
長年ビジネスの現場で使われてきた約束手形が、政府主導で廃止に向けた取り組みが進んでいることをご存知でしょうか。手形廃止の流れを正しく理解することで、自社の資金繰り改善や取引先との交渉を有利に進めるチャンスが生まれます。この記事では手形廃止の背景・スケジュール・電子記録債権(でんさい)への移行方法まで、企業の実務担当者が知るべき情報をすべて網羅します。手形からの移行は手続きが複雑に思えますが、ステップを踏めば誰でも対応できます。ぜひ最後まで読んで、自社の対応計画にお役立てください。
目次
手形廃止とは何か|政府・経済産業省が主導する背景と目的
約束手形(以下「手形」)は、発行者(振出人)が受取人に対して、将来の一定日(満期日)に一定金額を支払うことを約束した有価証券です。戦後日本の経済成長を支えた支払い手段として広く普及しましたが、2020年代に入り政府主導で廃止の方向性が示されました。
【廃止推進の背景】
手形廃止を推進する主な理由は以下のとおりです。
①下請け企業の資金繰り負担:手形は発行から支払いまで60〜120日かかるのが一般的です。この間、受取側の下請け企業は代金を受け取れずに資金を立て替えなければならず、資金繰りに大きな負担が生じます。
②発行・管理コストの高さ:手形用紙の発行・保管・取り立て・印紙税(1万円以上の手形には収入印紙が必要)など、デジタル化が進む現代において非効率なコストが発生します。
③紛失・盗難リスク:紙の有価証券であるため、紛失・盗難が発生した場合の手続きが煩雑です。
④下請法との関係:公正取引委員会・中小企業庁は、長期の手形サイト(支払いサイト)を「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」の観点から問題視しています。
【経済産業省の方針】
経済産業省は2026年をめどに約束手形の利用廃止を目指す方針を発表し、業界団体・金融機関・企業に対してでんさい(電子記録債権)や振込への移行を促しています。
手形廃止のスケジュール|2026年目標と具体的な移行計画
経済産業省が示す手形廃止に向けたスケジュールと、各業界・企業の取り組み状況を解説します。
【政府の目標スケジュール】
・2021年:「約束手形の利用廃止に向けた自主行動計画」策定・公表
・2022年:各業界団体が自主行動計画に基づく取り組みを加速
・2026年(目標):約束手形の利用廃止
ただし「廃止」は法律で強制的に禁止するものではなく、業界全体での自主的な取り組みとして推進されています。
【業界別の取り組み状況】
建設業・製造業・卸売業など手形の利用が多い業界を中心に、業界団体が自主行動計画を策定・実行しています。大手企業を中心に電子記録債権(でんさい)や振込への移行が進んでいますが、中小企業間の取引では手形がまだ残っている場合もあります。
【手形の発行枚数推移】
日本銀行のデータによると、約束手形の交換枚数は1990年代をピークに減少傾向が続いています。金融機関・企業の電子化対応が進む中で、2026年目標に向けた移行が加速しています。
【企業が今すぐ取り組むべきこと】
・自社での手形発行枚数・受取枚数の現状把握
・取引先との支払い条件変更の交渉開始
・でんさいネット・振込への移行計画の策定
手形の種類と仕組み|約束手形・為替手形・融通手形の違い
手形廃止に向けた対応を正しく進めるために、手形の種類と仕組みを理解しておきましょう。
【約束手形】
振出人(発行者)が受取人に対して、満期日に一定金額を支払うことを約束する有価証券。企業間取引での支払い手段として最も広く使われてきました。
手形サイト(支払いサイト):振出日から満期日までの期間。一般的に60〜120日が多く、下請け企業にとっての資金繰り負担が問題視されています。
【為替手形】
振出人が第三者(支払人)に対して、受取人への支払いを委託する有価証券。貿易取引(輸出入)や銀行の手形割引などで使われます。
【融通手形】
実際の商取引がないにもかかわらず、資金融通を目的として発行・受け取りされる手形。金融機関からの評価が低く、下請法上でも問題になりやすいため避けるべきです。
【手形の割引と裏書】
手形割引:満期日前に銀行・ファクタリング会社に手形を持ち込み、割引料(手数料)を差し引いた金額で換金する方法。
