会計の基礎知識

減損処理とは?減損処理の判定から測定まで解説

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減損処理

「減損処理」という言葉を聞くと、多くの経営者や投資家は「投資の失敗」や「業績悪化」といったネガティブな印象を抱くかもしれません。しかし、この会計処理の本質を理解すれば、それは過去の重荷を下ろし、将来の収益性を高めるための戦略的な一歩であることがわかります。

本記事を通じて、減損処理を正しく活用し、会社の財務体質を改善して、より高い利益を生み出す未来への道筋を描けるようになります。

この記事では、公認会計士・税理士である筆者が、減損処理の定義といった基礎から、具体的な会計処理のフロー、M&Aにおける「のれんの減損」という最重要テーマ、さらには株価や経営指標への影響まで、実務で直面するあらゆる論点を網羅的に解説します。

数々の企業の事例を交えながら、複雑な会計基準を現実のビジネスシーンに落とし込んで理解を深めていきます。

専門用語も一つひとつ丁寧に解説し、4つのステップからなる判定フローや図解を多用することで、会計の専門家でなくとも減損処理の要点を掴み、自社の状況を客観的に分析し、適切な判断を下すための知識を身につけることが可能です。

減損処理の基礎知識:企業の「健康診断」としての役割

このセクションでは、減損処理の最も基本的な「What(何か)」「Why(なぜ必要か)」「Which(対象は何か)」を明確にします。多くの人が混同しがちな減価償却との違いもここで整理し、読者の基礎知識を固めます。

減損処理とは?資産価値を実態に合わせる会計処理

減損処理とは、企業が保有する固定資産の収益性が低下し、投資額の回収が見込めなくなった状態(減損)において、その資産の帳簿価額を回収可能な金額まで引き下げる一連の会計手続きを指します。

より具体的に言えば、資産が生み出す将来の利益やキャッシュ・フローが、帳簿に記載されている価値を下回ることが判明した場合に、その実態に合わせて帳簿価額を減額する処理です。

この処理の本質的な意義は、単に損失を計上することではありません。投資の失敗という事実を財務諸表に正直に反映させることにあります。これにより、投資家、金融機関、取引先といった企業の利害関係者(ステークホルダー)に対して、企業の財政状態を正しく、透明性をもって伝えることが最大の目的です。

実態とかけ離れた資産価値を放置することは、企業の財務状況を良く見せかける粉飾に近い状態を生み出し、ステークホルダーの判断を誤らせる危険があります。したがって、減損処理は、企業の財務の健全性を保つための「健康診断」のような重要な役割を担っているのです。

なぜ減損処理が必要なのか?放置するリスク

もし減損の事実を認識しながらも、会計処理を行わずに放置した場合、どのようなリスクが生じるのでしょうか。最大のリスクは、財務諸表が企業の実態を正しく表さなくなることです。

例えば、ある工場に10億円の投資をしたが、市場環境の悪化でその工場からは5億円の利益しか生み出せないことが明らかになったとします。この事実を無視して、貸借対照表に10億円の資産価値を計上し続けると、帳簿上は実態よりも5億円も資産が過大に表示されることになります。

これは、回収見込みのない資産をあたかも価値があるかのように見せかけている状態であり、財務諸表の信頼性を著しく損ないます。

このような歪んだ財務情報に基づいて、投資家が株式を購入したり、金融機関が融資を実行したりすれば、彼らは将来的に予期せぬ損失を被る可能性があります。減損処理は、こうしたステークホルダーの不利益を防ぎ、企業情報の透明性を確保するために会計基準で定められた不可欠な手続きなのです。

減損処理の対象となる資産とならない資産

減損会計の適用対象となる資産は、原則として企業が保有するすべての固定資産です。固定資産は、その性質に応じて有形固定資産、無形固定資産、投資その他の資産の3つに大別されます。

有形固定資産は、土地、建物、機械装置、車両運搬具など、形を持つ物理的な資産を指します。また、現在建設中の資産である建設仮勘定も対象となります。

無形固定資産は、物理的な形を持たない権利や価値を表す資産です。M&Aによって生じる「のれん」や、自社利用のソフトウェア、特許権、商標権、借地権などがこれに該当します。

