで投資判断を下したりすることが可能になります。
次に、帳簿上の残高と実際の残高を定期的に照合することで、記帳ミスや計算間違い、さらには社内の不正行為を早期に発見することにも繋がります。記録という客観的な事実があることで、財務の透明性が高まるのです。
そして最も重要なのが、出納簿が正確な決算書や確定申告書類を作成するための基礎資料となる点です。税務調査の際には、これらの帳簿が経費の正当性を証明する重要な証拠となります。
すべての事業主に出納簿が必要な理由
出納簿の作成は、一部の大企業だけに必要な難しい作業ではありません。個人事業主や中小企業を含む、すべての事業者にとって不可欠な業務です。その理由は、主に3つのメリットに集約されます。
お金の流れを完璧に可視化する
事業活動では、商品の仕入れ、売上の入金、経費の支払いなど、日々無数のお金の動きが発生します。出納簿がなければ、これらの流れは漠然とした記憶の中にしか残りません。出納簿に記録することで、「何に一番お金を使っているのか」「どの取引先からの入金が多いのか」といった事業の実態が数字として明確に見えてきます。この「可視化」こそが、的確な経営判断の第一歩です。
高コストなミスや不正を未然に防ぐ
「月末に現金残高を数えたら、帳簿と1万円も違う」。このような事態は、多くの事業者が経験する問題です。出納簿を毎日付け、その日の終わりに実際の残高と照合する習慣をつければ、計算ミスや記帳漏れをその日のうちに発見できます。また、お金の管理が厳格であるという意識が社内に浸透し、従業員による現金の持ち出しといった不正行為を抑止する効果も期待できます。
正確な決算書と税務申告の土台を築く
会計のプロセスは、日々の取引の記録から始まります。出納簿への記帳が、その最初のステップです。ここでの記録が不正確だと、その後の仕訳帳、総勘定元帳へと誤りが連鎖的に波及してしまいます。最終的に出来上がる決算書や確定申告書も、信頼性のないものになってしまうでしょう。逆に言えば、日々の出納簿を正確に作成することこそが、信頼性の高い財務諸表を作り上げ、適切な納税を行うための最も確実な道筋なのです。
必ず使う2種類の出納簿
出納簿には、管理する対象によって大きく分けて2つの種類があります。それは「現金」を管理するものと、「銀行預金」を管理するものです。この2つを明確に区別して管理することが、経理の基本です。
現金出納帳
現金出納帳(げんきんすいとうちょう)は、会社や事業所の手元にある現金(紙幣や硬貨)の出入りを記録するための帳簿です。レジの売上金や、経費支払いのために金庫に保管している現金などが対象となります。
別名「金銭出納帳」とも呼ばれますが、指すものは同じです。日々の取引で発生した現金の収入と支出をすべて記録し、帳簿上の残高と実際の現金有高が一致しているかを確認するために使います。
預金出納帳
預金出納帳(よきんすいとうちょう)は、銀行口座を通じたお金の動きを記録するための帳簿です。売上金の振込入金、仕入代金の振込支払い、公共料金の口座引き落としなど、通帳に記載されるすべての取引が対象となります。
ここで非常に重要なポイントがあります。それは、事業で複数の銀行口座を使用している場合、口座ごとに預金出納帳を作成する必要があるという点です。
すべての口座を一つの帳簿で管理しようとすると、どの取引がどの口座のものか混乱し、残高の照合が非常に困難になります。口座ごとに帳簿を分けることで、管理が格段に楽になり、ミスを防ぐことができます。
現代のビジネスでは、現金取引と預金取引が混在しています。この2つの資産は明確に区別されるため、両者の間で資金が移動した際には、それぞれの帳簿に記録が必要です。例えば、銀行のATMで事業用の口座から現金10万円を引き出した場合、会計上は「預金という資産が10万円減少し、現金という資産が10万円増加した」という一つの取引になります。
