
いまの厳しいビジネス環境のなかで、一から新しい事業を立ちあげることは、荒野を素手で耕すような困難をともないます。もし、すでに利益を生みだしている仕組みや、熟練したスタッフ、そして長年つちかわれた顧客との信頼関係を、そのまま手に入れることができたらどうでしょうか。
事業譲受を活用すれば、あなたは数年かかるはずの成長を、たった数ヶ月という驚異的なスピードで実現できます。競合他社が試行錯誤を繰り返しているあいだに、あなたはすでに完成されたエンジンを手に入れ、一気に市場の先頭へと躍り出ることができるのです。これは、単なる資産の購入ではなく、未来の成功への時間を買う最も賢い投資といえます。
たとえば、あるソフトウェア会社は、営業力の強い販売代理店部門を譲り受けることで、開発に専念しながら利益率を大幅に向上させました。これらの成功は、正しい知識を持ち、リスクをコントロールする術を知っていたからこそ成し遂げられたものです。本文では、実務の最前線で使われる手法を、専門用語をかみ砕いて具体的にお伝えします。
「自分のような規模の会社でもできるだろうか」と不安に思うかもしれません。しかし、事業譲受は、会社全体を買いとる株式譲渡にくらべて、「自分に必要な分だけ」を切りとって選べる、非常に安全で再現性の高い手法です。相手の会社の過去の負債やトラブルを切り離し、きれいな資産だけを引き継ぐことができるため、はじめてM&Aを検討する方にこそ適しています。難しい法律や会計の壁も、一つひとつ手順を追えば必ず乗り越えられます。あなたも、このガイドを羅針盤にして、最短ルートでビジネスを次のステージへ進める第一歩を踏み出しましょう。
目次
事業譲受とは何か?株式譲渡と比較してわかる基礎知識
事業譲受とは、ある会社が展開している事業の一部、あるいはすべてを契約によって譲り受ける手法です。M&A(合併・買収)の世界では非常によく使われる言葉ですが、似た言葉である「株式譲渡」とは性質が大きく異なります。まずは、その本質的な違いを理解することから始めましょう。
事業全体ではなく「事業のパーツ」を譲り受ける仕組み
事業譲受の最大の特徴は、取引の対象が「会社」ではなく「事業」である点にあります。たとえば、ある会社が「飲食店事業」と「不動産管理事業」の二つを営んでいるとします。あなたが飲食店だけを拡大したいと考えたとき、その会社の飲食店部門だけを指名して買い取ることができるのが事業譲受です。
このとき、譲り受ける対象は多岐にわたります。
- 店舗や工場などの目に見える設備
- 在庫商品や原材料
- 特許権や商標権などの知的財産
- 顧客リストやノウハウ
- 従業員との労働関係(個別の同意が必要)
このように、事業を構成するさまざまな「パーツ」をリストアップし、それらをまとめて譲り受ける契約を結びます。買い手にとっては、不要な資産にお金を払う必要がなく、自社の戦略に必要なものだけを効率的に取り込める合理的な仕組みといえます。
包括承継と特定承継の決定的な違い
専門的な言葉ですが、「包括承継(ほうかつしょうけい)」と「特定承継(とくていしょうけい)」の違いを理解することは、経営上のリスク管理において極めて重要です。
株式譲渡は「包括承継」にあたります。これは、会社のオーナーが変わるだけで、会社が抱えるすべての権利と義務が、丸ごと新しいオーナーに移ることを意味します。もし、その会社に隠れた借金(簿外債務)や、将来裁判になるかもしれないトラブルがあった場合、それらも自動的に引き継いでしまいます。
一方、事業譲受は「特定承継」です。これは、契約書に書き出した資産や義務だけをピンポイントで引き継ぐ方式です。契約書に載っていない負債やトラブルは、原則として引き継ぐ必要がありません。この「特定のものを指定して引き継ぐ」という性質が、事業譲受に圧倒的な安全性をもたらしています。過去のしがらみを断ち切り、クリーンな状態で新しいスタートを切れることが、多くの経営者に選ばれる理由です。
買い手が事業譲受を選ぶべき4つの圧倒的なメリット
事業譲受には、経営のスピードと安全性を両立させるための強力なメリットがいくつも備わっています。これらを正しく活用することで、投資のリスクを最小限に抑えつつ、リターンを最大化することが可能です。
簿外債務を引き継がない「高い安全性」
もっとも大きなメリットは、なんといってもリスクの遮断です。中小企業のM&Aにおいてもっとも恐ろしいのは、買収したあとになって発覚する「未払いの残業代」や「粉飾決算による借入金」、「係争中の損害賠償」などです。株式譲渡では、これらを完全に予見することは難しく、発覚したときには手遅れというケースも少なくありません。
