複式簿記の書き方を解説！青色申告65万円控除へ導く

事業を始めたばかりの個人事業主やフリーランスの方が、まず直面する大きな壁の一つが経理業務です。その中でも「複式簿記」という言葉に、難しそうな印象を抱くかもしれません。

しかし、複式簿記を学ぶことは、単に帳簿をつける以上の、計り知れないメリットをあなたの事業にもたらします。それは、未来の経営を楽にし、手元に残るお金を最大化するための、最も確実な投資なのです。

最大のメリットは、青色申告による最大65万円の特別控除を受けられる点にあります。確定申告には白色申告と青色申告の2種類があり、青色申告を選ぶことで税制上の優遇措置が受けられます。

青色申告特別控除には10万円、55万円、65万円の3段階がありますが、55万円または65万円という高額な控除を受けるための絶対条件が、複式簿記による記帳なのです。

単式簿記でも10万円の控除は受けられますが、その差額は数十万円にもなります。複式簿記を学ぶ努力は、この大きな節税効果によって十分に報われるでしょう。

もう一つの重要なメリットは、事業の経営状況を正確に把握できることです。後述する単式簿記が単純なお金の出入りしか記録しないのに対し、複式簿記では資産や負債の状況までを詳細に記録します。

これにより、「貸借対照表」と「損益計算書」という、企業の健康診断書ともいえる重要な財務諸表を作成できます。

売上は好調なのに、なぜか手元にお金が残らない。そのような漠然とした不安も、複式簿記で作成した財務諸表を見れば、原因を突き止め、具体的な対策を立てることが可能になります。これは、感覚だけに頼らない、データに基づいた経営判断への第一歩です。

複式簿記は、単なる税金対策のツールではありません。あなたの事業の現状を映し出し、未来の進むべき道を示す羅針盤となるのです。

複式簿記の基本の「き」- 単式簿記との決定的な違い

複式簿記を理解するために、まずはよりシンプルな「単式簿記」との違いから見ていきましょう。この二つの違いを理解することが、複式簿記の本質を掴むための鍵となります。

単式簿記は、一つの取引に対して一つの側面だけを記録する方法です。最も身近な例は、お小遣い帳や家計簿です。「食費として1,000円支払った」「給料が20万円入金された」というように、お金の収入と支出だけを時系列で記録していきます。

この方法は非常にシンプルで直感的に理解しやすいのが特徴です。しかし、その取引によって財産全体がどう変化したのかまでは分かりません。例えば、10万円のパソコンを現金で買った場合、単式簿記では「現金が10万円減った」という事実しか記録されません。

一方、複式簿記は、「原因」と「結果」という二つの側面から捉えて記録する方法です。これが「複式」と呼ばれる所以です。先ほどの例で考えてみましょう。「10万円のパソコンを現金で買った」という取引は、複式簿記では「パソコン（備品という資産）が10万円増えた」という原因と、「現金（資産）が10万円減った」という結果の二つの側面から考えます。

このように、お金の動きだけでなく、それに伴う財産の変動も同時に記録します。この二面的な記録方法により、単式簿記では作成できない「貸借対照表」という財産の一覧表を作成できるようになります。貸借対照表を見れば、ある時点で事業がどれだけの資産（現金、商品、備品など）を持ち、どれだけの負債（借金など）を抱えているかが一目でわかります。

この違いは、事業を運営する上で決定的な差を生みます。単式簿記は事業を「お金の出入りがある貯金箱」として見るのに対し、複式簿記は事業を「資産や負債を含む一つの生命体」として捉えるための、より高度な視点を提供してくれるのです。

これだけは押さえたい！複式簿記の心臓部「借方・貸方」と5つの要素

複式簿記の具体的な書き方に進む前に、その中心的なルールである「借方・貸方」と、すべての取引を分類するための「5つの要素」について理解する必要があります。ここが複式簿記の最も重要な基礎となります。

「借方（かりかた）」と「貸方（かしかた）」の簡単な覚え方

複式簿記では、すべての取引を帳簿の左側と右側に分けて記入します。この左側を「借方（かりかた）」、右側を「貸方（かしかた）」と呼びます。

この言葉の由来は古く、現代の取引内容とは必ずしも一致しないため、意味を深く考えると混乱してしまうかもしれません。そこで、まずは「左が借方、右が貸方」というルールを覚えることが重要です。

初心者の方がつまずきやすいこの左右の区別には、簡単な覚え方があります。ひらがなの文字の形に注目する方法です。「かりかた」の「り」は、文字の最後が左に向かってはらっています。だから借方は左側。「かしかた」の「し」は、文字の最後が右に向かってはらっています。だから貸方は右側、と覚えるのです。