したがって、預金出納帳には「支出」として10万円を、現金出納帳には「収入」として10万円を、それぞれ記帳しなければなりません。この両建ての記録が、初心者にとって間違いやすいポイントの一つです。
小口現金出納帳の役割
部署ごとや拠点ごとに、交通費や消耗品費など少額の経費精算のために現金を置いておくことがあります。この少額の現金を「小口現金(こぐちげんきん)」と呼びます。小口現金出納帳(こぐちげんきんすいとうちょう)は、この小口現金の出入りを管理するための専門の帳簿です。
経理担当者が全体の現金出納帳を管理し、各部署が小口現金出納帳を管理することで、日々の細かい経費の動きで主要な帳簿が煩雑になるのを防ぎ、効率的な現金管理が実現できます。
初心者のための出納簿の付け方【7ステップ完全解説】

ここからは、実際に鉛筆とノート、あるいはエクセルを使って出納簿を付けるための具体的な手順を、7つのステップに分けて解説します。一つひとつのステップは非常にシンプルなので、この通りに進めれば誰でも正確な出納簿を作成できます。
出納簿の必須項目を理解する
まず、出納簿を構成する基本的な項目(列)の意味を理解しましょう。一般的に、以下の6つの項目があれば十分です。
- 日付
取引があった年月日を記入します。領収書の日付ではなく、実際に現金や預金が動いた日を記入する点が重要です。 - 勘定科目
取引の内容を分類するためのラベルです。「売上高」「消耗品費」「交通費」など、あらかじめ決められた分類名を記入します。 - 摘要
取引の具体的な内容を記入するメモ欄のような項目です。「誰と(取引先)」「何を(商品名など)」を具体的に書きます。 - 収入金額
お金が入ってきた場合に、その金額を記入します。 - 支出金額
お金が出ていった場合に、その金額を記入します。 - 差引残高
取引ごとに残高を計算し、記入します。常に最新の残高がわかるように、一行ごとに計算します。
実際に記入する手順
それでは、具体的な記入例を見ていきましょう。ここでは現金出納帳を例に進めます。
ステップ1:前月繰越を記入する
月の最初の行には、前の月から引き継いだ残高を記入します。摘要欄に「前月繰越」と書き、収入金額の欄と差引残高の欄に、前月末時点の現金残高を記入します。
ステップ2:年月日を記入する
現金が動いた取引が発生したら、その日付を日付欄に記入します。記帳は必ず日付順に行います。
ステップ3:勘定科目を記入する
取引の内容に合った勘定科目を記入します。例えば、文房具を買ったら「消耗品費」、電車に乗ったら「旅費交通費」となります。
ステップ4:摘要を記入する
取引の詳細を具体的に記入します。「A社 売上入金」「B書店 資料代」「C銀行より引出」のように、後から見て内容が明確にわかるようにしましょう。
ステップ5:金額と残高を記入する
収入があれば収入金額欄に、支出があれば支出金額欄に、税込みの金額を記入します。そして、直前の差引残高に収入額を足すか、支出額を引いて、新しい残高を計算し記入します。
月末の締め方と次月への繰越
月末になったら、その月の帳簿を締め切る作業を行います。
ステップ6:月の最後に合計と次月繰越を記入する
その月の最後の取引を記入し終えたら、一行空けて摘要欄に「合計」と書き、収入金額と支出金額の列、それぞれの合計額を計算して記入します。さらにその下の行の摘要欄に「次月繰越」と書き、最終的な差引残高を支出金額の欄などに記入します。最後に二重線を引いて、その月の記帳が完了したことを示します。
ステップ7:次月の前月繰越を記入する
新しい月になったら、新しいページの最初の行に、ステップ1と同様に「前月繰越」として、前月の最終残高を記入してスタートします。
この7つのステップを繰り返すことで、出納簿は完成します。最も大切なのは、面倒でも取引が発生したその日のうちに記帳する習慣をつけることです。記憶が新しいうちに記録することが、正確さを保つ一番の秘訣です。
