
事業を譲り渡すという大きな決断は、会社が新しいステージへと羽ばたくための最高のチャンスです。 正しい手順で手続きを完了させれば、不必要なリスクを排除し、手に入れた資金やリソースを次の成長へと最短距離でつなげることができます。
複雑になりがちな法的手続きを整理し、株主総会を適切に運営した上で、事業承継を円滑に進めるための具体的な方法を解説します。法律が求めるポイントを一つずつ押さえれば、誰でも間違いのない確実な手続きを再現することが可能です。
目次
事業譲渡における株主総会の本質的な役割と法的意義
事業譲渡という行為は、単なる資産の売買にとどまりません。それは会社の魂ともいえる事業そのものを他者に託すことであり、会社のあり方を根本から変えてしまう力を持っています。 だからこそ、会社法というルールの中で、株主総会という最高意思決定機関の承認が不可欠なプロセスとして位置づけられています。
所有と経営の分離に基づく意思決定の重要性
現代の株式会社においては、経営を行う取締役と、会社を所有する株主が明確に分かれています。 日々の細かい経営判断は取締役に任されていますが、会社の土台を揺るがすような重大な決定については、所有者である株主の判断を仰がなければなりません。
事業譲渡は、株主が投資した対象そのものが変化することを意味します。 例えば、飲食業を営んでいる会社がその事業をすべて譲渡してしまえば、株主は「飲食業を行う会社」に投資したはずが、いつの間にか「現金だけを持つ会社」の株主になってしまいます。 このような事態を防ぐために、株主が直接自分の意思を表明する場として株主総会が必要とされるのです。
株主の投資利益を保護するための最後の砦
株主は配当や将来の株価上昇を期待して、自分のお金を会社に預けています。 事業譲渡が行われる際、その譲渡価格が不当に安かったり、譲渡先の選定が不適切であったりすれば、株主は大きな損失を被る可能性があります。
株主総会は、経営陣が提案する事業譲渡のプランが、本当に会社や株主にとって利益になるのかを検証する場です。 厳しい質問が投げかけられることもありますが、それを乗り越えることで初めて、事業譲渡というプロジェクトに正当性が与えられます。 手続きを透明にすることは、経営陣自身を「独断で会社を私物化した」という批判から守ることにもつながるのです。
事業譲渡で株主総会決議が必要となる具体的な条件と基準
どのような規模の事業譲渡であっても、一律に株主総会が必要になるわけではありません。 会社法では、会社への影響度合いに応じて、決議が必要なケースと不要なケースを明確に区分しています。
譲渡会社において特別決議が必要な3つのパターン
事業を譲り渡す側、すなわち売り手の会社では、主に以下の3つのケースで株主総会の特別決議が義務付けられています。 これらは会社法第467条に定められており、一つでも該当すれば手続きを省くことはできません。
まず、事業の全部を譲渡する場合です。 これは会社が持っているすべての事業活動を他社に引き継ぐケースで、最も影響が大きいため、必ず総会の承認が必要です。 次に、事業の「重要な一部」を譲渡する場合です。 ここでいう重要とは、譲渡する資産の帳簿価額が、会社の総資産額の5分の1(20パーセント)を超えることを指します。
3つ目は、他の会社の事業全部を譲り受ける場合で、これも買い手側において大きな投資判断となるため、決議が必要となります。
重要な一部の譲渡における数値基準の詳細
「5分の1」という数字は、実務において非常に重要なデッドラインとなります。 計算の基礎となるのは、直近の決算期末における貸借対照表上の「総資産」です。 譲渡対象となる資産の「帳簿価額」を、この総資産で割った数値が20パーセントを超えるかどうかが焦点です。 もし、この基準をわずかでも超えていれば、どんなに急いでいても株主総会を開催しなければなりません。
ただし、数値だけで機械的に判断できないケースも存在します。 資産の価格は低くても、その事業が会社全体の利益の大部分を稼ぎ出している場合や、会社にとって象徴的なブランドを含んでいる場合は、慎重な法務判断が求められます。 実務上は、リスクを最小限にするために、基準に近い数値であれば株主総会を開催する方向で調整することが推奨されます。
手続きを簡略化できる簡易事業譲渡と略式事業譲渡の活用法
会社法には、一定の要件を満たす場合に限り、株主総会の決議を省略できる制度があります。 これらを上手く活用することで、事務コストを抑え、機動的な経営判断を実現することが可能になります。