裏書譲渡:手形の裏に署名して第三者に譲渡すること。受け取った手形を仕入代金の支払いに充てることができます。ただし裏書した場合、振出人が不渡りを出すと遡及(さかのぼり)請求を受けるリスクがあります。
【不渡り(ふわたり)のリスク】
手形の満期日に振出人が支払いできない状態を「不渡り」といいます。6ヶ月に2回不渡りを出すと銀行取引停止処分(事実上の倒産)となるため、深刻な信用失墜につながります。
でんさい(電子記録債権)への移行|手形廃止後の代替手段を解説
手形の代替手段として最も注目されているのが「でんさい(電子記録債権)」です。
【でんさいとは】
電子記録債権とは、電子債権記録機関(株式会社全銀電子債権ネットワーク「でんさいネット」)に記録することで成立する金銭債権です。紙の手形と同様の効果を持ちながら、電子的に管理されるため紛失・盗難リスクがなく、印紙税も不要です。
でんさいネットの参加金融機関:2024年時点で全国の主要銀行・信用金庫・信用組合など470以上の金融機関が参加しています。
【でんさいのメリット】
・印紙税不要(紙の手形は1万円以上に印紙税が必要)
・紛失・盗難・偽造リスクがない
・分割譲渡が可能(手形は全額の譲渡のみ)
・一括ファクタリング(ファクタリング会社による一括支払い)に活用できる
・でんさいネット上での記録・管理で管理コストを削減
【でんさいの手続きの流れ】
①振出人・受取人ともに取引銀行でんさいネットに申し込む
②支払企業(振出人)が「でんさい」の発生記録を電子申請
③受取企業(受取人)が発生記録通知を受け取る
④満期日に自動的に振出人の口座から受取人の口座に入金
【でんさいの注意点】
・両者が同じ金融機関またはでんさいネット参加行である必要がある
・でんさいの譲渡には譲渡記録が必要
・取引先がでんさいネットに参加していない場合は利用できない
【振込への移行(一括決済サービス)】
でんさいを使わず、銀行の「一括決済サービス(ファーム・ファクタリング)」や通常の銀行振込に切り替える企業も多くあります。毎月の締め日に一括して振込処理を行う方法が効率的です。
手形廃止への実務対応|移行ステップと取引先との交渉方法
手形廃止に向けた実務対応として、企業が取り組むべきステップを具体的に解説します。
【STEP1:自社の手形取引を棚卸しする】
・発行している手形の枚数・金額・取引先を一覧化
・受け取っている手形の枚数・金額・振出人を一覧化
・各手形のサイト(支払いサイト)と満期日の管理状況を確認
・手形の割引・裏書の実績と残高を把握
【STEP2:移行先の支払い手段を選定する】
選択肢:
A. でんさい(電子記録債権)
→ 手形と同様の商慣習を維持しつつ電子化できる。取引先双方がでんさいネット参加銀行を利用していることが条件。
B. 銀行振込(月次一括振込)
→ 最もシンプルで費用も低い。支払いサイト(支払い期日)を手形と同程度に設定することで取引先の理解を得やすい。
C. ファクタリング・一括支払サービス
→ 銀行や信販会社の一括支払サービスを利用して、下請け企業の早期資金化を支援する。
【STEP3:取引先への説明と交渉】
移行を進める際のポイント:
・早めに移行意向を伝える(最低6ヶ月前)
・支払いサイトを変更する場合は、取引先の資金繰りへの影響を考慮する
・でんさいへの移行を求める場合は、取引銀行との手続き方法を丁寧に案内する
・書面(覚書・契約書)で合意内容を記録する
【STEP4:社内システムの対応】
・会計システム・ERPのでんさい対応確認
・請求書・支払いデータの処理フロー変更
・経理担当者向けの操作研修
【STEP5:段階的な移行実施】
全取引先を一度に移行するのは困難です。新規取引先から優先的に振込・でんさいを導入し、既存取引先は満期日のサイクルに合わせて段階的に移行します。
手形廃止が中小企業の資金繰りに与える影響|メリットと対策
手形廃止は中小企業の資金繰りに大きな影響を与えます。正しく対応することでメリットを最大限に活かしましょう。
【下請け企業(受取側)のメリット】
手形から振込・でんさいに移行することで、下請け企業にとって以下のメリットがあります:
・入金が早まる(手形サイト分の資金立て替え解消)
・手形の割引コスト(割引料)が不要になる
・手形の保管・管理の手間が減る
・不渡りリスクへの心配が減る
【発注企業(支払い側)の対応】