残高が合わない場合の解決法
どれだけ注意深く記帳していても、「帳簿上の残高と、実際の現金残高が合わない」という事態は起こり得ます。そんな時、慌てる必要はありません。原因は必ずどこかにあります。冷静に、一つひとつ確認していくための手順を紹介します。
確認するべき4つのステップ
残高の不一致に気づいたら、以下の順番で原因を探っていきましょう。単純なミスほど見落としやすいものです。
ステップ1:現金を数え直す
まず最初にやるべきことは、手元の現金をもう一度丁寧に数え直すことです。焦っていると、単純な数え間違いに気づかないことがあります。硬貨や紙幣の種類ごとに枚数を書き出す「金種表(きんしゅひょう)」を使うと、より正確に数えることができます。
ステップ2:残高計算を再確認する
次に、出納簿の差引残高の計算を、電卓などを使って一行ずつ検算します。特に、桁の大きい数字の足し算や引き算で間違いが起こりがちです。
ステップ3:領収書と記帳内容を照合する
記帳の元になった領収書やレシートをすべて並べ、出納簿の記入内容と一つひとつ照らし合わせます。金額の転記ミス、収入と支出の逆入力、桁の間違いなどを重点的にチェックします。
ステップ4:記帳漏れがないか探す
すべての取引が記録されているかを確認します。ポケットに入れたままのレシートや、まだ精算されていない仮払金などがないか思い出してみましょう。記帳を後回しにしていると、こうした記帳漏れが発生しやすくなります。
原因不明時の「現金過不足」処理
上記の手順で調べてもどうしても原因がわからない場合は、「現金過不足(げんきんかふそく)」という勘定科目を使って一時的に処理します。これは、帳簿上の残高を実際の現金残高に合わせるための応急処置です。
- 実際の現金が帳簿より多い場合
現金出納帳の収入欄に差額を記入し、勘定科目を「現金過不足」とします。 - 実際の現金が帳簿より少ない場合
現金出納帳の支出欄に差額を記入し、勘定科目を「現金過不足」とします。
この処理を行った後も、原因の調査は続けます。もし後日原因が判明したら、現金過不足を正しい勘定科目に振り替える修正仕訳を行います。決算時まで原因が不明だった場合は、過剰分は「雑収入」、不足分は「雑損失」として最終的な処理を行います。
残高の不一致は、日々の業務プロセスを見直す良い機会でもあります。残高照合の回数を増やす、現金取引を減らして記録が残るキャッシュレス決済を増やすなど、不一致が発生しにくい仕組みを作ることが長期的な解決策となります。
どのツールを選ぶか?手書き・エクセル・会計ソフトの比較
出納簿を管理する方法は、一つではありません。伝統的な手書きから便利な会計ソフトまで、それぞれのメリット・デメリットを理解し、ご自身の事業規模やITスキルに合った方法を選ぶことが大切です。
手書きノート
市販の金銭出納帳ノートや大学ノートを使って、手で記入していく方法です。
- メリット
コストがほとんどかからず、パソコンが苦手な人でもすぐに始められます。 - デメリット
計算はすべて手作業になるため、計算ミスや転記ミスが起こりやすいのが最大の欠点です。修正や過去の取引の検索にも手間がかかります。
エクセル
エクセルなどの表計算ソフトを使って、パソコンで出納簿を作成する方法です。
- メリット
自動計算機能を使えるため、計算ミスが格段に減ります。一度テンプレートを作れば繰り返し使え、レイアウトも自由にカスタマイズできます。 - デメリット
残高を計算するための基本的な関数(数式)を設定する必要があります。数式を誤って消してしまったり、入力ミスをしたりするリスクは残ります。
会計ソフト
freee会計や弥生会計、マネーフォワード クラウド会計といった、経理業務に特化したソフトウェアやクラウドサービスを利用する方法です。
- メリット