この覚え方を使えば、左右を間違うことなくスムーズに作業を進めることができます。

すべての取引の分類先「簿記の5要素」

複式簿記では、事業におけるすべての取引を、以下の5つのグループのいずれかに分類します。これを「簿記の5要素」と呼びます。

一つ目は「資産」です。これは会社や個人事業主が所有するプラスの財産を指し、現金、預金、売掛金（未回収の売上代金）、建物、備品などが含まれます。

二つ目は「負債」です。これはいずれ返済する必要があるマイナスの財産で、借入金、買掛金（未払いの仕入代金）、未払金などが含まれます。

三つ目は「純資産（資本）」です。これは資産の総額から負債の総額を差し引いた、正味の財産を意味します。個人事業主の場合は「元入金」がこれにあたります。

四つ目は「収益」です。これは事業活動によって得られた収入のことで、売上、受取利息、雑収入などが含まれます。

五つ目は「費用」です。これは収益を得るためにかかったコストを指し、仕入、給料、家賃、水道光熱費、交通費などが含まれます。

そして、これらの5つの要素が取引によって増えたり減ったりしたときに、借方と貸方のどちらに記入するかが、厳密なルールによって決まっています。このルールをまとめたのが以下の表です。この表は、複式簿記を実践する上での「羅針盤」となるため、いつでも参照できるようにしておくことをお勧めします。

要素のグループ	借方（左側）に記入する場合	貸方（右側）に記入する場合
資産	増加	減少
負債	減少	増加
純資産	減少	増加
費用	発生（増加）	（通常は発生しない）
収益	（通常は発生しない）	発生（増加）

例えば、「現金（資産）が増えた」場合は、借方（左側）に記入します。「借入金（負債）が増えた」場合は、貸方（右側）に記入します。このルールに従って取引を記録していくことで、帳簿の正確性が保たれるのです。

実践！取引別に見る複式簿記の書き方【具体例】

理論を学んだところで、いよいよ実践です。日々の事業活動で発生する様々な取引が、複式簿記でどのように記録されるのかを具体例で見ていきましょう。この記録作業を「仕訳（しわけ）」と呼びます。一つ一つの仕訳は、「なぜ（原因）、何が（結果）どうなったのか」を表現しています。

