
2023年10月1日から開始されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)は、多くの事業者にとって消費税の仕入税額控除のあり方を大きく変えるものです。
原則として、仕入税額控除を受けるためには、適格請求書発行事業者から交付されたインボイス(適格請求書)の保存が必要となりました。
この変更は、経理業務の見直しやシステムの対応など、事業者に新たな負担を強いる側面もあります。
しかし、事業の特性上、インボイスの交付や受領が困難な取引については、いくつかの特例措置が設けられています。
その中でも特に、生鮮食料品等の流通に不可欠な役割を担う「卸売市場」に関連する取引については、「卸売市場特例」という重要な特例が設けられています。
卸売市場では、多数の生産者が個々に出荷し、それを卸売業者や仲卸業者が買い付け、小売業者や飲食店へと供給するという複雑な流通構造があります。
このような状況下で、個々の生産者がすべての取引先にインボイスを発行することは現実的に困難です。
この卸売市場特例は、こうした卸売市場の特殊性を考慮し、円滑な取引を維持しつつ、買手が仕入税額控除を受けられるようにするためのものです。
本記事では、この「卸売市場特例」について、その具体的な内容、対象となる取引の条件、関係者が行うべき対応、そして利用する上でのメリットや注意点などを網羅的に、
そして分かりやすく解説していきます。
この記事を通じて、卸売市場に関わる事業者の皆様がインボイス制度へ適切に対応するための一助となれば幸いです。
目次
1. インボイス制度における「卸売市場特例」とは?
インボイス制度における「卸売市場特例」とは、具体的にどのような制度なのでしょうか。まず、その定義と法的な根拠、そしてこの特例が設けられた背景と目的について確認しましょう。
卸売市場特例は、卸売市場法に規定されている卸売市場において、卸売業者が「卸売の業務として」出荷者(生産者など)から委託を受けて行う生鮮食料品等の販売に関して、出荷者のインボイス交付義務を免除するものです。
そして、買手(卸売業者から購入する仲卸業者や小売業者など)は、その卸売市場や卸売業者等が発行する一定の事項が記載された書類
(例えば、仕切書や販売証明書など)を保存することにより、仕入税額控除を受けることが可能となる制度です。
この特例の法的根拠は、消費税法第57条の4第1項および消費税法施行令第70条の9第2項に定められています。
この特例が設けられた主な背景には、卸売市場における取引の特殊性があります。卸売市場では、非常に多くの生産者が日々、多種多様な生鮮食料品等を出荷します。
これらの生産者の中には、小規模な事業者や高齢の個人農家なども多く含まれており、そのすべてが適格請求書発行事業者として登録し、個々の取引ごとにインボイスを発行することは、事務負担の観点からも現実的ではありません。
もし特例がなければ、買手はインボイスを受領できない取引については仕入税額控除が受けられなくなり、結果として免税事業者である生産者からの仕入れを敬遠する動きが出かねません。
これは、生産者の販路縮小や、生鮮食料品等の安定供給への影響も懸念される事態です。
したがって、卸売市場特例は、生産者の事務負担を軽減し、インボイス発行事業者であるか否かにかかわらず取引が継続できるようにするとともに、買手の仕入税額控除の権利を確保することで、卸売市場における取引の円滑性を維持し、我が国の食料供給システムを支えることを目的としています。
この特例は、制度の原則を厳格に適用することによる混乱を避け、実態に即した柔軟な対応を可能にするための重要な調整弁と言えるでしょう。
買手にとっては、仕入税額控除を確保するための代替手段が提供される一方で、卸売市場や卸売業者が発行する書類の正確性が極めて重要になるという側面も持ち合わせています。
2. 卸売市場特例の適用対象となる取引と詳細条件
卸売市場特例は、全ての卸売市場における全ての取引に適用されるわけではありません。適用を受けるためには、対象となる市場、業務、そして品目について、定められた条件を満たす必要があります。