簡易事業譲渡による迅速な意思決定の実現
簡易事業譲渡とは、取引の規模が会社全体に比べて小さいため、株主への影響が限定的であると判断される場合に使える制度です。 譲渡会社側では、前述した「重要な一部」に該当しない、つまり譲渡資産が総資産の5分の1以下であれば、取締役会の決議だけで事業譲渡を進められます。 また、譲受会社(買い手)側でも、支払う対価が純資産額の5分の1以下であれば、同様に株主総会を省略できます。
簡易手続きを利用できるメリットは、スケジュールの短縮にあります。 株主総会の招集通知を出す必要がなくなり、会議そのものの運営コストもゼロになります。 ただし、譲受会社において、反対株主が一定数(議決権の6分の1以上)に達した場合は、簡易手続きを中止して総会を開かなければならないという「逆転現象」がある点には注意が必要です。
略式事業譲渡によるグループ内再編の効率化
略式事業譲渡は、親会社と子会社の間など、圧倒的な支配関係がある場合に使用されるルールです。 一方の会社が、他方の会社の議決権の90パーセント以上を直接または間接に保有している場合、その子会社側での株主総会決議を省略できます。 90パーセント以上の株を持つ親会社が賛成していれば、結果は火を見るより明らかであるため、会議という形式を省いても良いという合理的な考えに基づいています。
略式手続きは、グループ内の組織再編や、100パーセント子会社の吸収、あるいは事業集約において極めて有効です。 余計な手続きを省くことで、統合後の相乗効果をいち早く引き出すことができます。
ただし、譲渡会社が公開会社であり、かつ事業の全部を譲渡するケースで、株主に対価として自社株以外が割り当てられる場合は、略式が使えないという細かい例外規定も存在します。 利用にあたっては、必ず定款と最新の株主名簿を確認し、正確な保有比率を算出することが欠かせません。
株主総会特別決議の厳格な要件と実務上の運営ポイント
事業譲渡の承認を得るために行われる株主総会の決議は、通常の決議よりも重い「特別決議」となります。 この壁を乗り越えるためには、事前の準備と、正確な議決権の集計が不可欠です。
特別決議における定足数と賛成数の数え方
特別決議が成立するためには、会社法で定められた高いハードルをクリアしなければなりません。 まず「定足数」として、議決権を行使できる株主の過半数が出席する必要があります。 その上で、出席した株主の議決権の「3分の2以上」の賛成を得ることで、初めて承認されます。
ここで注意すべきは、単なる「人数の3分の2」ではなく、「議決権の3分の2」であるという点です。 多くの株を持つ株主の賛成を1人分得ることは、小口の株主100人の賛成を得ることよりもはるかに大きな意味を持ちます。
定款によって定足数を3分の1まで引き下げることは可能ですが、賛成数の3分の2という割合を緩和することは法律上許されていません。 この厳しい条件は、少数株主が会社の重大な変化に対して一定の拒否権を持つことを保証するためのものです。
株主との対話を通じたスムーズな議事進行
株主総会を成功させるためには、当日の運営だけでなく、開催前の「根回し」や丁寧な説明が極めて重要です。 特に、大きな事業を手放すことに対して不安を感じている株主がいる場合、その懸念を解消するための材料を準備しておかなければなりません。 なぜ今、この事業を譲渡するのか。 譲渡先は信頼できる相手なのか。 譲渡で得た資金をどのように使い、会社の未来をどう描くのか。
これらの質問に対して、論理的かつ誠実に回答することで、株主の支持を取り付けることができます。 最近では、招集通知とともに事業譲渡の背景を詳しく解説した補足資料を送付する会社も増えています。 株主を「説得」するのではなく、「納得」してもらうという姿勢が、特別決議という高いハードルを越えるための最短ルートとなります。
反対株主を守るための株式買取請求権の手続きと実務対応
多数決によって事業譲渡が決まったとしても、それに賛成できない株主の権利は無視されません。 会社法は、反対株主に対し、自分の持ち株を適正な価格で会社に買い取ってもらう権利を認めています。
買取請求権の行使に向けた通知と公告の義務
会社は事業譲渡を行う際、株主に対してその旨を通知、あるいは広く知らせるための公告を行う義務があります。 この通知は、事業譲渡の効力が発生する日の20日前までに行わなければなりません。 これは、株主が買取請求権を行使するかどうかをじっくり考えるための期間を保証するためです。