投資その他の資産は、上記のいずれにも分類されない固定資産で、主に投資目的で長期保有される資産です。投資用不動産や、子会社・関連会社株式、長期前払費用などが含まれます。

一方で、一部の資産は減損会計の対象から除外されます。これは、それぞれの資産に対して個別の会計基準で評価方法や減損に類似した処理が定められており、二重に評価することを避けるためです。具体的には、「金融商品に係る会計基準」が適用される金融資産(市場で売買される有価証券など)や、繰延税金資産、市場販売目的のソフトウェア、退職給付に係る資産などが該当します。

減損処理と減価償却の決定的な違い

減損処理は、固定資産の価値を減額するという点で「減価償却」と混同されがちですが、その目的、原因、タイミングは全く異なります。

減価償却の目的は、資産の使用や時間の経過による価値の減少(経年劣化)を、あらかじめ定められた耐用年数にわたって規則的に費用として配分することです。これは、資産取得時に予測される計画的な価値の消耗を反映する手続きです。

一方、減損処理は、資産の収益性が著しく低下するという、当初予測していなかった事態に対応するための会計処理であり、市場環境の激変などで投資が回収不能と判断された場合に、その損失を一時的に認識します。

タイミングにおいても違いがあります。減価償却は、資産を事業で使用している間、決算ごとに毎期継続的かつ規則的に行われます。対照的に、減損処理は減損の兆候が認識され、会計基準に定められた要件を満たした場合にのみ、臨時的に行われるものです。

この違いの根底には、経営計画との関わりがあります。減価償却は「計画通りの消耗」と言える計画的な費用化プロセスです。一方で減損処理は、当初の事業計画の前提が崩れるような予測不能な事態によって発生する「計画外の陳腐化」であり、経営戦略そのものの見直しを迫る重大なシグナルとしての意味合いを持つのです。

減損処理の判定から測定までの全フロー

減損処理は、企業の恣意的な判断で自由に行えるものではありません。「固定資産の減損に係る会計基準」およびその適用指針に基づき、客観的かつ厳格な手順を踏むことが求められます。ここでは、そのプロセスを4つのステップに分け、具体例を交えながら解説します。

ステップ1 資産のグルーピング

減損の要否を判断する最初のステップは、対象となる資産を適切な単位にまとめる「グルーピング」です。多くの資産は単独で収益を生み出すのではなく、他の資産と相互に関連しあって事業活動に貢献しているため、個々の資産単位ではなく、実質的な事業単位で収益性を評価する必要があります。

会計基準では、「他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位」でグルーピングを行うと定められています。この単位は「資金生成単位(CGU: Cash-Generating Unit)」とも呼ばれます。

例えば、製造業の工場の場合、工場内の個別の機械装置ごとではなく、製品を生み出し販売することでキャッシュ・フローを生成する工場全体を一つのグループとします。

小売業であれば各店舗単位、賃貸用不動産のようにそれ自体が独立してキャッシュ・フローを生む場合は、その不動産一つがグループとなります。このグルーピングは、企業がどの単位で損益を把握しているかという事業運営の実態を反映して行われます。

ステップ2 減損の兆候の把握

すべての資産グループについて、毎回詳細な減損判定を行うのは実務上、非常に大きな負担となります。そのため、会計基準ではまず、資産グループに減損が生じている可能性を示す事象、すなわち「減損の兆候」があるかどうかを把握するステップを設けています。

このステップで兆候が認められない場合は、その資産グループについて当期の減損処理の検討は不要となり、手続きはここで終了します。

会計基準適用指針では、減損の兆候としていくつかの例が挙げられています。一つ目は、営業活動から生ずる損益又はキャッシュ・フローが継続してマイナスである場合です。

これは、その資産グループが使用されている事業から生じる損益やキャッシュ・フローが、おおむね過去2期連続でマイナスである、または当期以降もマイナスが続くことが見込まれる状況を指します。ただし、事業立ち上げ期など計画通りの赤字は兆候に該当しないこともあります。

二つ目は、資産の使用範囲や方法について、回収可能価額を著しく低下させる変化がある場合です。具体的には、事業の廃止や大幅な再編成、資産の遊休化、当初の予定よりも著しく早い売却・処分計画などが該当します。

三つ目は、経営環境が著しく悪化している場合です。製品価格の急激な下落、主要な原材料の価格高騰、技術革新による保有技術の陳腐化、事業に重大な影響を与える法改正や規制強化などがこれにあたります。