対象となる市場
まず、特例の対象となる「卸売市場」は限定されています。具体的には、以下のいずれかに該当する市場が対象となります。
- 農林水産大臣の認定を受けた中央卸売市場
- 都道府県知事の認定を受けた地方卸売市場
- 上記の中央卸売市場や地方卸売市場
に準ずるものとして、農林水産大臣が財務大臣と協議して定める基準を満たし、かつ農林水産大臣の確認を受けた卸売市場
これら対象となる市場のリストは、農林水産省のウェブサイトで公表されており、事業者は取引先の市場が特例の対象であるかを確認することができます。
特に、中央卸売市場や地方卸売市場以外の市場については、農林水産大臣の確認を受けているかどうかが重要となります。
農林水産大臣が確認する市場の具体的な基準は以下の通りです。これらの基準を満たすことで、中央卸売市場や地方卸売市場に準ずるものとして特例の対象となり得ます。
基準項目 |
1. 生鮮食料品等の卸売のために開設されていること |
2. 卸売場、自動車駐車場その他の生鮮食料品等の取引 及び荷捌きに必要な施設が設けられていること |
3. 継続して開場されていること |
4. 売買取引の方法、その他の市場の業務に関する事項 及び当該事項を遵守させるための措置に関する事項を内容とする規程が定められていること |
5. 卸売市場法第2条第4項に規定する卸売をする業務のうち 販売の委託を受けて行われるものと買い受けて行われるものが区別して管理されていること |
これらの基準は、市場が公正かつ効率的な取引の場として機能するための基本的な要件を示しています。
対象となる業務
次に、特例の対象となるのは、上記の適格な卸売市場において、卸売業者が「卸売の業務として」出荷者から委託を受けて行う販売です。
ここでの「卸売の業務として」という点が重要です。典型的な例としては、せり売や入札の方法による販売が挙げられます。
注意すべきは、単に卸売市場の敷地内で行われる取引であっても、この「卸売の業務として」の要件を満たさなければ特例の対象とはならない点です。
例えば、仲卸業者が市場内で生産者から直接、相対で商品を買い付けるような場合、それが市場の正規の卸売業務(委託販売やオークションシステム)を経由しないものであれば、卸売市場特例の適用は受けられない可能性があります。
このような場合、原則通り、生産者が適格請求書発行事業者であればインボイスの交付を求め、そうでなければ仕入税額控除に制限が生じることになります。
したがって、買手は取引の形態が特例の対象となる「卸売の業務」に該当するかどうかを慎重に確認する必要があります。
対象となる品目
特例の対象となる品目は、卸売市場法第2条第1項に規定される「生鮮食料品等」です。具体的には、野菜、果実、魚類、肉類といった生鮮食料品はもちろんのこと、
花きや、その他一般消費者の日常生活と密接な関係を有する農畜水産物で政令によって定められているものも含まれます。また、日常的に食べられるような一定の加工食品も対象となり得ます。
卸売市場法施行令第1条では、例えば野菜及び果樹の種苗や、牛、馬、豚、めん羊及び山羊の原皮などが、この政令で定める農畜水産物として具体的に挙げられています。
取引する品目がこの「生鮮食料品等」の範囲に含まれるかどうかも、特例適用の可否を判断する上で重要な要素となります。
3. 卸売市場特例の具体的な仕組みと関係者の対応
卸売市場特例が適用される取引においては、通常のインボイス制度の運用とは異なる手続きが取られます。ここでは、出荷者(売手)、卸売市場(または卸売業者)、そして買手、それぞれの立場での具体的な対応について解説します。
出荷者(売手)のインボイス交付義務免除
卸売市場特例の最大のポイントの一つは、出荷者である生産者等がインボイスを交付する義務から解放される点です。
特例の対象となる取引(適格な卸売市場において、卸売業者が卸売の業務として行う生鮮食料品等の委託販売)については、出荷者は買手(卸売業者や仲卸業者等)に対してインボイスを発行する必要がありません。