しかし、事業譲受であれば、こうした目に見えない負債を物理的に切り離すことができます。あなたが譲り受けるのは、あくまで「契約書に明記された資産」だけです。相手の会社が過去にどのような問題を抱えていようとも、それを引き継がないという意思表示を契約に込めることができます。この安心感は、特に保守的な成長戦略を好む経営者にとって、何物にも代えがたい価値となります。
必要な資産や人材だけを厳選できる「柔軟性」
事業譲受は、いわば「ビュッフェ形式」の買収です。相手の会社がもっているリソースの中から、自社の成長に本当に必要なものだけをピックアップできます。
- 特定の地域にある店舗網だけがほしい
- 優秀なエンジニアチームだけを自社に迎えたい
- 希少な製造免許や特許だけを買い取りたい
このような、ピンポイントなニーズに応えられるのが事業譲受の強みです。余計な不採算部門や、維持費だけがかかる古い設備などを引き取る必要はありません。投資効率を極限まで高め、自社の既存事業と化学反応を起こしやすい部分だけを抽出できる柔軟性が、無駄のない成長を支えます。
税務上の大きな武器になる「のれん」の魔法
会計や税務の面でも、事業譲受は買い手に有利な仕組みをもっています。その象徴が「のれん(営業権)」です。事業を譲り受ける際、その事業の純粋な資産価値(時価)よりも高い金額を支払うことがあります。この差額が「のれん」であり、ブランド力や顧客基盤、ノウハウといった「目に見えない価値」に対する対価です。
税務上、こののれんは「資産調整勘定」として扱われ、通常は60ヶ月(5年)にわたって均等に償却することができます。つまり、毎年支払う法人税を計算する際に、のれんの償却分を費用として計上し、利益を圧縮できるのです。これにより、実際に手元に残る現金(キャッシュフロー)を増やすことができます。株式譲渡では、株を買った代金を費用にすることはできないため、この節税効果は事業譲受ならではの大きな特権です。
新規事業立ち上げの時間を大幅に短縮できる「即戦力性」
新しい市場に参入しようとしたとき、スタッフを募集し、教育し、店舗を借り、什器をそろえ、集客を始めるまでには、膨大な月日が流れます。その間に市場環境が変わってしまうこともあるでしょう。事業譲受を使えば、昨日まで他社が運営していた「完成された事業」を、今日から自社のものとして動かせます。
すでにトレーニングされたスタッフがいて、長年通ってくれる常連客がいて、信頼できる仕入先とのルートも確立されている。この「明日から売上があがる状態」を買い取れることこそが、タイム・イズ・マネーを地で行く経営戦略となります。競合他社に先んじて市場のシェアを奪い取るための、最短のチケットが事業譲受なのです。
検討前に必ず確認したい事業譲受のリスクと回避策

どんなに優れた手法にも、影の部分は存在します。事業譲受においてもっとも注意すべきは、特定承継であるがゆえの「手続きの重さ」です。ここを軽視すると、せっかく手に入れた事業が砂のように崩れてしまうことがあります。
従業員の離職を防ぐためのコミュニケーション術
事業譲受において、もっともデリケートなのが「人」の問題です。株式譲渡とは違い、従業員との雇用契約は自動的には引き継がれません。買い手であるあなたと、一人ひとりが改めて雇用契約を結び直す必要があります。このとき、従業員は「会社が変わって給料が下がるのではないか」「新しい社長は怖い人ではないか」という強い不安を感じます。
もし、キーマンとなる優秀なスタッフがこのタイミングでやめてしまったら、事業の価値は半減してしまいます。彼らの不安を解消するためには、早い段階での丁寧な説明と、誠実な条件提示が欠かせません。
- これまでの功績を尊重する姿勢を見せる
- 新しい環境でのキャリアパスを具体的に示す
- 福利厚生や処遇について、可能な限り不利益を与えない工夫をする
「人は感情で動く資産である」ということを肝に銘じ、事務的な手続き以上の熱量をもって、新しい仲間を迎え入れる準備をしましょう。
取引先との契約再締結に伴う手続きの煩雑さ
資産や負債を選べるということは、裏を返せば、すべての契約を一つずつ結び直さなければならないということです。これを「個別合意」と呼びます。
- 原材料の仕入先との基本合意
- 店舗や事務所の賃貸借契約
- 銀行との取引口座
- リース会社との契約