四つ目は、資産の市場価格が著しく下落している場合です。特に土地などが対象で、明確な基準はありませんが、実務上は市場価格が帳簿価額の50%程度を下回った場合が一つの目安とされています。

ステップ3 減損損失の認識の判定

ステップ2で減損の兆候が認められた資産グループについて、次に実際に減損損失を会計帳簿に計上(認識)すべきかどうかを最終的に判定します。このステップでは、資産グループが生み出すと見積もられる「割引前」の将来キャッシュ・フローの総額と、その資産グループの帳簿価額を比較します。

比較の結果、割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額以上であれば、将来的に帳簿価額以上のキャッシュを回収できる見込みがあるため、減損損失の認識は不要です。ここで検討は終了します。

逆に、割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回る場合、将来的に帳簿価額を回収できないことが確実視されるため、減損損失を認識する必要があると判断し、次のステップ4に進みます。

ここで重要なのは、なぜ「割引前」のキャッシュ・フローを用いるかという点です。これは、減損の存在が「相当程度に確実な場合に限って」より複雑な測定に進むための、一種のスクリーニングとしてこの判定が位置づけられているためです。

割引計算には主観的で複雑な見積りが必要となるため、より客観的で計算が容易な指標でまず判定を行うことで、実務的な負担を軽減する効果があります。

ステップ4 減損損失の測定

ステップ3で減損損失を認識すべきであると判定された資産グループについて、具体的な損失額を計算(測定)します。減損損失の金額は、「帳簿価額」から「回収可能価額」を差し引いて算出されます。

「回収可能価額」とは、その資産グループから回収できると見込まれる金額のことであり、「正味売却価額」と「使用価値」のいずれか高い方の金額を採用します。

「正味売却価額」は、資産グループを現時点で売却した場合に得られると見込まれる金額で、資産の時価から処分費用見込額を差し引いて計算されます。

「使用価値」は、資産グループを今後も継続して使用し、最終的に処分することによって得られると見込まれるキャッシュ・フローの総額を、現在の価値に割り引いた金額(割引後将来キャッシュ・フロー)です。

このステップの結果、資産グループの帳簿価額は、算定された「回収可能価額」まで引き下げられます。そして、その引き下げられた差額が、損益計算書に「減損損失」という名前で特別損失として計上されることになります。

M&Aにおける最重要論点「のれんの減損」

M&Aにおける最重要論点「のれんの減損」

近年の活発なM&A市場を背景に、「のれんの減損」という言葉をニュースで目にする機会が増えました。時には数千億円規模にもなるこの減損は、企業の業績や戦略に計り知れない影響を及ぼすため、M&Aを検討する上で避けては通れない最重要論点です。

のれんとは何か

まず、「のれん」そのものの理解から始めましょう。のれんとは、M&Aの際に支払った買収価額が、買収対象となった企業の純資産(資産から負債を差し引いた額)の時価を上回った場合の差額を指します。

この差額は、単なる割高な買い物を示すものではありません。買収された企業が持つ、貸借対照表には計上されていないブランド力、技術力、顧客基盤、従業員のノウハウといった無形の価値を反映したものです。

これらは将来的に高い収益を生み出す源泉(超過収益力)と期待されるため、会計上は「無形固定資産」として資産計上されます。つまり、のれんとは「買収企業が支払った将来への期待値」そのものなのです。

なぜのれんの減損が起こるのか

のれんの減損は、非常にシンプルに言えば「M&Aの失敗による損失」を会計的に認識するプロセスです。買収時に期待した「超過収益力」が、その後の事業運営で得られない、あるいは得られなくなると判断された場合に発生します。

主な原因の一つは「高値掴み(Overpayment)」です。買収競争が激化する中で、対象企業の本来の価値を超えた価格で買収してしまうケースです。また、買収後に買収した事業の業績が当初の計画を大幅に下回り、収益性が悪化する「買収先の業績悪化」も大きな要因です。

M&Aで期待される「シナジー効果」が発揮されないことも原因となります。これは、買収後の経営統合プロセス(PMI)の難しさや、企業文化の衝突などが引き金となります。さらに、買収時には予測できなかった市場環境の急激な変化や、不利な法規制の導入など、「経営環境の急変」によって事業計画の前提が崩れることもあります。

