
「どんぶり勘定」から脱却し、データに基づいた「儲かる経営」へ。あなたの会社の利益構造を解き明かす、実践的ノウハウの全て。
「一生懸命働いているのに、なぜか利益が残らない」そんな悩みを抱えていませんか。もし、自社の製品やサービスの本当のコストを正確に把握し、どこに無駄があり、どこが利益の源泉なのかを明確にできれば、あなたのビジネスは劇的に変わります。
この記事は、そのための最強の武器である「原価計算」を使いこなし、漠然とした不安を「利益を自在にコントロールできる」という確固たる自信に変えるための、あなたのための戦略書です。
この記事を読み終える頃には、あなたは原価計算の目的と種類、具体的な計算方法、そして得られたデータを経営戦略に活かすまでの一連の流れを完全に理解しているでしょう。
製造業、IT、建設業、飲食業など、あらゆる業種に応用できる実践的な知識が手に入り、明日から自社のコスト構造を見直すための具体的なアクションプランを描けるようになります。
「原価計算なんて、専門家じゃないと無理だろう」と諦める必要はありません。この記事では、複雑な専門用語を一つひとつ丁寧に解説し、身近な事例を交えながら、誰にでも理解できるよう段階的に説明します。
Excelテンプレートの活用法まで網羅しているため、あなたも必ず自社で実践できます。
目次
そもそも原価計算とは?あなたのビジネスの「経営コンパス」
原価計算とは、製品やサービスを一つ作る、あるいは提供するために「いったい、いくらかかったのか」を正確に計算する一連の活動です。これは、単に経費を足し算する作業ではありません。会社の利益がどこから生まれているのかを指し示し、進むべき方向を教えてくれる、まさに「経営のコンパス」と呼ぶべき重要な役割を担っています。
では、なぜ多くの企業が時間と労力をかけて原価計算を行うのでしょうか。その目的は多岐にわたりますが、主に次の5つの強力な機能を持っています。
財務諸表の作成
貸借対照表や損益計算書といった決算書を正しく作成するために、原価計算は不可欠です。これにより、株主や金融機関などの外部の利害関係者に対して、企業の財政状態や経営成績を正確に報告することができます。
価格設定
製品やサービスにかかった原価が分からなければ、どれくらいの利益を乗せて販売すればよいのか、適正な価格を決めることができません。原価計算は、価格設定のための合理的で客観的な根拠となります。
原価管理
「これくらいのコストで作るべき」という目標(標準原価)と、実際にかかったコスト(実際原価)を比較します。その差額の原因を分析することで、非効率な部分や無駄を特定し、コスト削減活動へと繋げることができます。
予算管理
次期の事業計画や利益目標を達成するための予算を編成する上で、正確な原価情報は全ての土台となります。どれくらいの製品を生産・販売し、そのためにどれくらいの予算が必要になるかを計画するために、原価計算は欠かせません。
経営計画の策定
「この新製品は開発すべきか」「この事業は赤字だから撤退すべきか」といった、企業の未来を左右する重要な意思決定を行う際の、客観的な判断材料を提供します。原価データを基に、より収益性の高い戦略を選択できるようになります。
原価計算の「2つの顔」を使い分ける
原価計算を深く理解する上で、最も重要なのが「財務会計」と「管理会計」という2つの側面の存在を知ることです。
財務会計
法律や会計基準といった外部のルールに基づいて行われる計算です。主に、税務署や銀行、株主といった社外の関係者に経営状況を報告するために用いられます。これは企業の「公式の顔」と言えるでしょう。
管理会計
経営者が自社の経営判断に役立てるために、社内の独自のルールで自由に行うことができる計算です。特定の製品の収益性を分析したり、コスト削減のポイントを探ったりと、経営戦略を練るための「戦略の顔」です。
多くの経営者は、税理士が作成する決算書(財務会計)の数字だけを見て経営判断をしてしまいがちです。しかし、財務会計のルールは、必ずしも最適な経営判断に直結するとは限りません。例えば、財務会計では「全部原価計算」という方法が義務付けられていますが、この方法では生産量を増やすだけで利益が嵩上げされて見える現象が起こり、経営判断を誤らせる可能性があります。
真の力は、財務会計とは別に「管理会計」の視点を持つことにあります。管理会計の視点を取り入れることで、「この製品は本当に儲かっているのか?」という問いに対して、より実態に近い答えを導き出すことができるのです。