売上と入金に関する仕訳

事業の基本である売上に関する取引です。

商品を10万円で販売し、現金で代金を受け取った場合

この取引は、「売上（収益）が10万円発生した」という原因と、「現金（資産）が10万円増加した」という結果に分けられます。

借方	金額	貸方	金額
現金	100,000	売上	100,000

資産である「現金」が増加したので借方（左）に、収益である「売上」が発生したので貸方（右）に記入します。

商品を30万円で販売し、代金は翌月末に受け取る約束をした（掛売り）場合

この場合、まだ現金は入ってきていませんが、将来代金を受け取る権利である「売掛金」という資産が増加します。

借方	金額	貸方	金額
売掛金	300,000	売上	300,000

資産である「売掛金」が増加したので借方（左）に、収益である「売上」が発生したので貸方（右）に記入します。

例2の売掛金30万円が、普通預金口座に振り込まれた場合

売掛金という権利が消滅し、代わりに普通預金という資産が増加します。

借方	金額	貸方	金額
普通預金	300,000	売掛金	300,000

資産である「普通預金」が増加したので借方（左）に、資産である「売掛金」が減少したので貸方（右）に記入します。

仕入と経費に関する仕訳

収益を得るために必要な仕入や経費の支払いです。

商品5万円分を仕入れ、現金で支払った場合

「仕入（費用）が5万円発生した」という原因と、「現金（資産）が5万円減少した」という結果です。

借方	金額	貸方	金額
仕入	50,000	現金	50,000

費用である「仕入」が発生したので借方（左）に、資産である「現金」が減少したので貸方（右）に記入します。

取引先への移動で電車代1,500円を現金で支払った場合

経費である「旅費交通費」が発生しました。

借方	金額	貸方	金額
旅費交通費	1,500	現金	1,500

費用である「旅費交通費」が発生したので借方（左）に、資産である「現金」が減少したので貸方（右）に記入します。

事務所の家賃8万円が普通預金から引き落とされた場合

経費である「地代家賃」が発生しました。

借方	金額	貸方	金額
地代家賃	80,000	普通預金	80,000

費用である「地代家賃」が発生したので借方（左）に、資産である「普通預金」が減少したので貸方（右）に記入します。

資産と負債に関する仕訳

設備投資や資金調達など、財産構成が変化する取引です。

事業用のパソコン20万円を現金で購入した場合

パソコンは長期間使用するため「備品」という資産として計上します。

借方	金額	貸方	金額
備品	200,000	現金	200,000

資産である「備品」が増加したので借方（左）に、資産である「現金」が減少したので貸方（右）に記入します。

銀行から運転資金として100万円を借り入れ、普通預金に入金された場合

「借入金」という負債が増加します。

借方	金額	貸方	金額
普通預金	1,000,000	借入金	1,000,000

資産である「普通預金」が増加したので借方（左）に、負債である「借入金」が増加したので貸方（右）に記入します。

借入金の返済として、元金5万円と利息5,000円が普通預金から引き落とされた場合

元金の返済と利息の支払いは分けて考えます。利息は費用です。

借方	金額	貸方	金額
借入金	50,000	普通預金	55,000
支払利息	5,000

負債である「借入金」が減少したので借方（左）に、費用である「支払利息」が発生したので借方（左）に記入します。その合計額だけ資産である「普通預金」が減少したので貸方（右）に記入します。

個人事業主特有の仕訳

法人にはない、個人事業主ならではの取引です。

事業の運転資金として、個人の貯金から30万円を事業用の口座に入金した場合

これは事業主が事業にお金を「貸した」と考え、「事業主借」という勘定科目を使います。

借方	金額	貸方	金額
普通預金	300,000	事業主借	300,000

資産である「普通預金」が増加したので借方（左）に、負債に似た性質を持つ「事業主借」が増加したので貸方（右）に記入します。

事業用の口座から生活費として10万円を引き出した場合

これは事業が事業主に資金を「貸した」と考え、「事業主貸」という勘定科目を使います。

借方	金額	貸方	金額
事業主貸	100,000	普通預金	100,000

資産に似た性質を持つ「事業主貸」が増加したので借方（左）に、資産である「普通預金」が減少したので貸方（右）に記入します。

年度の整理仕訳

決算時に行う特殊な仕訳です。

期末に商品の在庫を数え、50万円分あった（棚卸）場合

期末に残った在庫は「棚卸資産」として資産に計上します。

借方	金額	貸方	金額
棚卸資産	500,000	期末商品棚卸高	500,000

資産である「棚卸資産」が増加したと考え、借方（左）に記入します。

建物の価値の減少分として、減価償却費15万円を計上した場合

建物や備品などの高額な資産は、使用することで価値が減少していきます。その減少分を費用として計上します。

借方	金額	貸方	金額
減価償却費	150,000	建物	150,000

費用である「減価償却費」が発生したので借方（左）に、資産である「建物」が価値の分だけ減少したので貸方（右）に記入します。

日々の記録から決算書へ – 貸借対照表と損益計算書の作り方と見方

日々の取引を一つ一つ仕訳していく地道な作業は、最終的に二つの重要な報告書、「貸借対照表」と「損益計算書」を作成するためにあります。これらは財務諸表と呼ばれ、事業の成績表であり健康診断書です。

まず、日々の仕訳は「仕訳帳」という帳簿に日付順に記録されます。次に、仕訳帳に記録された内容は、勘定科目ごとに「総勘定元帳」へ転記されます。例えば、「現金」の総勘定元帳を見れば、一年間の現金のすべての増減とその理由が一覧でわかるようになります。

そして、この総勘定元帳に集計された最終的な残高をもとに、決算時に以下の二つの書類が作成されます。

貸借対照表（B/S）：財政状態のスナップショット

貸借対照表（Balance Sheet、略してB/S）は、決算日という特定の一時点における会社の財政状態を示す書類です。いわば、事業の「スナップショット（写真）」のようなものです。

貸借対照表は、左側に「資産」、右側に「負債」と「純資産」が記載され、左右の合計金額は必ず一致します。

左側（資産の部）は、会社がどのように資金を運用しているかを示します。現金、預金、売掛金、商品、建物、備品などがここに並びます。

右側（負債・純資産の部）は、会社がどのように資金を調達したかを示します。負債は他人から調達した資金（借入金など）、純資産は自己資本（元入金や利益の蓄積）です。

このB/Sを見ることで、事業の安全性や体力（自己資本が厚いか、借金が多くないかなど）を判断することができます。

損益計算書（P/L）：経営成績のビデオ

損益計算書（Profit and Loss Statement、略してP/L）は、一会計期間（通常は1年間）における会社の経営成績を示す書類です。一年間の活動を記録した「ビデオ」に例えられます。