事例から学ぶ、のれん減損の恐ろしさ

過去の大型M&Aでは、巨額ののれん減損が経営を揺るがした事例が数多く存在します。例えば、日本郵政は2015年にオーストラリアの物流大手トール社を約6,200億円で買収しましたが、業績不振からわずか2年後に約4,000億円という巨額ののれん減損を計上しました。

このM&Aは大きな失敗と見なされ、最終的にトール社はごくわずかな価格で売却されることになりました。

キリンホールディングスも、2011年にブラジルのビール会社スキンカリオールを約3,000億円で買収後、現地の経済失速などにより業績が低迷し、2015年に約1,100億円の減損損失を計上。

これにより、同社は上場以来初の最終赤字に転落しました。DeNAも、過去のM&Aに関連し、2019年4月から12月期の決算で約508億円の減損損失を計上し、巨額の営業損失を記録しました。

減損リスクを回避するM&A戦略

これらの失敗事例から学べる教訓は、のれんの減損リスクをいかにマネジメントするかがM&Aの成否を分けるということです。リスクを完全にゼロにすることはできませんが、戦略によって最小化することは可能です。

最大の鍵は、契約前の徹底的な企業調査(デューディリジェンス)です。財務DDでは収益性や資産内容を精査し、法務DDや事業DDでは帳簿に表れない潜在的なリスクを洗い出すことが、高値掴みを防ぎ、将来の減損リスクを回避するために不可欠です。

また、希望的観測を排した実現可能な事業計画と客観的なシナジー評価を行うことが重要です。交渉が長期化する中で、「買収すること」自体が目的化してしまう罠に陥らないよう、常に冷静な判断が求められます。

M&Aは契約締結がゴールではありません。買収後の経営統合プロセス(PMI)を円滑に進めることが、シナジー効果を実現する上で決定的に重要です。

組織体制の構築や人材の再配置、異なる企業文化の融合などを計画的に実行することで、初めてのれんの価値は維持・向上されます。のれんの減損は、単なる会計上の損失計上ではなく、経営判断能力への信頼を損ない、負の連鎖を引き起こしかねない重大な経営イベントとして認識する必要があります。

減損処理が企業経営に与える影響

減損処理が企業経営に与える影響

減損処理は、会計帳簿上の数字を修正するだけの一回限りのイベントではありません。その影響は財務諸表、経営指標、そして株価に至るまで、企業経営の様々な側面に波及します。その影響は短期的にはネガティブな側面が目立ちますが、長期的には企業の体質改善につながるポジティブな効果も秘めています。

財務諸表への影響

減損処理が各財務諸表にどのような影響を与えるかを正確に理解することは、企業の財政状態を正しく読み解く上で不可欠です。

損益計算書(P/L)においては、計上された減損損失は原則として「特別損失」の区分に表示されます。これにより、税引前当期純利益および当期純利益は大幅に減少しますが、企業の本業の儲けを示す「営業利益」や「経常利益」には影響を与えません。

貸借対照表(B/S)では、減損対象となった固定資産の帳簿価額が回収可能価額まで引き下げられ、資産総額が減少します。それに伴い、純資産の部の利益剰余金も同額減少し、純資産総額も減少します。

キャッシュフロー計算書(C/F)への直接的な影響はありません。減損損失は、減価償却費と同様に、実際に現金の支出を伴わない会計上の費用(非現金支出費用)だからです。ただし、減損処理の根本原因は「資産の収益性の低下」であるため、翌期以降の営業キャッシュ・フローが悪化する可能性を示唆する重要なシグナルとなります。

経営指標への影響

減損処理は、ROE(自己資本利益率)やROA(総資産利益率)といった重要な経営指標にも大きな影響を与えます。その影響は、短期と長期で逆の動きを見せるという特徴があります。

減損を計上した期は、当期純利益が大幅に減少、あるいは赤字に転落するため、ROEやROAといった利益率指標は著しく悪化します。これは短期的な影響です。

しかし、長期的にはこれらの指標を改善させる効果を持ちます。減損処理によって固定資産の帳簿価額が減少するため、翌期以降の減価償却費がその分だけ減少し、将来の利益は会計上、押し上げられやすくなります。また、ROEやROAの計算式の分母である自己資本や総資産が減損によって小さくなるため、同じ利益額であっても利益率は改善しやすくなるのです。