これらすべてに対して、相手側の承諾を得る必要があります。もし、重要な仕入先が「新しい会社とは取引したくない」と言い出せば、事業の継続が危ぶまれます。
特に、許認可が必要な業種(建設業や飲食業、産業廃棄物収集運搬など)では、免許の取り直しが必要になるケースが多いです。免許がおりるまでの空白期間に営業ができなくなるという事態を避けるため、事前のスケジュール管理を徹底しなければなりません。
競業避止義務による元オーナーの活動制限
事業を譲り受けたあと、すぐ近くで元オーナーが同じような商売を始めたらどうなるでしょうか。顧客は、顔なじみの元オーナーについていってしまうかもしれません。これを防ぐために、法律(商法・会社法)では「競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)」というルールが定められています。
原則として、譲渡した側は、同じ市区町村および隣接する市区町村で、20年間は同一の事業を行ってはいけないとされています。しかし、現代のネットビジネスなどでは、市区町村という縛りだけでは不十分なこともあります。契約書を作成する際には、法律に任せるだけでなく、具体的な禁止範囲や期間を明確に定めるべきです。譲り受けた事業の「果実」をしっかりと守るために、法的なガードを固めておくことは買い手の義務といえます。
成功を引き寄せる事業譲受の実務プロセス
事業譲受を成功させるためには、正しい手順を正しい順番で進める必要があります。焦りは禁物です。一つひとつのステップを丁寧に進めることが、最終的な成功への近道となります。
準備段階:目的の明確化と相手先の選定
まずは「なぜ事業譲受を行うのか」という目的を研ぎ澄ませてください。単に「売上を増やしたい」という漠然とした理由ではなく、「自社の物流網を活かして、地方のEC事業を再生させたい」といった具体的なシナジーを描くことが重要です。目的が明確であれば、相手探し(ソーシング)の基準がぶれなくなります。
相手先を探す際は、M&A仲介会社や銀行、マッチングサイトなどを活用します。このとき、相手企業の財務状況だけでなく、現場の雰囲気や企業文化にも目を向けてください。 数字の上では相性がよくても、現場の価値観が違いすぎると、譲受後の統合で苦労することになります。複数の候補を比較検討し、自社の未来にふさわしいパートナーを見極めましょう。
交渉と調査:デューデリジェンスで真実を見極める
気になる相手が見つかり、基本合意(大まかな条件の合意)を交わしたら、いよいよ「デューデリジェンス(買収監査)」の実施です。これは、買い手であるあなたが、専門家チームを引き連れて相手の事業を丸裸にするプロセスです。
デューデリジェンスの主なチェック項目
- 財務DD:帳簿に嘘はないか、在庫の価値は適正か、税金の未払いはないか。
- 法務DD:知的財産権の帰属は正しいか、未払いの残業代はないか、係争中のトラブルはないか。
- ビジネスDD:主要な顧客との関係性は良好か、現場の設備は老朽化していないか。
この調査には、時間とコストがかかります。しかし、ここで小さな違和感を見逃さないことが、数億円の損失を防ぐことにつながります。調査結果をもとに、当初提示した価格が妥当かどうかを最終判断し、必要であれば減額交渉を行います。
契約と実行:事業譲渡契約書の締結とクロージング
すべての調査が終われば、最終的な「事業譲渡契約書」を締結します。この契約書は、あなたの権利を守るための最後の砦です。譲渡対象となる資産の目録、従業員の移籍条件、表明保証(相手が提示した情報が真実であることの約束)、そして万が一問題が起きた際の補償内容などを、一言一句漏らさずに盛り込みます。
その後、株主総会の決議などの社内手続きを経て、対価の支払いと資産の引き渡しを行う「クロージング」を迎えます。クロージングはゴールではなく、新しい事業の「初日」です。お金を振り込んで終わりにするのではなく、同日からスムーズに運営を切り替えるための準備(システム設定や備品の用意など)を、あらかじめ完璧に整えておきましょう。
事業価値の決まり方と賢い税務・会計戦略
「いくらで買うのが正解か」という問いに、唯一の答えはありません。しかし、納得感のある価格を導き出すための、世界共通の物差しは存在します。
企業価値算定(バリュエーション)の代表的な3手法
事業の価値を決める方法は、大きく分けて3つのアプローチがあります。
- コストアプローチ(修正純資産法):事業が持っている資産(現金、在庫、設備など)から負債を引いた「純資産」をベースにする方法です。もっとも客観的で、中小企業のM&Aではベースの数字としてよく使われます。