これにより、出荷者は適格請求書発行事業者として登録していなくても、つまり免税事業者のままであっても、この特例を利用した販売が可能です。
これは、特に小規模な生産者や、インボイス制度への対応が難しい高齢の生産者などにとっては、大きな事務負担の軽減に繋がります。
インボイス制度導入によって取引から排除されるのではないかという懸念も、この特例によって一定程度緩和されることになります。
卸売市場(または卸売業者)の役割:書類の発行
出荷者がインボイスを交付しない代わりに、卸売市場の開設者、その市場で営業する卸売業者、または販売の媒介や取次ぎを行う者
(これらを総称して「卸売市場等」と呼びます)が、買手に対して仕入税額控除の適用を受けるために必要な書類を交付する役割を担います。
この書類は、一般的に「仕切書(しきりしょ)」や「販売証明書」「売買報告書」といった名称で発行されることが多いでしょう。
この卸売市場等が発行する書類には、買手が仕入税額控除を行うために必要な情報が網羅されていなければなりません。
例えば、ある卸売市場の運営会社が発行する売買仕切書には、その運営会社自身の登録番号が記載されるケースも見られます。
これは、卸売市場等が実質的にインボイスに代わる証明書類を発行する主体となることを意味しており、その書類の信頼性と正確性が極めて重要となります。
卸売市場等は、出荷者からの情報を正確に集約し、税法上の要件を満たした書類を作成・交付する体制を整える必要があります。
買手の仕入税額控除の要件:書類保存と帳簿記載
買手(卸売業者から商品を購入する仲卸業者、小売業者、飲食店など)が卸売市場特例を利用して仕入税額控除を受けるためには、卸売市場等から交付された上記の書類を適切に保存し、かつ、帳簿にも一定の事項を記載する必要があります。
卸売市場特例における買手が保存すべき書類と帳簿記載事項
区分 | 内容 |
保存すべき書類 | 名称例: 卸売市場等が発行する仕切書、販売証明書、納品書、売買報告書など |
発行者: 卸売市場の開設者、卸売業者、または媒介・取次ぎを行う者 | |
主な記載事項: ・書類作成者(卸売市場等)の氏名または名称 (及び登録番号 ※市場等が課税事業者の場合) ・課税仕入れの相手方(出荷者)の氏名または名称 ・課税仕入れを行った年月日(取引年月日) ・課税仕入れに係る資産の内容(品名、軽減税率対象品目である旨など) ・税率ごとに区分して合計した対価の額及び適用税率 ・税率ごとに区分した消費税額等 ・書類の交付を受ける事業者(買手)の氏名または名称 | |
帳簿への記載事項 | ・通常の帳簿記載事項 (課税仕入れの相手方の氏名または名称、取引年月日、取引内容(軽減税率対象の場合はその旨)など) ・卸売市場特例の適用を受ける課税仕入れである旨 (例:「市場特例対象」などと追記) |
買手は、受け取った書類にこれらの記載事項が漏れなく具備されているかを確認し、7年間保存する義務があります。また、帳簿への記載も正確に行うことで、税務調査等においても正当な仕入税額控除であることを示すことができます。
この特例は、生産者のインボイス発行負担を軽減する一方で、その分、卸売市場等の書類発行の正確性と、買手の書類確認・保存の責任が重くなる構造と言えます。
4. 卸売市場特例を利用するメリットと注意点
卸売市場特例は、関係する事業者にとって多くのメリットがある一方で、利用にあたってはいくつかの注意点も存在します。
メリット
出荷者(生産者)にとってのメリット
卸売市場特例の最大のメリットは、インボイス発行に伴う事務負担が大幅に軽減されることです。特に、多数の少量取引を行う生産者や、IT化が遅れている生産者にとっては大きな助けとなります。
また、適格請求書発行事業者になる必要がないため、免税事業者のままで事業を継続できるという選択肢が維持されます。これにより、新たに消費税の納税義務を負うことなく、従来通りの取引を続けやすくなります。