手形を振込に切り替えると、支払いサイトが短くなる可能性があります(手形は60〜120日だが、振込は30〜60日が一般的)。資金繰りへの影響を把握した上で、銀行融資枠の確保やキャッシュ・コンバージョン・サイクルの改善を検討しましょう。
【ファクタリングの活用で資金繰りを補う】
手形廃止後も売掛金の回収に時間がかかる場合は、ファクタリング(売掛債権の売却)や「INVOY」などの請求書カード払いサービスを活用することで、入金を前倒しにして資金繰りを改善できます。
特に請求書カード払いサービスは、取引先から振込で受け取りつつ、自社の支払いはクレジットカードで後払いにできるため、キャッシュフローの改善に効果的です。
下請法と手形廃止|発注側企業が注意すべき遵守事項
手形から振込・でんさいへの移行は、企業の資金繰りにどのような影響を与えるのかを正確に把握し、適切な対策を取りましょう。
【支払い側(振出企業)の資金繰りへの影響】
手形での支払いは実質的に「後払いの延長」でした。振込に切り替えると支払い期日が手形サイト分だけ前倒しになる可能性があります。
対策:
①銀行融資枠の拡大
手形決済で確保していた支払い余裕期間を補うため、当座貸越枠・短期借入枠を拡大しておきましょう。
②サプライチェーン・ファイナンスの活用
大手企業が提供する「サプライヤーファイナンス」を利用することで、下請け企業への早期支払いと発注元の支払い猶予を両立できます。
③請求書カード払いの活用
INVOYなどの「請求書カード払いサービス」を利用することで、取引先への支払いをクレジットカードで行い、実質的に支払い期日を最大60日延長できます。手形による支払い猶予に近い効果を、電子的に実現できます。
【受取側(下請け企業)のメリットを最大化する方法】
手形廃止・振込移行により、下請け企業は資金化が早まります。この余裕資金を以下に活用しましょう:
・仕入れ先への早期支払いによるコスト削減交渉
・設備投資・人材採用への積極投資
・手形割引コストの削減(年間コスト試算を行い効果を数値化)
【キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)の改善】
CCC = 売上債権回転日数 + 棚卸資産回転日数 − 買入債務回転日数
手形廃止により売上債権回転日数が短縮されれば、CCCが改善(短縮)され、必要運転資金が少なくなります。これにより、融資依存度の低下・利息コストの削減・経営の安定化が期待できます。
手形廃止後の資金繰り管理|キャッシュフロー改善の具体策
手形廃止に向けた移行を進める前に、現在の手形の会計処理を正確に理解しておきましょう。
【受取手形の会計処理】
①手形受取時(売掛金の回収・新規取引):
(借)受取手形 1,000,000円 (貸)売掛金 1,000,000円
②満期日(取立て・入金時):
(借)普通預金 1,000,000円 (貸)受取手形 1,000,000円
③手形割引時:
(借)普通預金 980,000円
(借)手形売却損(割引料)20,000円
(貸)受取手形 1,000,000円
割引手形は「裏書手形・割引手形」として偶発債務として注記が必要です。
【支払手形の会計処理】
①手形振出時(仕入代金の支払い):
(借)仕入 1,000,000円 (貸)支払手形 1,000,000円
②満期日(決済時):
(借)支払手形 1,000,000円 (貸)普通預金 1,000,000円
③不渡り発生時(手形を受け取った側):
(借)不渡手形 1,000,000円 (貸)受取手形 1,000,000円
以後、督促・回収手続きを経て回収不能なら貸倒処理します。
【手形の残高管理と期日管理】
受取手形台帳に以下の情報を記録して管理します:
・振出人・振出日・満期日
・金額・支払金融機関・口座番号
・取立て状況(割引・裏書・取立て済みの別)
満期日の管理は特に重要で、取立期限(満期日の翌日以降3日以内)を過ぎると権利が消滅することがあります。
【でんさいへの移行時の仕訳変更】
でんさい(電子記録債権)に移行すると、科目が変わります:
・受取手形 → 電子記録債権
・支払手形 → 電子記録債務
会計ソフトの科目設定・帳票書式を事前に変更しておく必要があります。
よくある質問
Q:手形廃止は法律で強制されていますか?