- マーケットアプローチ(類似会社比較法):似たような業種や規模の会社が、市場でいくらで取引されているかを参考にする方法です。相場観を把握するのに役立ちます。
- インカムアプローチ(DCF法):その事業が将来生み出すキャッシュフローを予測し、現在の価値に引き直す方法です。もっとも理論的ですが、将来の予測が含まれるため、計算が複雑になります。
実務上は、これらを組み合わせながら、「修正純資産 + 営業権(のれん)」という式で計算することが一般的です。営業権は、通常「営業利益の2〜5年分」程度を乗せることが多いですが、成長性の高いIT事業などでは、より高い倍率になることもあります。
消費税の扱いやのれんの会計処理に関する注意点
事業譲受特有の注意点として、消費税の問題があります。株式譲渡には消費税がかかりませんが、事業譲受は「資産の売買」であるため、土地などの非課税資産を除き、建物や設備、棚卸資産、そして「のれん」に対しても消費税がかかります。
買い手は、購入代金に加えて消費税を支払う必要があります。一時的に多額のキャッシュが必要になるため、資金繰りには注意してください。ただし、自社が消費税の課税事業者であれば、支払った消費税は後で仕入税額控除として計算できるため、実質的な負担は中立になります。
また、会計上は「のれん」を20年以内に償却するというルールがありますが、税務上は「5年(60ヶ月)での均等償却」が義務付けられています。この「会計と税務のズレ」を正しく処理することも、賢い経営管理の一部です。専門の税理士と連携し、キャッシュフローを最大化するシミュレーションを行っておきましょう。
譲受後の統合(PMI)でシナジーを最大化する方法
M&Aの成功率は、半分以下とも言われます。その失敗のほとんどは、買った後の「統合プロセス(PMI)」で起きています。契約書にサインをした瞬間の高揚感を、いかに現場の実行力に変えていくかが勝負です。
100日プランで組織の信頼関係を構築する
統合後の最初の3ヶ月(100日間)は「ハネムーン期間」とも呼ばれ、組織を変革する最大のチャンスです。この期間に、新しい体制のビジョンを浸透させ、目に見える成果(クイックウィン)を出す必要があります。
- 新しい経営方針を全従業員に直接伝える
- ITシステムや経理ルールの統一に着手する
- 両社のスタッフを混ぜたプロジェクトチームを作る
「会社が変わって、仕事がやりやすくなった」と現場に実感させることができれば、統合は半分成功したようなものです。逆に、この時期に経営陣が現場に関心を向けないと、不安が不満に変わり、組織がバラバラになってしまいます。
異なる企業文化を融合させるためのマネジメント
どんなに小さな事業でも、そこには独自の「社風」や「阿吽の呼吸」があります。それを無視して自社のルールを強引に押しつけると、現場のモチベーションは一気に低下します。まずは相手側の文化を尊重し、なぜそのやり方をしていたのかを深く理解する努力をしてください。
シナジー(相乗効果)は、強制的に生み出すものではなく、お互いの強みを認め合う土壌から生まれます。「教える」のではなく「学び合う」姿勢で接することで、現場の知恵が引き出されます。異なる文化がぶつかり合い、新しい価値観が生まれるプロセスこそが、事業譲受による真の成長の源泉です。忍耐強く対話を続け、一つのチームを作り上げていきましょう。
まとめ
最後に、事業譲受を成功させるための重要なポイントを振り返ります。
- 事業譲受は「特定承継」であり、必要な資産だけを選び、負債を切り離せる安全な手法である。
- 「のれん」の償却による節税メリットを活かし、キャッシュフローを向上させることができる。
- 従業員との再契約や取引先の合意、許認可の取り直しなど、事務的なハードルは高い。
- デューデリジェンスを徹底し、目に見えないリスクを事前に洗い出すことが不可欠である。
- 成功の鍵は買った後のPMIにあり、最初の100日間で現場との信頼関係を築く必要がある。
事業譲受は、あなたの会社を劇的に進化させる「魔法の杖」ではありません。しかし、正しく使えば、自社の限界を超えた成長を可能にする最強の「加速装置」となります。この記事で得た知識を武器に、勇気を持って、かつ慎重に、新しい挑戦への扉を叩いてください。あなたの決断が、輝かしい未来を切り拓くことを信じています。



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