この「将来の利益改善効果」は、減損処理の持つ戦略的な側面を浮き彫りにします。経営者が交代したタイミングなどで、将来のリスクとなりうる資産の減損を意図的に前倒しで行う「ビッグ・バス(大きなお風呂)」会計は、過去の負の遺産を一度に洗い流し、その後のV字回復を演出しやすくする戦略です。投資家は、減損の背景を深く読み解く必要があります。

株価への影響

減損処理の発表は、株式市場に大きなインパクトを与えます。その反応は、多くの場合ネガティブですが、必ずしもそうとは限りません。

原則として、減損は「投資の失敗」を公にする行為であるため、発表直後はネガティブサプライズと受け取られ、株価は下落するのが一般的です。EPS(1株当たり利益)の大幅な悪化が直接的な売り材料となります。

しかし、例外的に株価が上昇するケースもあります。市場参加者が減損の可能性をある程度予測していた場合、発表によって不確実性がなくなり、「悪材料出尽くし」と判断されて株価が反発することがあります。また、減損処理が不採算事業からの撤退など前向きな経営改革の一環として行われた場合、将来の収益改善への期待からポジティブに評価されることもあります。さらに、財務的な安定性が揺るがないと判断されれば、影響は軽微に留まることもあります。

グローバル基準と中小企業の特例

減損処理のルールは、世界中で完全に統一されているわけではありません。特に、日本企業がグローバルに事業を展開する上で無視できないのが、国際財務報告基準(IFRS)と日本の会計基準との違いです。また、国内においても、上場企業などが適用する厳格なルールと、中小企業向けに用意された特例が存在します。

日本基準とIFRSの主な相違点

日本基準(J-GAAP)とIFRSでは、減損会計、特に「のれん」の扱いについて根本的な考え方に違いがあり、これが企業の利益水準に大きな影響を与えます。グローバルな投資判断を行う際には、この違いの理解が極めて重要です。

のれんの会計処理について、日本基準ではのれんを資産計上後、20年以内の一定期間で規則的に償却(費用化)します。一方、IFRSではのれんの定期的な償却は行いません。

減損テストのタイミングも異なります。日本基準では、減損の兆候が認められた場合にのみ減損テストを実施します。これに対し、IFRSでは償却を行わない代わりに、のれんについては少なくとも年一回、定期的に減損テストを実施することが義務付けられています。

減損損失の戻入れに関しても違いがあります。日本基準では、一度計上した減損損失は、その後の業績が回復しても戻し入れることは認められていません。しかし、IFRSでは、のれん以外の資産について、減損の理由が解消された場合には、損失の戻入れが認められます。

この会計基準の違いは、根底にある「経営哲学」の違いを反映しています。日本基準は安定的かつ保守的な利益計算を重視する「収益費用アプローチ」の考え方が色濃いのに対し、IFRSは企業の財政状態をより実態に近づけようとする「資産負債アプローチ(公正価値主義)」の思想が強く表れています。

中小企業における減損処理の特例

上場企業などが従う減損会計基準は、将来キャッシュ・フローの見積りなど、非常に専門的で複雑な手続きを要求します。そのため、経理体制が比較的脆弱な非上場の中小企業にとっては、その適用が大きな負担となり得ます。

この実情に配慮し、日本には「中小企業の会計に関する指針」(中小会計指針)という、より簡便な会計処理を認めるルールが別途用意されています。この指針の適用は強制ではなく任意です。

中小会計指針における減損の判定は、よりシンプルです。例えば、保有する固定資産について、「将来の使用の見込みが客観的にない」、あるいは「固定資産の用途を転用したが、採算が見込めない」といった状況にあり、かつ「その資産の時価が著しく下落している」場合に減損処理を検討するなど、要件が限定されています。これにより、中小企業の実務負担が軽減されています。

ただし、会計ルールが簡便だからといって、実質的に価値が毀損している資産を帳簿に載せ続けることは望ましくありません。金融機関からの融資評価や事業承継時の企業価値評価において、実態と乖離した財務諸表はマイナスの影響を及ぼす可能性があります。そのため、中小企業であっても、必要に応じて減損の要否を自主的に検討することが重要です。

