
親事業者からの一方的な値引き要求に、泣き寝入りしていませんか?正当な対価を確保し、会社の利益を確実に守りたい、そう考えるのは当然のことです。
実は、あなたと同じ悩みを抱える中小企業は少なくありません。しかし、下請法という強力な法律が、あなたの会社を守る盾となります
この記事を読めば、どのような値引きが違法なのか、そして不当な要求にどう対処すればよいのかが明確にわかります。専門知識がなくても大丈夫です。ポイントを押さえるだけで、あなたも自社の権利を主張できるようになります。
目次
その値引き、違法です!下請法が固く禁じる「代金の減額」の基本
親事業者から値引きを要請されたとき、「今後の取引を考えると断れない」と感じ、仕方なく合意してしまうことがあるかもしれません。しかし、ここで最も重要な事実があります。それは、下請事業者が減額に合意したとしても、その値引きは違法になるということです。
なぜなら、下請法は、立場の弱い下請事業者が親事業者の優越的な地位によって不利益を被ることを防ぐための法律だからです。発注後に親事業者がその力を背景に減額を迫る行為そのものが問題であり、その圧力のもとでなされた「合意」に法的な正当性はないと判断されます。
このルールの根拠となるのが、下請代金支払遅延等防止法(下請法)第4条第1項第3号です。この条文は、「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減ずること」を親事業者の禁止行為として明確に定めています。
つまり、納品した製品に欠陥があるなど、下請事業者に明確な落ち度がない限り、発注時に決めた金額を後から減らすことは、いかなる理由があっても許されないのです。
ただし、この法律が適用されるかどうかは、親事業者と下請事業者の資本金、そして取引の内容によって決まります。自社の取引が下請法の保護対象となるか、まずは下記の表で確認してみてください。
取引の種類 | 親事業者の資本金 | 下請事業者の資本金 |
① 製造委託 ② 修理委託 ③ 情報成果物作成委託(プログラムに限る) ④ 役務提供委託(運送、倉庫保管、情報処理に限る) | 3億円超 | 3億円以下(個人事業主含む) |
1,000万円超 3億円以下 | 1,000万円以下(個人事業主含む) | |
③ 情報成果物作成委託(プログラムを除く) ④ 役務提供委託(運送等を除く) | 5,000万円超 | 5,000万円以下(個人事業主含む) |
1,000万円超 5,000万円以下 | 1,000万円以下(個人事業主含む) |
こんな要求は要注意!下請法違反となる値引き・減額の具体例
親事業者は、違法な減額を「値引き」という直接的な言葉を使わずに要求してくることがよくあります。一見すると正当な商慣習や協力依頼のように聞こえるため、注意が必要です。
下請法が問題にするのは、使われる名称ではなく、その経済的な効果です。つまり、当初の合意金額より受け取る額が減るのであれば、それはすべて「減額」と見なされる可能性があります。
「業績が厳しいから」は通用しない、発注後の⼀⽅的な減額
最も直接的でわかりやすい違反例が、親事業者の都合による一方的な減額です。「競合他社が値下げをしたから」「販売不振で予算が厳しいから」といった理由は、下請法上、正当な減額理由にはなりません。発注が確定した時点で、契約金額は法的に保護されます。
「歩引き」「リベート」といった商慣習を理由とする減額
「歩引き(ぶびき)」とは、請求金額から一定額を割り引いて支払う古くからの商慣習です。特に繊維業界などで見られましたが、支払いを早める代わりの値引きといった意味合いで使われることもありました。
しかし、たとえ両者の間で長年の慣習であったとしても、下請事業者に責任がないのに代金を減額する行為は下請法違反となります。同様に、「リベート」や「本部手数料」といった名目で、発注後に代金から一定額を差し引くことも許されません。
「協賛金」「販売促進協力金」など、名目を変えた事実上の減額
これは非常に巧妙で、よく見られる手口です。親事業者が決算対策や販売促進キャンペーンなどを理由に、「協賛金」や「協力金」といった名目で金銭の提供を「お願い」してくるケースです。
これは請求書上の減額ではありませんが、下請事業者に金銭を支払わせることで、実質的に代金を減額したのと同じ効果を生みます。このような行為は「不当な経済上の利益の提供要請」として、下請法で厳しく禁止されています。
振込手数料やシステム利用料の不当な差し引き
下請代金を銀行振込で支払う際、振込手数料を下請事業者に負担させること自体は、事前に双方の合意があれば問題ありません。
しかし、合意がないのに一方的に手数料を差し引くことや、実際の振込手数料を超える金額を差し引くことは、減額行為と見なされ違法です。また、親事業者が導入している受発注システムなどの利用料を、下請代金から一方的に徴収することも、親事業者が本来負担すべき費用を下請事業者に転嫁する行為として、違反になる可能性があります。
「買いたたき」との違いとは?