通知を受けた株主が買取を希望する場合、効力発生日の前日までに、会社に対して反対の意思を示し、株式の買い取りを請求します。 会社はこの請求を拒否することはできません。 実務担当者は、この20日間というタイムリミットを厳格に管理し、いつ誰から請求が来たかを正確に記録する必要があります。
公正な価格の決定と裁判所による調停
株式の買取価格は、まず会社と株主の間で協議して決めます。 ここでいう価格は、事業譲渡がなければその株式が持っていたであろう「公正な価格」です。 しかし、双方の期待する価格が一致しないことは珍しくありません。 価格の合意ができない場合、効力発生日から30日以内に、裁判所に対して価格決定の申し立てをすることができます。
裁判所は、専門的な知見から株価を鑑定し、最終的な価格を下します。 会社側としては、多額の買取資金が必要になるリスクを事前に見積もっておく必要があります。 特に、事業譲渡に強く反対するグループが存在する場合、買取請求が殺到して会社の手元資金を圧迫する可能性があるため、資金調達の計画も含めて検討しておくべきです。
失敗しないための事業譲渡実務スケジュールと書類作成の秘訣

事業譲渡の手続きは、多くの法的期限が絡み合う複雑なパズルのようなものです。 全体像を把握し、逆算してスケジュールを組むことが、ミスのない完遂への第一歩です。
準備開始から効力発生日までの標準的なタイムライン
事業譲渡のプロセスは、通常、相手企業との基本合意から始まります。 その後、詳細な調査を経て事業譲渡契約を締結し、ここから法的な手続きが本格化します。 以下に、一般的なスケジュール感を示します。
まず、取締役会で契約の承認と株主総会の招集を決定します。 そこから招集通知を発送し、最短でも1週間から2週間の期間をおいて株主総会を開催します。 総会で承認が得られたら、次に反対株主への通知や、必要に応じて債権者保護手続きを行います。
これらの手続きには20日間から1ヶ月以上の期間を要するため、全体では少なくとも2ヶ月から3ヶ月の期間を確保しておくのが理想的です。
備置書類と議事録に記載すべき必須項目
会社法では、株主や債権者が取引の内容を確認できるように、特定の書類を本店に備え置くことを義務付けています。 これを「事前備置書類」と呼びます。 これには、事業譲渡契約の内容、譲渡の理由、対価の妥当性に関する事項などを詳しく記載しなければなりません。
また、株主総会が終わった後は、その経過を記録した「株主総会議事録」を作成します。 議事録には、出席した取締役の数、議決権の総数、どのような質問が出て、どのように決議されたかを一言一句漏らさず、かつ簡潔にまとめます。
この議事録は、事業譲渡に伴う各種の名義変更や登記手続き、あるいは後の法的トラブルにおける強力な証拠書類となります。 適当に作成するのではなく、法律の要件を満たした形式で作成することが、企業の身を守る盾となります。
事業譲渡の効力を揺るがす手続き不備のリスクと回避策
どれほど綿密な戦略に基づく事業譲渡であっても、手続きに不備があれば重大な支障が生じる可能性があります。ここでは、実務上特に注意すべきリスクと、その回避方法を解説します。
株主総会決議を欠いた譲渡が無効となる致命的な事態
もし、株主総会の特別決議が必要なケースであるにもかかわらず、その手続きを飛ばしてしまった場合、どうなるでしょうか。 判例によれば、そのような事業譲渡は原則として「無効」とされます。 無効になると、すでに相手企業に渡った事業や資産をすべて元に戻さなければなりません。 一度動き出したビジネスを止めて元に戻すのは、物理的にも経済的にも極めて困難な作業です。
さらに、譲渡を信じて準備を進めていた譲受会社(買い手)からは、巨額の損害賠償を請求されることになります。 「手続き上のミスだから」では済まされない損害が発生し、経営陣は株主から代表訴訟を起こされるリスクにも晒されます。 一つの「確認漏れ」が、会社の存続を揺るがす大事件に発展しかねないのです。
リーガルチェックの徹底と専門家の伴走
手続きのミスを防ぐ唯一の方法は、徹底したリーガルチェックです。 自社の定款、過去の決算書、株主名簿をすべて机の上に並べ、一つひとつの基準をクリアしているかを確認します。 特に、譲渡対象の資産評価については、専門の鑑定士や会計士の意見を仰ぎ、客観的な数値を根拠にすることが重要です。