経営者は、この「2つの顔」の存在を深く理解し、目的(外部報告なのか、内部の意思決定なのか)に応じて、最適な計算方法を戦略的に使い分ける必要があります。この記事では、特にあなたの会社の利益に直結する「管理会計」の側面を重視して解説していきます。
コストの「正体」を見極める
効果的な原価計算を行うための最初のステップは、発生したコストを「分類」することです。この分類ができていなければ、どんな高度な分析も意味を成しません。ここでは、経営判断において最も重要となる2つの分類方法を解説します。
変動費と固定費
コストを「売上との連動性」で分ける方法です。この分類は、後ほど解説する「損益分岐点分析」の根幹を成す、極めて重要な考え方です。
- 変動費
売上の増減に比例して変動する費用です。製品を1つ多く作れば、その分だけ増えるコスト(例:原材料費、商品の仕入原価、外注加工費、販売手数料など)をイメージしてください。 - 固定費
売上の増減に関わらず、毎月あるいは毎年一定額が発生する費用です。たとえ売上がゼロでも支払わなければならないコスト(例:オフィスの地代家賃、正社員の人件費、設備の減価償却費、リース料など)です。
この分類によって、自社のコスト構造が、固定費の割合が高い「固定費型」のビジネスなのか、それとも変動費の割合が高い「変動費型」のビジネスなのかを把握できます。この把握は、景気変動に対する抵抗力や、利益を出しやすい体質かどうかを知る上で重要な指標となります。
直接費と間接費
コストを「特定の製品との関連性」で分ける方法です。
- 直接費
「どの製品のために、いくらかかったか」が明確にわかる費用です。特定の製品やサービスに直接、跡付け(紐づけ)が可能なコスト(例:製品A用の特定部品、製品A組立ライン作業員の給与、製品A専用機械のレンタル料など)を指します。 - 間接費
複数の製品やサービスにまたがって共通して発生するため、「どの製品のために」が直接的にはわからない費用です。これらの費用は、後から一定の基準に基づいて、各製品に割り振る必要があります。
この割り振りを「配賦(はいふ)」と呼びます。具体例としては、複数製品に共通で使う潤滑油、工場長の給与、工場全体の電気代などが挙げられます。
この「間接費の配賦」は、原価計算で多くの人がつまずきやすいポイントです。しかし、配賦ルールをどのように設定するかによって、製品ごとの原価が大きく変わってきます。例えば、工場家賃を「各製品の生産時間」で配賦するのか、「各製品の製造ラインの占有面積」で配賦するのかで、計算結果は異なります。
自社にとって最も合理的で、納得感のある配賦ルールを定めることが、個々の製品の正確な損益を把握するための鍵となります。
どの道具を選ぶ?目的別の原価計算手法
原価計算には、唯一絶対の正しい方法というものは存在しません。あなたの会社の業種や生産形態、そして「何を知りたいか」という目的に応じて、最適な「道具(計算手法)」を選ぶ必要があります。ここでは、代表的な手法を「どちらを選ぶべきか」という実践的な視点で解説します。
全部原価計算と直接原価計算
この2つの違いは、製造にかかる固定費(工場の家賃や減価償却費など)を、製品の原価に含めるか、含めないかという点にあります。
- 全部原価計算
変動費だけでなく固定費もすべて製品の原価に含めて計算する方法です。日本の会計基準では、外部に提出する財務諸表(決算書)はこの方法で作成することが義務付けられています。 - 直接原価計算
変動費のみを製品の原価として扱い、固定費は発生した期間の費用として一括で処理する方法です。利益計画の策定や損益分岐点分析など、経営者の意思決定(管理会計)において絶大な威力を発揮します。
この2つの手法の違いを理解することは、原価情報を正しく経営に活かす上で非常に重要です。
項目 | 全部原価計算 | 直接原価計算 |
製造原価に含むもの | 変動製造原価+固定製造原価 | 変動製造原価のみ |
固定製造原価の扱い | 製品原価として資産計上(在庫に残る) | 期間費用として発生時に全額費用処理 |
主な目的 | 外部報告(財務諸表作成) | 内部管理(利益計画、意思決定) |
利益への影響 | 生産量が販売量を上回ると利益が大きくなる | 利益は販売量にのみ連動する |
メリット | 会計基準に準拠、事務処理が比較的容易 | 損益分岐点分析が容易、短期的な利益計画に有用 |
デメリット | 短期的な利益実態が分かりにくい | 外部報告にはそのまま使えない(固定費調整が必要) |