買手(卸売業者、仲卸業者、小売業者等)にとってのメリット
買手にとっては、出荷者が免税事業者であったとしても、卸売市場等が発行する適格な書類を保存することで仕入税額控除が可能となる点が大きなメリットです。
これにより、仕入先のインボイス登録状況に左右されることなく、税負担の増加を避けることができます。
結果として、多様な生産者からの生鮮食料品等の安定的な仕入れを継続しやすくなり、品揃えの維持や事業運営の安定に繋がります。
卸売市場全体にとってのメリット
この特例は、卸売市場における既存の効率的な流通システムを大きく変更することなくインボイス制度に対応できる道を開くものです。
これにより、市場の活気を保ち、生鮮食料品等の円滑な供給という社会的使命を果たし続けることに貢献します。
注意点
特例の適用範囲の限定性
卸売市場特例は、対象となる市場、業務、品目が限定されています。したがって、卸売市場で行われる全ての取引に適用されるわけではない点に十分注意が必要です。
例えば、市場内にある飲食店への食材販売や、卸売市場を経由しない生産者と小売業者間の直接取引などには、この特例は適用されません。
特に重要なのは、前述の通り、市場内での取引であっても、それが卸売市場法に規定される「卸売の業務として行われる」委託販売等に該当しない場合(例えば、生産者からの直接の相対買い付けなど)は、特例の対象外となる可能性があることです。
取引の具体的な形態を正確に把握し、特例適用の可否を判断する必要があります。
書類の正確な作成・保存の重要性
卸売市場等が発行する書類(仕切書など)の記載事項に不備があった場合、買手が仕入税額控除を受けられないリスクが生じます。
卸売市場等には、税法上の要件を満たした正確な書類を発行する責任があり、そのための体制整備が不可欠です。
買手側も、受け取った書類の記載内容を十分に確認し、不備があれば発行元に訂正を求めるなどの対応が必要です。そして、これらの書類を7年間適切に保存し、帳簿にも正確に記載する義務を負います。
この特例においては、書類の正確性が仕入税額控除の生命線となります。
出荷者・買手双方の制度理解
特例の適用条件や手続きについて、出荷者、卸売市場等、買手の全ての関係者が正しく理解しておくことが重要です。
誤解や認識不足から、意図せず適用外の取引を行ってしまったり、必要な書類の授受や保存を怠ってしまったりする可能性があります。
卸売市場以外の取引への影響
卸売業者や仲卸業者は、卸売市場特例の対象となる取引以外にも、様々な取引を行っています。例えば、食品メーカーから加工食品を直接仕入れたり、市場外の小売店や飲食店に販売したりする場合などです。
これらの取引については、卸売市場特例は適用されませんので、原則通りインボイス制度のルールに従って、インボイスの授受や保存を行う必要があります。
特例が適用される取引とそうでない取引を明確に区分し、それぞれ適切に処理することが求められます。
この特例は、生産者の負担を軽減する一方で、卸売市場運営者や卸売業者の書類発行に関するコンプライアンスと、買手の受け取る書類に対する注意深い確認が、これまで以上に求められることを意味します。
伝統的に信頼関係に基づいて行われてきた市場取引においても、より形式的な書類のチェックが重要性を増すと言えるでしょう。
5. 関連する特例:農協特例と媒介者交付特例の概要
卸売市場特例と類似の目的や仕組みを持つ特例として、「農協特例」や「媒介者交付特例」があります。これらの特例との違いを理解しておくことも、インボイス制度への対応において役立ちます。
農協(JA)等を通じた委託販売の特例(農協特例)
農協特例は、農業協同組合(JA)、漁業協同組合、森林組合などが、その組合員である生産者から農林水産物の販売委託を受け、無条件委託方式かつ共同計算方式によって販売する場合に適用される特例です。
この場合も、生産者(組合員)のインボイス交付義務が免除され、買手は農協等が発行する一定の書類を保存することで仕入税額控除が可能となります。