A:現時点では法律による強制廃止ではなく、政府・業界団体が主導する「自主的な廃止」の取り組みです。ただし公正取引委員会・中小企業庁による下請法の取締り強化や、金融機関の手形取扱い縮小により、実質的に廃止の方向に進んでいます。
Q:でんさいを利用するには何が必要ですか?
A:でんさいネットに参加している金融機関(全国の主要銀行・信用金庫など470以上)での口座開設と、その金融機関を通じたでんさいネットへの申込みが必要です。相手方も同様の手続きが必要です。
Q:手形から振込に切り替えると資金繰りが悪化しませんか?
A:振込への切り替えで支払いサイトが短くなる場合、一時的に資金繰りが厳しくなる可能性があります。銀行の当座貸越枠の活用・請求書カード払いサービス(INVOYなど)の活用で、手形と同等の支払い猶予効果を得ることができます。事前に銀行と相談して対策を講じることが重要です。
Q:手形割引は手形廃止後どうなりますか?
A:手形廃止後は手形割引ができなくなりますが、でんさい(電子記録債権)はでんさい割引(でんさいの割引・譲渡)で同様の早期資金化ができます。また、ファクタリングを利用して売掛債権を早期資金化する方法も有効です。
Q:手形廃止の影響を受ける業種はどこですか?
A:建設業・製造業・卸売業など手形の利用が多い業種が特に影響を受けます。これらの業種では下請け企業(受取側)が手形廃止のメリットを受ける一方、発注企業(振出側)は支払いサイトの短縮への対応が必要となります。
Q:手形廃止後のキャッシュフロー管理で気をつけることは?
A:手形廃止により支払い・入金サイクルが変わります。月次のキャッシュフロー計画を見直し、銀行融資枠・当座貸越枠の確保、でんさい割引・ファクタリングの活用を検討しましょう。資金繰り表を作成してシミュレーションすることをお勧めします。
まとめ|手形廃止への対応を今すぐ始めよう
本記事では、手形廃止の背景・スケジュール・でんさいへの移行方法・実務対応ステップについて解説しました。
【重要ポイントのまとめ】
・政府は2026年をめどに約束手形の利用廃止を目指している
・廃止の背景は下請け企業の資金繰り負担・コスト・リスクの解消
・移行先としてはでんさい(電子記録債権)または銀行振込が主な選択肢
・移行に向けては①現状把握②手段選定③取引先交渉④システム対応⑤段階的移行の手順で進める
・手形から振込・でんさいへの移行で中小企業の資金繰り改善が期待できる
2026年の廃止目標まで時間は残っています。自社の手形取引を今すぐ棚卸しして、移行計画を立てることが重要です。移行後の資金繰り不安には、ファクタリングや請求書カード払いサービスの活用を検討してみてください。
手形廃止の流れは、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の観点からも重要なポイントがあります。
【下請法における手形払いの規制】
下請法は、親事業者(発注側)が下請事業者(受注側)に対して不当な遅延・減額などを行うことを禁止しています。手形払いに関しては以下の規制があります:
・手形サイト(割引困難な手形の禁止):下請代金を手形で支払う場合、その手形は一般の金融機関で割引可能なもの(サイト120日以内)でなければなりません。
・サイト短縮指導:公正取引委員会・中小企業庁は現金払い(または60日以内の支払い)への切り替えを推奨しています。
【親事業者(発注側)が取り組むべき遵守事項】
・下請代金の支払い期日を設定する(納品日から60日以内)
・手形払いから振込・でんさいへの切り替えを進める
・支払い遅延・一方的な値引き・返品などの禁止事項を遵守する
・下請取引の実態を自主点検する(下請法遵守チェックリストの活用)
【下請法違反のリスク】
下請法違反が発覚すると、公正取引委員会から勧告・改善指導を受けるほか、企業名が公表される場合があります。2020年代は下請法の取締りが強化されており、大企業・中堅企業でも摘発事例が増えています。
手形廃止の流れに乗り、適切な支払い条件への移行を進めることで、下請法リスクを回避し、取引先との良好な関係を維持できます。



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