この表が示す重要なポイントは、「利益への影響」です。全部原価計算では、売れ残った製品に含まれる固定費が資産として計上されるため、作りすぎると利益が実態以上によく見えてしまうという「罠」があります。一方、直接原価計算では利益が販売量と素直に連動するため、経営者は売上と利益の関係を直感的に把握しやすくなります。
実際原価計算と標準原価計算
これは、「いつの時点のコスト」で計算するかの違いです。
- 実際原価計算
製品を製造した後で、「実際にかかった費用」を集計して原価を計算する方法です。過去の実績を正確に把握することが目的です。 - 標準原価計算
製品を製造する前に、科学的・統計的な調査に基づいて「目標とすべき理想的な原価」をあらかじめ設定しておく方法です。予算管理や業績評価、そしてコスト削減活動の起点となります。
標準原価計算の真髄は、単に目標を設定することではありません。計算後に明らかになる「目標(標準)と実績(実際)のズレ」、すなわち「原価差異」を分析することにあります。
「なぜ目標よりもコストがかさんだのか?」といった差異の原因を深掘りすることで、現場が抱える問題点を具体的にあぶり出し、的確な改善アクションへとつなげることができるのです。
総合原価計算と個別原価計算
これは、企業の生産形態に合わせて選択する計算方法です。
- 総合原価計算
同じ仕様の製品を大量に、連続して生産する業種に向いています。1ヶ月などの一定期間に発生した製造コストの合計を、その期間の総生産量で割り算して、製品1個あたりの平均原価を算出するシンプルな方法です。食品・飲料製造業、製紙業、化学工業などが適しています。 - 個別原価計算
顧客からの注文ごとに仕様が異なる製品やサービスを生産(受注生産)する業種に向いています。工事の契約やソフトウェア開発プロジェクト、特注の機械など、一つひとつの案件(製造指図書)ごとに原価を集計します。建設業、ソフトウェア開発、コンサルティングなどがこれに該当します。
原価計算の基本3ステップフロー
理論を学んだら、次は実践です。複雑に見える原価計算も、基本的には以下の3つのステップで進められます。ここでは、その全体的な流れをシンプルに解説します。
ステップ1:費目別原価計算
まず、原価計算の最初の段階として、1ヶ月などの一定期間に発生したすべてのコストを、その性質に応じて「費目(ひもく)」ごとに分類し、集計します。主な費目は以下の3つです。
- 材料費: 製品の元となる原材料や部品の費用。
- 労務費: 製造に直接・間接的に関わる従業員の賃金や給与。
- 経費: 材料費と労務費以外にかかる全ての費用
(例:工場の光熱費、減価償却費など)。
このステップで重要なのは、集計した各費用を、前述した「直接費」と「間接費」に正確に分類しておくことです。この分類が、次のステップ以降の計算の精度を左右します。
ステップ2:部門別原価計算
次に、費目別に集計した原価を、それがどの部門で発生したかに基づいて集計し直します。このステップの目的は、各部門がどれだけのコストを使ったのかを明確にすることです。
この段階で、ステップ1で分類した「間接費」の配賦が行われます。例えば、工場全体の家賃という間接費を、各製造部門(第一製造部、第二製造部など)が使用している床面積の割合に応じて割り振る、といった処理です。これにより、直接費だけでなく間接費も含めた部門ごとのコストが明らかになります。
ステップ3:製品別原価計算
最後のステップとして、各部門に集計された原価を、最終的に個々の製品に集計(賦課)します。
直接費は、どの製品のために発生したかが明らかなので、そのまま該当する製品の原価に加算します。一方、部門別計算で各製造部門に配賦された間接費は、さらにその部門で生産された各製品に対して、一定の基準(例:作業時間など)で割り振られます。
この3つのステップを経て、最終的に「製品Aの原価は〇〇円、製品Bの原価は△△円」という、経営判断の基盤となる製品1単位あたりの原価が算出されるのです。
原価データを「儲け」に変える活用術
原価計算の真の価値は、計算した数字を「どう使うか」で決まります。ただ計算して終わりでは、宝の持ち腐れです。ここでは、その数字を武器に、あなたの会社を力強く成長させるための具体的なデータ活用術を紹介します。
損益分岐点分析で「赤字にならない売上高」を把握する