仕組みとしては卸売市場特例と非常に似ていますが、取引の主体が農協等である点が異なります。この特例においても、生産者は適格請求書発行事業者である必要はなく、免税事業者のままでも利用可能です。
媒介者交付特例
媒介者交付特例は、委託販売という取引形態において利用できる特例です。
この特例では、委託者(商品を販売してもらう側、例:生産者)と受託者(販売を代行する側、例:販売代理店やJAファーマーズマーケットなど)の双方が適格請求書発行事業者である場合に限り、受託者が委託者に代わって買手に対してインボイスを交付することができます。
受託者は、交付したインボイスの写しを保存するとともに、速やかに委託者にもその写しを交付(または電磁的記録で提供)する必要があります。
卸売市場特例や農協特例との大きな違いは、この媒介者交付特例を利用するためには、売手である委託者自身も適格請求書発行事業者として登録している必要があるという点です。
これらの特例は、それぞれ適用される場面や条件が異なります。以下の表で主な違いを整理します。
主なインボイス交付関連特例の比較
特例の名称 | 主な対象取引 | 売手(委託者)の登録要否 | 買手への書類交付者 | 受託者(媒介者)の登録要否 |
卸売市場特例 | 卸売市場経由の生鮮食料品等の委託販売等 | 不要(免税事業者のままでも可) | 卸売市場/卸売業者等 | 市場/卸売業者が登録事業者であるかは書類の有効性に関わる可能性あり(要確認) |
農協特例 | 農協等経由の農林水産物の委託販売(無条件委託・共同計算) | 不要(免税事業者のままでも可) | 農協等 | 農協等が登録事業者であるかは書類の有効性に関わる可能性あり(要確認) |
媒介者交付特例 | 一般的な委託販売 | 必要(適格請求書発行事業者であること) | 受託者(媒介者) | 必要(適格請求書発行事業者であること) |
事業者は、自社の取引がどの特例に該当するのか、あるいはどの特例も適用されず原則通りの対応が必要なのかを正確に把握することが重要です。
6. 卸売市場特例に関するQ&A
ここでは、卸売市場特例に関してよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
Q1: 卸売市場特例の対象となる「生鮮食料品等」には、具体的にどのようなものが含まれますか?
A1: 卸売市場法に定義される野菜、果実、魚介類、食肉などの生鮮品が主ですが、これらに加えて、花きや、一般消費者の日常生活で利用される一部の加工食品(例えば、豆腐や漬物など、市場で伝統的に取り扱われるもの)も含まれる場合があります。
ただし、具体的な範囲については、卸売市場法関連の法令や農林水産省から出される通達などで確認することが推奨されます。全ての加工食品が対象となるわけではありません。
Q2: 出荷者(生産者)が免税事業者の場合でも、買手は本当に仕入税額控除を受けられますか?
A2: はい、その通りです。卸売市場特例が適用される取引であれば、出荷者である生産者が免税事業者であっても、あるいは適格請求書発行事業者でなかったとしても、買手は卸売市場や卸売業者等が発行する所定の要件を満たした書類(仕切書など)を保存することにより、仕入税額控除を受けることが可能です。これがこの特例の大きな意義の一つです。
Q3: 卸売市場等が発行する書類(仕切書など)には、どのような情報が記載されていればよいですか?
A3: 買手が仕入税額控除を受けるために必要な記載事項は、国税庁のQ&A(特に問84など)で示されています。
主なものとしては、書類作成者(卸売市場等)の氏名または名称(市場等が課税事業者の場合はその登録番号も重要です)、出荷者の氏名または名称、取引年月日、品名(軽減税率の対象品目である場合はその旨も)、税率ごとに区分した対価の額および適用税率、税率ごとに区分した消費税額等、そして書類の交付を受ける買手の氏名または名称などが必要です。
Q4: 市場内で農家から直接商品を購入しました(セリや入札ではない、いわゆる相対取引)。この場合も特例の対象ですか?