また、弁護士などの法律の専門家に最初から相談し、スケジュールの策定や書類の作成を依頼することをお勧めします。 専門家は、過去の失敗事例や最新の法改正を熟知しているため、素人では気づかない「落とし穴」を事前に察知してくれます。 事業譲渡を成功させるための投資として、プロの力を借りることは、結果として最も安上がりで安全な道となります。
事業譲渡と他のM&A手法における株主総会手続きの違い
事業譲渡を進める際、他の手法(株式譲渡、合併、会社分割)と何が違うのかを理解しておくことは、最適な戦略を選ぶために役立ちます。
株式譲渡との比較:手続きの重さの違い
株式譲渡は、株主が持っている株を他者に売るだけの手続きです。 原則として、会社そのものの意思決定である株主総会は不要です(譲渡制限株式の場合は取締役会の承認が必要)。 これに比べると、事業譲渡は会社が主体となって行う取引であるため、株主総会が必要になるという点で手続きは重くなります。
しかし、事業譲渡には「特定の負債を引き継がなくて済む」という大きなメリットがあるため、あえて重い手続きを選んででも実施する価値があるのです。
合併・会社分割との比較:包括承継と特定承継
合併や会社分割は、権利や義務が丸ごと引き継がれる「包括承継」です。 これに対し、事業譲渡は選んだ資産だけを移転する「特定承継」と呼ばれます。 手続きの面では、合併なども原則として株主総会の特別決議が必要ですが、債権者保護手続きの内容や、労働契約の承継ルールが大きく異なります。
事業譲渡では、従業員の転籍に一人ひとりの同意が必要になるなど、現場レベルでの実務はより細かくなる傾向があります。 どの手法が自社にとって最適かは、単に株主総会の有無だけでなく、こうした現場の負担も考慮して決めるべきです。
従業員の待遇と債権者への対応:株主総会以外の重要実務
株主総会で承認を得ることはゴールではありません。 事業譲渡を実務として完結させるためには、従業員や取引先といった「人」への配慮が不可欠です。
従業員への説明と個別同意の取得プロセス
事業譲渡では、従業員の雇用契約は自動的には引き継がれません。 譲渡先の会社で働くためには、従業員一人ひとりと新しい契約を結ぶか、転籍に関する同意を得る必要があります。 株主総会で承認が得られたとしても、現場の従業員が納得していなければ、キーマンが離職して事業価値が下がってしまう恐れがあります。
経営陣は、株主総会の開催と並行して、従業員に対しても真摯な説明を行うべきです。 なぜ事業を譲渡するのか、新しい環境での待遇はどうなるのか、彼らの不安に寄り添うことが事業譲渡の真の成功を左右します。 法的な義務だけでなく、組織を支える人間への敬意を忘れないことが、スムーズな承継のポイントです。
債権者への通知と個別の承継手続き
事業譲渡では、借入金や買掛金などの負債も、債権者の同意を得て一つずつ引き継ぐ必要があります。 合併のように自動で移転するわけではないため、主要な取引先や銀行とは事前に十分な打ち合わせをしておかなければなりません。
もし重要な債権者が承継を拒否すれば、その負債は譲渡会社に残ったままとなり、清算手続きに支障をきたすこともあります。 株主総会の決議と同時に、こうした対外的な調整を同時並行で進めることが、実務担当者の腕の見せ所となります。
まとめ:確実な事業譲渡のために守るべき要点
事業譲渡という大きな冒険を成功させるためには、株主総会というコンパスを正しく使いこなすことが不可欠です。 一つひとつの手続きは細かく、時には面倒に感じることもあるかもしれません。 しかし、そのすべての工程は、会社の未来を守り、株主の信頼に応えるための大切なステップです。
最後に、これまでの内容を端的に振り返ります。
- 会社の全部または重要な一部(総資産の5分の1超)を譲渡するなら、特別決議は必須です。
- 簡易・略式の要件を正しく把握し、使える場合は効率的に活用しましょう。
- 反対株主には誠実に対応し、20日前までの通知を徹底してトラブルを防いでください。
- スケジュールは余裕を持って組み、取締役会議事録や株主総会議事録を正確に作成しましょう。
- 手続きのミスは「無効」という最悪の結果を招くため、専門家のチェックを欠かさないでください。
正しい知識を持って挑めば、事業譲渡は決して怖いものではありません。 ここで示した手順を順に実行することで、事業承継を着実に進めることができます。自社の状況を整理し、次の行動に移していきましょう。



株式分割とは?仕組みやメリットをわかりやすく解説!株価への影…
憧れの優良株を手軽に購入して将来の資産を大きく育てたいと願う投資家は非常に多いです。株式分割の仕組み…