「代金の減額」と混同されやすいものに「買いたたき」があります。この二つの行為は、行われるタイミングが異なります。
「代金の減額」は発注後に行われる行為です。一度決まった代金を、後から一方的に減らすことを指します。
一方、「買いたたき」は発注時、つまり代金を決定する段階で行われる行為です。通常支払われる対価より著しく低い価格を、最初から不当に定めることが該当します。例えば、原材料価格が上昇しているにもかかわらず、十分な協議をせずに価格を据え置いたり、一方的に単価を引き下げたりする行為は「買いたたき」にあたるおそれがあります。
近年の勧告事例:日産自動車も対象となった「割戻金」の手口
大手企業も例外ではありません。2024年3月、公正取引委員会は日産自動車に対し、下請法違反で勧告を出しました。日産は自社の原価低減を目的として、「割戻金」という名目で下請事業者への支払額から一定額を差し引いていました。
この行為により、36社の下請事業者が総額約30億円もの代金を不当に減額されていたのです。この事例は、いかなる名目であっても、発注後に下請事業者の責任なく代金を減らす行為が、企業の規模に関わらず厳しく断罪されることを示しています。
不当な値引きを要求されたら?下請事業者が取るべき3つの対抗策

親事業者から不当な値引きを要求されたとき、感情的に反発するのは得策ではありません。冷静に、しかし毅然と対応するための具体的なステップがあります。
重要なのは、闇雲に争うことではなく、法的な根拠と事実に基づいて、自社の正当性を主張することです。そのための準備が、力関係を対等に近づける第一歩となります。
ステップ1: すべてのやり取りを記録する(証拠の確保)
最も重要なのが証拠の保全です。もし将来、公的機関への相談や法的な手続きが必要になった場合、客観的な証拠があなたの主張を裏付ける強力な武器になります。
- メールやチャットでのやり取りは、必ず保存してください。
- 電話での会話は、日時、相手の氏名・部署、具体的な要求内容を詳細にメモしておきましょう。
- 対面での会議後は、議事録として確認のメールを送っておくことも有効です。
このような記録を残す行為は、単に証拠を集めるだけでなく、親事業者に対して「こちらは安易な要求には応じない」という無言のメッセージを送ることにも繋がります。
ステップ2: 契約書・発注書(3条書面)の記載内容を再確認する
次に、取引の基本に立ち返ります。下請法では、親事業者は発注の際に、取引条件を明記した書面(3条書面)を交付する義務があります。この書面には、下請代金の額、支払期日など12の必須事項が記載されていなければなりません。
この発注書を確認し、合意した代金の額が明確に記載されているかを再確認してください。もし明確な金額が記載されていれば、それが法的に保護されるべき契約内容です。
もし親事業者がそもそも3条書面を交付していなかったり、代金の額など重要な項目が記載されていなかったりした場合、その行為自体が下請法違反(書面交付義務違反)となり、50万円以下の罰金対象となります。この事実も、交渉を有利に進めるための材料になり得ます。
ステップ3: 毅然と、しかし冷静に事実を伝える
証拠と契約内容の確認ができたら、親事業者に対して自社の意思を伝えます。ここでのポイントは、相手を非難するのではなく、契約という客観的な事実に基づいて冷静に依頼することです。
例えば、以下のような伝え方が考えられます。
「先日ご依頼のありました値引きの件ですが、大変恐縮ながら、発注書(注文番号XXXX)にて合意いただきました金額でのお支払いをお願いできますでしょうか。弊社としましても、取り決めた内容を遵守したいと考えております。」