損益分岐点とは、その名の通り、損益がゼロになる売上高のことです。つまり、利益も損失も出ていない「トントン」の状態を指します。このラインを下回れば赤字、上回れば黒字となるため、経営の生命線とも言える極めて重要な指標です。
この分析を行うためには、まず費用を「変動費」と「固定費」に分ける必要があります。その上で、以下の計算式を用いて損益分岐点売上高を算出します。
損益分岐点売上高=限界利益率固定費
限界利益率=売上高売上高−変動費
ここで出てくる「限界利益」とは、売上高から変動費を差し引いた金額のことで、固定費を回収し、利益を生み出すための源泉となるものです。
損益分岐点を把握することで、「最低でも月間〇〇円は売り上げなければ赤字になる」という明確な売上目標を設定できます。また、「損益分岐点比率(損益分岐点売上高 ÷ 実際の売上高)」を計算すれば、自社の収益安定性がわかります。この比率が低いほど、売上が多少落ち込んでも赤字になりにくく、不況に強い安定した経営であると評価できます。
損益分岐点グラフの作成と活用法
損益分岐点は、グラフで可視化することで、経営者や経理以外の部門のメンバーにも、コスト構造と利益の関係を直感的に伝えることができます。
グラフの作り方はシンプルです。縦軸に費用と売上高、横軸に販売数量(または売上高)をとります。そこに、売上に関わらず一定の「固定費」の線、固定費に変動費を上乗せした「総費用線」、そして「売上高」の線の3本を引きます。
このとき、総費用線と売上高の線が交差する点が損益分岐点です。この交差点より右側が黒字領域、左側が赤字領域となります。このグラフを見れば、利益を増やすためには「売上高の線の傾きを上げる(単価を上げる)」「変動費の線の傾きを緩やかにする(変動費率を下げる)」「固定費の線を下げる」という3つの方法しかないことが一目瞭然となります。
業種別に特化した原価管理の要点
原価管理の重点ポイントは、業種によって大きく異なります。自社のビジネスモデルに合わせた要点を押さえることが、成果を出すための近道です。
製造業:差異分析による無駄の排除
製造業では、標準原価計算が強力な武器となります。事前に設定した目標原価と実際原価の「差異」を分析し、「材料を想定より高く仕入れていないか(価格差異)」「作業に想定以上の時間がかかっていないか(時間差異)」といった現場レベルの問題点を数値で特定します。この分析結果が、具体的な改善活動の出発点となります。
IT・コンサルティング業:工数管理による利益の最大化
IT業界やコンサルティング業では、原価の大部分をエンジニアやコンサルタントの人件費が占めます。そのため、「誰が、どのプロジェクトに、どれだけの時間(工数)を投入したか」を正確に把握する工数管理が、原価管理そのものと言っても過言ではありません。
プロジェクトごとに工数データを集計・分析し、案件ごとの正確な採算性を評価することが重要です。
建設業:工事進行基準によるタイムリーな損益把握
建設業のように工期が数年にわたる長期のプロジェクトでは、工事の進捗度合いに応じて決算期ごとに売上と原価を分割して計上する「工事進行基準」が原則として適用されます。これにより、長期工事の途中であってもタイムリーに損益を把握し、最終的な赤字化を防ぐための適切な経営判断が可能になります。
飲食業:FLコストの管理
飲食店経営において最も重要な指標が「FLコスト」です。これは、売上高に対して占める食材費(Food)と人件費(Labor)の合計額のことで、この比率(FL比率)をいかにコントロールするかが利益確保の鍵となります。
一般的にFL比率は60%以下が健全な経営の目安とされており、食材の廃棄ロス削減や歩留まり管理といった日々の努力がFLコストの改善に直結します。
ABC分析による不採算事業・商品の特定と利益構造改革
原価計算によって製品ごとの正確な利益がわかったら、次に行うべきは経営資源の「選択と集中」です。そのための強力な分析手法が「ABC分析」です。これは、売上や利益への貢献度が高い順に、商品や顧客をA(最重要)、B(中程度)、C(低重要度)の3つのランクに分類する手法です。
Aランクに分類されるのは、売上の上位約8割を占める最重要グループであり、会社の利益の源泉です。マーケティング予算や営業担当者の時間といった経営資源をここに集中投下します。在庫管理も最優先で行い、欠品による販売機会の損失を絶対に防がなければなりません。
一方でCランクは、売上への貢献が低いグループです。「売上は立つが、手間ばかりかかって儲からない」商品や取引先がここに分類されがちです。管理コストを最小限に抑え、場合によっては商品の取り扱い中止や取引の見直しといった、撤退の判断も必要になります。