損益計算書は、主に3つの要素で構成され、最終的にどれだけ利益が出たか（または損失が出たか）を示します。「収益」は1年間でどれだけ稼いだか（売上など）を示します。「費用」は収益を得るためにどれだけコストがかかったか（仕入、人件費、家賃など）です。そして「利益」は、収益から費用を差し引いた儲けを意味します。

このP/Lを見ることで、事業の収益性や成長性を把握することができます。

二つの書類のつながり

貸借対照表と損益計算書は独立したものではなく、密接につながっています。損益計算書で計算された最終的な利益（当期純利益）は、貸借対照表の純資産の一部（利益剰余金）に加算されます。

つまり、1年間の経営活動（P/L）の成果が、期末の財産（B/S）に反映されるのです。このつながりを理解することで、事業のお金の流れをより深く、立体的に捉えることができるようになります。

複式簿記の「つまずきポイント」と、それを乗り越えるための現代的解決策

ここまで複式簿記の仕組みとメリットを解説してきましたが、多くの初心者がつまずきやすいポイントがあるのも事実です。しかし、現代にはこれらの困難を乗り越えるための強力なツールが存在します。

初心者がつまずきやすいポイント

一つ目のポイントは、記帳作業が煩雑で時間がかかる点です。一つ一つの取引を借方・貸方に分け、勘定科目を考え、帳簿に記録していく作業は、慣れないうちは非常に時間がかかります。日々の業務が忙しいと、つい記帳を後回しにしてしまい、確定申告前に慌てることになりがちです。

二つ目は、勘定科目の選択に迷うことです。「この経費はどの勘定科目にすればいいのか？」という疑問は、初心者が必ず直面する問題です。勘定科目の選択を間違えると、経営状況を正しく把握できなくなる可能性があります。

三つ目は、手書きやExcelでのミスです。手書きやExcelで帳簿を作成する場合、転記ミスや計算式の入力ミスが発生するリスクが常に伴います。一つのミスが帳簿全体のズレにつながり、原因究明に多大な時間を費やすことも少なくありません。

四つ目は、事業用とプライベートの区別の難しさです。個人事業主の場合、事業用の支出と生活費の区別が曖昧になりがちです。これを明確に分けて管理するのは意外と手間がかかります。

現代的な解決策：会計ソフトの活用

これらの「つまずきポイント」を解決し、複式簿記のデメリットをほぼ解消してくれるのが、クラウド会計ソフトです。

会計ソフトを導入すると、以下のようなメリットがあります。まず、仕訳が自動化されます。銀行口座やクレジットカードを連携させれば、取引データが自動で取り込まれ、AIが勘定科目を推測して仕訳の候補を提案してくれます。利用者はそれを確認・承認するだけで記帳が完了します。

次に、専門知識が少なくても安心です。画面の案内に従って入力するだけで、複式簿記のルールに沿った帳簿が自動で作成されます。簿記の知識に自信がなくても、安心して青色申告（65万円控除）に必要な書類を作成できます。

さらに、ミスを防止できる点も大きなメリットです。自動計算や転記により、手作業で起こりがちなヒューマンエラーを大幅に削減できます。

加えて、いつでもどこでもアクセス可能です。クラウド型なので、インターネット環境があればパソコンやスマートフォンからいつでも帳簿の確認や入力が可能です。

日本で人気のクラウド会計ソフトには、「freee会計」「マネーフォワード クラウド確定申告」「やよいの青色申告 オンライン」などがあります。

それぞれに特徴があり、初心者向けのシンプルな操作性のものや、多機能で連携サービスが充実しているものなど様々です。多くは無料のお試し期間を設けているため、実際に使ってみて自分に合ったソフトを選ぶのが良いでしょう。

複式簿記の概念を理解することは重要ですが、その実践においては、これらの便利なツールを積極的に活用することが、現代の事業主にとって最も賢明で効率的な選択と言えます。

まとめ

複式簿記は、一見すると複雑で難解に思えるかもしれません。しかし、その本質は、事業活動を「原因」と「結果」の二つの側面から正確に捉え、財産の全体像を明らかにするための、非常に合理的でパワフルなシステムです。

この記事で解説した要点を再確認しましょう。複式簿記を実践することで、最大65万円の青色申告特別控除という大きな節税メリットを享受できます。また、貸借対照表や損益計算書が作成可能になり、事業の財政状態と経営成績を正確に把握し、データに基づいた意思決定ができるようになります。

さらに、「借方・貸方」や「5つの要素」といった基本ルールを理解すれば、すべての取引を論理的に整理することができます。記帳の煩雑さや専門知識への不安は、クラウド会計ソフトを活用することで大幅に軽減できる点も重要です。