このように伝えることで、これは感情的な対立ではなく、契約内容の確認という事務的な手続きであるという姿勢を示すことができます。多くの場合、法的なリスクを理解している担当者であれば、この段階で不当な要求を撤回する可能性があります。
泣き寝入りはしない!無料で相談できる公的機関と専門家

もし、自社での対応が難しい場合や、親事業者が要求を撤回しない場合でも、決して一人で抱え込む必要はありません。下請事業者を守るために、無料で相談できる公的な窓口が複数存在します。
これらの機関に相談する最大のメリットは、相談者の情報が親事業者に伝わらないよう匿名性が厳守されることです。報復を恐れることなく、安心して専門的な助言を求めることができます。
公正取引委員会・中小企業庁の相談窓口
下請法を所管する国の機関が、公正取引委員会と中小企業庁です。これらの機関には、下請取引に関する専門の相談窓口が設置されています。法律の解釈や具体的な違反行為に該当するかどうかについて、最も権威のある判断を得ることができます。
相談内容が悪質であると判断されれば、親事業者への調査や指導、さらには勧告といった行政措置につながる可能性があります。全国共通のフリーダイヤルに電話すると、最寄りの事務所につながります。
全国の「下請かけこみ寺」
より気軽に相談したい場合の最初の窓口として、「下請かけこみ寺」があります。これは国が全国の商工会議所などに設置している相談窓口です。企業間のトラブル解決に詳しい専門家が、無料で相談に応じてくれます。
匿名での相談はもちろん、必要であれば相手方との交渉の場に立ち会うなど、円満な解決に向けたサポート(裁判外紛争解決手続、ADR)も行っています。こちらもフリーダイヤルにかけると、最寄りの「かけこみ寺」につながります。
弁護士など法律の専門家
公的機関への相談と並行して、あるいはより直接的な解決を望む場合には、弁護士への相談が有効です。弁護士はあなたの代理人として、法的な観点から親事業者と直接交渉することができます。
内容証明郵便で代金の支払いを請求したり、交渉がまとまらない場合には訴訟を提起したりするなど、具体的な法的手段を講じて未払金を回収することが可能です。初回の相談を無料で行っている法律事務所も多いため、まずは一度相談してみることをお勧めします。
まとめ:下請法を武器に、公正な取引で会社を守る
親事業者からの不当な値引き要求は、中小企業の経営を圧迫する深刻な問題です。しかし、下請法という強力な法的根拠を正しく理解し、適切に行動すれば、自社の利益を守ることは十分に可能です。
重要なのは、下請事業者がプレッシャーに負けて減額に同意してしまったとしても、その合意は法的に無効であり、法律があなたを守ってくれるという事実です。「協力金」や「歩引き」など、どのような名目であっても、発注後に当初の代金が減額される行為は、原則としてすべて違法となります。
不当な要求に対抗するための第一歩は、客観的な事実と証拠を揃えることです。日頃からやり取りの記録を保管し、発注書の内容を正確に確認する習慣が、いざという時に会社を守る力になります。
そして、一人で悩まず、公正取引委員会や下請かけこみ寺といった専門機関の力を借りることを忘れないでください。匿名での相談が可能で、報復の心配なく適切なアドバイスを受けられます。下請法は、公正な取引関係を築くためのルールです。
この法律を「武器」として活用し、不当な要求には毅然と対応することで、自社の正当な権利と利益を守り抜きましょう。
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