多くの企業では、「売上の8割は、全商品のうちの2割の品目が生み出している」という「パレートの法則」が見られます。ABC分析は、この「儲けの源泉となっている2割」をデータに基づいて客観的に可視化し、データドリブンな経営資源の再配分を断行するための強力なツールなのです。
原価管理の未来:コストを「投資」に変える戦略的思考
原価計算は、もはや単なるコスト削減のためのツールではありません。VUCAと呼ばれる、将来の予測が困難な現代において、それは企業の価値を創造し、持続的な成長を遂げるための「戦略的投資」の羅針盤へと進化しています。
コスト削減から戦略的コストマネジメントへの転換
従来のコスト削減は、全社一律で経費を切り詰めるなど、短期的な視点に陥りがちでした。しかし、このようなアプローチは、従業員のモチベーションを低下させたり、未来の成長に必要な研究開発の機会を奪ったりするなど、長期的に見ると企業の競争力を削ぐ危険性をはらんでいます。
VUCAの時代では、変化への迅速な適応力が企業の生命線となります。そして、適応力を高めるためには、DXの推進、イノベーションを担う人材への教育、新技術への設備投資などが不可欠です。これらはすべて「コスト」を伴います。ここで重要になるのが、「戦略的コストマネジメント」という考え方です。
これは、発生するコストを単に「削るべき費用」と捉えるのではなく、未来の価値創造につながる「投下すべき投資」と見なすアプローチです。原価計算によって得られるデータは、この戦略的な判断を下すための基礎となります。
テクノロジーが実現するリアルタイムな原価管理
テクノロジーの進化は、原価管理のあり方を根本から変えつつあります。原価管理システムを導入することで、計算の自動化、データのリアルタイムでの可視化、そして計算の正確性を飛躍的に向上させることができます。
特に製造業では、工場の機械に設置されたIoTセンサーから、稼働時間や生産量といったデータをリアルタイムで収集できるようになりました。これらのデータを活用することで、従来は月次でしか把握できなかった原価を、日次、あるいは瞬間のスナップショットとして計算することも可能になります。
これにより、問題の早期発見と、より迅速で精度の高い経営判断が実現します。
データに基づく価格戦略で交渉を有利に進める
原価データは、社内のコスト管理だけでなく、社外との交渉においても強力な武器となります。
例えば、飲食店などで見られる「松・竹・梅」の3段階の価格設定には、多くの人が真ん中の「竹」を選びやすいという心理効果が働いています。原価計算を基に、「梅」で最低限の利益を確保し、「竹」で最も売りたい戦略的な価格を設定し、「松」で高い付加価値を狙う、といった論理的な価格設定が可能になります。
また、原材料費の高騰を受け、取引先に価格改定をお願いする場面が増えています。その際、「最近、色々上がってて大変で」といった感覚的な説明では、相手を納得させることはできません。
原価計算に基づき、「どの費用が、どれだけ上昇し、その結果、製品原価がこれだけ上がっている」という客観的なデータを提示することが、交渉を成功に導く鍵となります。
「自分ごと」化が鍵:全社で取り組むコスト意識改革
どれだけ優れた原価管理の仕組みを導入しても、それを使う「人」の意識が変わらなければ、その効果は半減してしまいます。コスト管理を経営者や経理部門だけの仕事にせず、全従業員が参加する「全社的な文化」として根付かせることが、成功の最終条件です。
学習する組織を構築し、全社でコストを管理する
多くの企業で原価管理が失敗する原因は、各部門が自分の領域しか見ない「サイロ化」にあります。設計部門はコストを度外視し、製造部門は自部門の効率だけを求め、営業部門は安易に値引きをする。こうした「部分最適」の積み重ねが、会社全体の利益を損なう「全体としての非効率」を招いてしまうのです。
この問題を解決するのが、「システム思考」です。これは、物事の個々の要素だけでなく、それらの繋がりや相互作用を一つのシステムとして、全体的に捉える考え方です。
システム思考を組織に導入することで、従業員は「自分の仕事が、後工程や他部門、ひいては会社全体のコストや利益にどう影響するのか」を理解するようになります。このコスト意識の「自分ごと」化こそが、現場からの自発的な改善提案や、部門を超えた協力を生み出す原動力となります。