銀行口座やクレジットカードと連携すれば、取引データが自動で取り込まれ、記帳の手間が大幅に削減されます。エラーのリスクが最も低く、決算書や確定申告書の作成まで一気通貫で行えます。 - デメリット
月額や年額の利用料金がかかります。また、多機能な分、最初の設定や操作に慣れるまで少し時間がかかる場合があります。
出納簿と確定申告の重要な関係

日々の出納簿作成は、単なる記録作業ではありません。それは、年に一度の確定申告を正確に行い、受けられる控除を最大限に活用するための、最も重要な準備活動です。
白色申告における記帳・保存の義務
かつては、所得が少ない白色申告者には記帳の義務がありませんでした。しかし、2014年1月以降、法律が改正され、事業を行うすべての白色申告者にも帳簿の作成と保存が義務付けられました。現金出納帳は、この義務を果たすための最も基本的な帳簿(簡易帳簿)の一つです。
もし帳簿を作成・保存していなければ、税務調査が入った際に経費の根拠を示すことができません。その場合、税務署が売上などから所得を推計して課税する「推計課税」が行われるリスクがあります。これは、本来支払うべき税金よりも高額になる可能性があるため、日々の記帳がいかに重要かがわかります。
青色申告の控除を最大限に活用する
青色申告を選択すると、様々な税制上の優遇措置を受けられますが、その恩恵を受けるためには正確な帳簿付けが前提となります。
10万円控除
青色申告で最大10万円の特別控除を受けるためには、「簡易帳簿」による記帳が必要です。現金出納帳は、この簡易帳簿の代表格であり、他にも売掛帳や経費帳などを作成することで、10万円控除の要件を満たすことができます。
65万円控除への道
個人事業主にとって最大の節税メリットである最大65万円(または55万円)の青色申告特別控除。この控除を受けるためには、「複式簿記」という、より正規の原則に基づいた方法で記帳し、貸借対照表と損益計算書を作成する必要があります。
複式簿記と聞くと難しく感じるかもしれませんが、その基礎となるデータは、すべて日々の出納簿に記録された一つひとつの取引です。現金出納帳や預金出納帳に記録された詳細な取引情報が、複式簿記の必須帳簿である「仕訳帳」や「総勘定元帳」を作成するための、いわば原材料となるのです。
つまり、毎日コツコツと出納簿を付けるという地道な作業が、最終的に最大65万円もの節税に繋がる、戦略的な第一歩と言えます。この作業を面倒な義務と捉えるか、未来の節税への投資と捉えるかで、経理業務への向き合い方は大きく変わるでしょう。
まとめ
この記事では、出納簿の基本から具体的な付け方、トラブルシューティング、そして確定申告との重要な関係までを解説しました。最後に、要点を再確認しましょう。
- 出納簿は、事業のお金の流れを正確に把握し、経営の羅針盤となる重要なツールです。
- 手元の現金を管理する「現金出納帳」と、銀行口座を管理する「預金出納帳」の2種類を正しく使い分けることが基本です。
- 残高が合わない時は、慌てずに「数え直し」「計算の再確認」「領収書との照合」「記帳漏れの確認」の順で原因を探しましょう。
- 日々の正確な記帳は、白色申告の義務を果たすだけでなく、青色申告の大きな節税メリットを享受するための土台となります。
出納簿を付けることは、最初は少し手間に感じるかもしれません。しかし、この習慣を身につけることで、あなたは事業の財務状況を常にリアルタイムで把握できるようになります。お金の流れが見えるようになれば、漠然とした不安は消え、データに基づいた的確な意思決定ができるようになります。
出納簿は、あなたを不安な管理者から、自信に満ちた経営者へと変える、シンプルかつ最も強力なツールです。今日から、その第一歩を踏み出しましょう。



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