実践編:減損損失の仕訳とM&Aにおけるリスクマネジメント

これまでの解説で減損処理の理論的な側面を理解した上で、最後に、具体的な会計処理である「仕訳」の方法と、特に減損リスクが高いM&Aの場面で、そのリスクをいかに未然に防ぐかという、より実践的なテーマを掘り下げます。

減損損失の仕訳方法

減損損失を計上することが決定した場合、その事実を会計帳簿に記録するために「仕訳」を行います。仕訳の方法には、原則として用いられる「直接控除方式」と、容認されている「間接控除方式」の2種類があります。

直接控除方式は、減損損失の金額を、対象となる固定資産の帳簿価額から直接差し引く方法です。例えば、帳簿価額1,000万円の「建物」について300万円の減損損失を計上する場合、借方に「減損損失 3,000,000円」、貸方に「建物 3,000,000円」と仕訳します。これにより、貸借対照表上の「建物」の価額は700万円に修正されます。

一方、間接控除方式では、資産の価額を直接減らすのではなく、「減損損失累計額」という勘定科目を使って間接的に資産の価値を減額します。同じ例では、借方に「減損損失 3,000,000円」、貸方に「減損損失累計額 3,000,000円」と仕訳します。この方法では、元の取得価額と減損の累計額を両方とも帳簿上で確認できる利点があります。

M&Aのデューディリジェンスで減損リスクを見抜く

特に巨額になりがちな「のれんの減損」は、M&Aの失敗に起因します。この致命的な失敗を避けるためには、買収前のデューディリジェンス(DD)の精度が決定的に重要です。DDとは、買収対象企業の価値やリスクを多角的に調査・分析するプロセスです。

財務DDでは、対象企業の収益性や事業計画の実現可能性を厳しく評価します。在庫の陳腐化や回収不能な売掛金など、資産が過大評価されていないかをチェックすることも重要です。また、貸借対照表に記載されていない隠れた債務やリスク(簿外債務や偶発債務)を発見することは、M&A後に事業計画を覆すような損失を防ぐために不可欠です。

法務DDでは、事業に必要な許認可の状況、重要な契約内容、コンプライアンス体制などを調査し、事業継続を脅かす法的リスクを洗い出します。事業DDでは、市場の成長性や競争環境を分析し、期待されるシナジー効果が本当に生まれるのかを客観的に評価します。

これらの徹底したDDを通じて、減損につながるリスクを事前に特定し、それを買収価格の交渉に反映させたり、契約書にリスク分担の条項を盛り込んだりすることで、将来の減損リスクを能動的にコントロールすることが可能になります。

まとめ

本記事では、複雑に見える「減損処理」について、その基礎から実践までを網羅的に解説しました。最後に、経営者やビジネスパーソンが押さえておくべき要点を再確認します。

減損処理は、保有資産の価値を経済的な実態に合わせて修正し、財務諸表の信頼性を高めるための不可欠な会計手続きです。短期的には特別損失の計上という痛みを伴いますが、過去の投資の失敗を清算し、将来の収益性を改善させる前向きな効果を持ちます。

この処理は、「資産のグルーピング」「減損の兆候の把握」「減損損失の認識」「減損損失の測定」という4つの厳格なステップに従って進められます。特に、認識のステップでは割引前の将来キャッシュ・フローを、測定のステップでは割引後の将来キャッシュ・フロー(回収可能価額)を用いるという違いの理解が重要です。

M&Aの活発化に伴い、「のれん」の減損リスクは増大しています。これはM&Aの失敗を意味し、買収前の徹底したデューディリジェンスが最大の防御策となります。減損損失は当期純利益を圧迫しますが、本業の儲けを示す営業利益やキャッシュ・フローに直接的な影響はありません。

また、日本基準とIFRSでは、のれんの償却の有無など、企業の利益に大きな影響を与える重要な違いが存在します。グローバルに事業を展開する企業や投資家は、この違いを正確に理解しておく必要があります。

減損処理を正しく理解することは、単に会計知識を習得することに留まりません。それは、自社の財政状態を客観的に見つめ、過去の経営判断の結果を真摯に受け止め、より強固で収益性の高い未来を築いていくための、全てのビジネスパーソンにとって必須の経営リテラシーと言えるでしょう。

この記事の投稿者:

hasegawa

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