ナレッジマネジメントで知識を組織の知恵に変える
優れた営業担当のノウハウや、ベテラン技術者の勘所といった、個人の頭の中にしかない知識(暗黙知)は、組織にとって貴重な財産です。ナレッジマネジメントとは、これらの暗黙知を、業務マニュアルや成功事例集といった誰もがアクセスできる形(形式知)に変換し、全社で共有する取り組みです。
これにより、業務の標準化が進み、特定の個人に業務が依存する「属人化」を防ぐことができます。結果として、新人教育にかかるコストが削減されるだけでなく、組織全体の業務品質と生産性の底上げが期待できます。
体験型研修によるコスト意識の醸成
コスト意識を全社に浸透させるためには、座学だけでなく「体験」を通じた学習が非常に効果的です。
その一つが、参加者がチームを組み、仮想の会社を経営するビジネスシミュレーション研修です。市場分析から戦略立案、生産、販売といった一連の意思決定を行い、その結果が自社の損益にどう反映されるかをシミュレーションします。
これにより、参加者は財務諸表の数字が自分たちの判断の結果であることを体感し、座学だけでは得られない「生きた数字の感覚」を養うことができます。
さあ、始めよう!明日からできる原価管理導入プラン
ここまでの知識を、あなたの会社で実践に移すための具体的な第一歩を提示します。難しく考える必要はありません。小さな一歩から始めることが成功への鍵です。
スモールスタートで着実に導入する
いきなり全社で、全ての製品を対象に完璧な原価管理を導入しようとすると、その準備の煩雑さや現場の抵抗により、頓挫してしまう可能性が高いです。成功の秘訣は、「スモールスタート」です。
まずは、最も重要な主力製品や、課題意識の高い特定の部門に絞って試験的に導入してみましょう。そこで得られた知見や成功体験を基に、課題を修正しながら、徐々に対象範囲を広げていくアプローチが、結果的に最も確実で近道となります。
ツールの選択:Excelと専用システムの比較
原価管理を行うツールには、大きく分けて2つの選択肢があります。
まずは手軽に、低コストで始めたい場合はExcelが最適な選択肢です。インターネット上には、無料で利用できる高品質な原価管理表のテンプレートが多数公開されています。まずはExcelで原価管理の流れを掴み、自社に必要な項目を洗い出すことから始めると良いでしょう。
扱う品目が多い、計算ロジックが複雑、リアルタイムでの状況把握が求められる、といった場合には、専用の原価管理システムの導入を検討しましょう。システムを選ぶ際は、自社の業種に特化した機能を持っているか、既存の会計ソフトや販売管理システムと連携できるか、といった点が重要な選定ポイントになります。
専門家の活用
「何から手をつけていいかわからない」「自社だけでの導入には不安がある」という場合は、専門家の力を借りることも有効な手段です。
特に、製造業の会計に精通し、原価計算の導入コンサルティングも手掛けている税理士は、会計・税務の観点だけでなく、経営改善のパートナーとして心強い存在となります。また、地域の商工会議所や自治体が開催する経営相談会などを積極的に活用するのも良いでしょう。
まとめ
この記事では、原価計算が単なる帳簿上の数字合わせではなく、企業の利益を最大化し、予測困難な時代を乗り越えて持続的な成長を支えるための、強力な「経営の武器」であることを多角的に解説しました。
最後に、重要なポイントを再確認します。
原価計算の真の目的は、外部報告だけでなく、価格設定やコスト管理、経営の意思決定を支えることにある。
全てのコストを「変動費・固定費」と「直接費・間接費」に分類することが分析の出発点となる。
自社の業種や目的に合わせ、全部原価計算や直接原価計算などの最適な手法を戦略的に使い分けることが重要である。
算出したデータは、損益分岐点分析やABC分析で活用して初めて「儲け」に繋がる。
コストを戦略的な「投資」と捉え、全従業員が当事者意識を持つ「文化」を醸成することが企業の競争力を高める。
「どんぶり勘定」での経営は、視界不良の海を羅針盤も海図もなしに航海するようなものです。この記事を手に、まずは自社の主力製品一つの原価を、Excelテンプレートを使って計算してみることから始めてみてください。その小さな一歩が、あなたの会社をデータに基づいた「儲かる経営」へと導く、確かな航路図となるはずです。
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