A4: このケースは、特例の対象外となる可能性が高いと考えられます。卸売市場特例は、あくまで「卸売の業務として行われる」委託販売などが対象です。
市場の敷地内であっても、卸売業者を介さず、生産者と買手(例えば仲卸業者や小売業者)が直接交渉して行う相対取引や直接購入は、この「卸売の業務」に該当しないと解釈されるのが一般的です。
その場合は、原則通り、生産者が適格請求書発行事業者であればインボイスを、そうでなければ仕入税額控除が制限されることになります。取引の形態を正確に把握することが肝心です。
Q5: 卸売市場特例の対象となる市場のリストはどこで確認できますか?
A5: 特例の対象となる卸売市場(農林水産大臣認定の中央卸売市場、都道府県知事認定の地方卸売市場、および農林水産大臣が確認したその他の卸売市場)の具体的なリストは、農林水産省のウェブサイトで公表されています。
取引先の市場がこのリストに含まれているかを確認することが、特例適用の第一歩となります。
これらのQ&Aは一般的なケースを想定したものであり、個別の取引が特例の対象となるかどうかの最終的な判断は、具体的な事実関係に基づき、必要に応じて税務署や税理士などの専門家にご相談ください。
特にQ4で触れたような、市場内での取引形態の判断は、誤解が生じやすいポイントですので注意が必要です。
7. まとめ
本記事では、インボイス制度における「卸売市場特例」について、その概要から対象条件、関係者の対応、メリット・注意点、関連特例、そしてQ&Aに至るまで、幅広く解説してきました。
卸売市場特例は、日本の生鮮食料品等の安定供給に不可欠な卸売市場の機能を維持しつつ、インボイス制度への円滑な移行を促すための非常に重要な制度です。
この特例により、特定の卸売市場における生鮮食料品等の委託販売等においては、出荷者である生産者のインボイス交付義務が免除され、買手は卸売市場等が発行する一定の書類を保存することで仕入税額控除を受けることが可能となります。
しかし、この特例の適用を受けるためには、対象となる市場、行われる業務、取り扱われる品目がそれぞれ定められた条件を満たしている必要があります。
また、買手側では、卸売市場等から交付される書類(仕切書など)に必要な記載事項が全て具備されているかを確認し、それを適切に保存するとともに、帳簿にも所定の事項を記載することが求められます。
関係事業者がそれぞれ留意すべき最終確認事項としては、まず出荷者(生産者)は、自身の販売取引がこの特例の対象となるのか、それとも原則通りのインボイス対応が必要なのかを正確に把握することが重要です。
次に、卸売市場や卸売業者等は、買手の仕入税額控除の根拠となる正確な書類を発行するための体制を確実に整備・運用する必要があります。
そして買手は、仕入れる取引が特例の対象となるか否かを慎重に見極め、対象となる場合は適切な書類を入手・保存し、対象外の取引については通常のインボイス処理を行うという、的確な対応が求められます。
インボイス制度は2023年10月に開始されましたが、卸売市場特例を含む各種の経過措置や特例の運用については、今後も国税庁や農林水産省から新たな情報やQ&Aが示される可能性があります。
事業者の皆様におかれましては、常に最新の情報を注視し、不明な点や判断に迷う場合は、税理士などの専門家に相談しながら、インボイス制度へ適切に対応していくことが肝要です。
将来的には、デジタル化の進展とともに、電子インボイスの活用が卸売市場の取引においても普及し、業務の効率化や透明性の一層の向上が期待されます。
卸売市場特例を正しく理解し活用することは、インボイス制度という新たな税務環境下においても、事業を円滑に継続していくための重要な鍵となるでしょう。
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