
個人事業主として事業を営んでいると、売上が伸びない年や開業初年度など、収入よりも支出が上回り赤字になることがあります。そのような場合、多くの方が「赤字なのに国民健康保険料はどうなるのだろう」「もしかして払わなくていいのではないか」と疑問に思うことでしょう。
結論から言えば、赤字でも国民健康保険料は発生します。ただし、赤字の内容や申告方法によって保険料の額は大きく変わります。また、軽減制度をうまく活用すれば、赤字の年の保険料負担を最小限に抑えることも可能です。
この記事では、国民健康保険料の計算の仕組みから、赤字の場合の具体的な保険料の目安、さらには保険料を適正に抑えるための方法まで、個人事業主の方が知っておくべき情報を詳しく解説します。
目次
国民健康保険料の仕組みと構成要素
国民健康保険料はなぜ所得に連動するのか
国民健康保険(国保)は、会社員が加入する健康保険組合や協会けんぽとは異なり、市区町村(もしくは都道府県)が運営する公的医療保険制度です。自営業者、フリーランス、無職の方などが加入する保険として知られています。
国保の保険料は前年の所得を基準として計算されるため、所得が高いほど保険料も高くなる仕組みになっています。これは、所得に応じた負担の公平性を確保するための設計です。
保険料の3つの構成要素
国民健康保険料は、大きく3つの賦課分で構成されています。
まず「医療分」(基礎賦課分)です。実際の医療費をまかなうための部分で、保険料の大部分を占めます。次に「後期高齢者支援金分」(支援金分)です。75歳以上の後期高齢者医療制度を支援するための費用です。そして「介護分」(介護納付金賦課分)です。40歳以上65歳未満の方が追加で負担する介護保険に関連する費用です。
これら3つの賦課分は、それぞれ「所得割」「均等割」「平等割(世帯割)」という方式で計算されます。ただし、平等割を採用していない自治体もあります。
所得割・均等割・平等割の違い
所得割は、前年の所得金額から基礎控除額(43万円)を差し引いた「基準所得額」に、所得割率を掛けて計算します。所得が低いほど所得割の金額は低くなり、所得がゼロまたはマイナスの場合は所得割がゼロになります。
均等割は、世帯内の加入者一人ひとりに定額でかかる保険料です。所得の有無にかかわらず、加入している全員に等しくかかります。東京都の場合、区によって異なりますが、令和7年度(2025年度)の医療分均等割は年額約4万7000円から5万円台、支援金分均等割は年額約1万7000円程度のところが多くあります。
平等割は、世帯単位でかかる定額の保険料です。所得や加入者数に関係なく、1世帯につき一定額が課されます。ただし、東京都23区や大阪市など、平等割を設定していない自治体も少なくありません。
2025年度の保険料上限額
2025年度(令和7年度)の国民健康保険料の年間上限額は、合計109万円となっています。内訳は医療分が66万円、後期高齢者支援金分が26万円、介護分が17万円です。これは2024年度と比べて合計3万円引き上げられた水準です。この上限額は、主に高所得者に対して適用されるものであり、一般的な個人事業主には直接関係しないことがほとんどです。
赤字の場合の国民健康保険料はいくらになるのか
所得割がゼロになる条件
個人事業主が事業で赤字になった場合、確定申告で事業所得がマイナスとなります。国民健康保険料の計算では、この事業所得がマイナスの場合、所得割の計算の基礎となる「基準所得額」がゼロとして扱われます。
具体的には、基準所得額 = 前年の総所得金額等 − 43万円 という計算式で求めますが、事業所得がマイナスであれば総所得金額等がゼロ(またはマイナス)になるため、基準所得額もゼロとなり、所得割はかかりません。
赤字の年は「均等割と平等割のみ」になる
赤字の年に国民健康保険に加入している個人事業主が負担するのは、原則として均等割と平等割のみとなります。所得割がゼロになるからです。
たとえば、東京都新宿区に在住の40歳未満の個人事業主が赤字で、世帯に加入者が1人だけの場合、2025年度の保険料はおおよそ次のようになります。
医療分の均等割:47,300円 後期高齢者支援金分の均等割:16,800円 合計:64,100円(介護分なし、平等割なし)
一方、同じ条件で大阪府に在住の場合、大阪府では2024年度から府内統一保険料率が導入されており、医療分均等割34,424円と支援金分均等割11,034円を合計すると45,458円程度になります。
このように、赤字で所得割がゼロになっても均等割・平等割は必ずかかるため、一定額の保険料負担は避けられません。
前年が黒字で今年が赤字の場合の注意点
国民健康保険料は前年所得を基準に計算されることに注意が必要です。たとえば2025年に赤字になったとしても、2025年度(令和7年度)に納める保険料は2024年(令和6年)の所得を基準に計算されます。
つまり、赤字の効果が保険料に反映されるのは翌年度以降です。2025年が赤字なら、2026年度に納める保険料が低くなります。この「1年のタイムラグ」をあらかじめ理解しておくことが、資金繰りの観点からも重要です。
軽減制度の活用で保険料をさらに抑える
均等割・平等割の法定軽減制度
国民健康保険には、低所得者世帯を対象にした「法定軽減制度」があります。これは、世帯の所得合計額が一定の基準以下の場合に、均等割と平等割を7割・5割・2割のいずれかで軽減するものです。
2025年度(令和7年度)の軽減基準は次のとおりです。
7割軽減:世帯の総所得金額等が43万円以下(※給与所得者等が2名以上の場合は加算あり) 5割軽減:世帯の総所得金額等が43万円+30.5万円×被保険者数以下 2割軽減:世帯の総所得金額等が43万円+56万円×被保険者数以下
事業が赤字の場合、総所得金額等がゼロ以下になれば7割軽減の対象となります。たとえば先ほどの東京都新宿区の例で7割軽減が適用されると、均等割合計64,100円×(1−0.7)=19,230円まで下がります。これは赤字の個人事業主にとって非常に大きな軽減効果です。
軽減を受けるためには確定申告が必須
法定軽減を受けるためには、必ず確定申告または住民税申告を行う必要があります。所得がゼロ・赤字であっても未申告のままでは「所得不明」として軽減が適用されません。
「どうせ税金はかからないし、申告しなくていいか」と思う方もいますが、申告をしないと国保の軽減制度が使えないだけでなく、後述する翌年度への損失繰越など、さまざまなメリットも受けられなくなります。赤字の年こそ、確実に確定申告を行うことが重要です。
国保料減免制度(傷病・廃業・失業など)
法定軽減とは別に、自治体ごとに独自の「減免制度」を設けているケースがあります。廃業や失業、傷病などによって収入が大きく減った場合、申請によって保険料の減免(免除または減額)を受けられることがあります。
ただし、この減免は自動では適用されません。各自治体の窓口に申請が必要で、審査基準も自治体によって異なります。大幅な赤字や廃業を検討している場合は、お住まいの市区町村の担当窓口に早めに相談することをおすすめします。

赤字でも保険料を適正に抑えるための節税策
青色申告と損失の繰越控除
個人事業主が保険料を節約するうえで最も効果的な手段の一つが、青色申告の活用です。青色申告では、赤字(純損失)を翌年以降3年間にわたって繰り越すことができます(純損失の繰越控除)。
たとえば、2024年に事業で100万円の赤字が出た場合、2025年に事業で80万円の黒字が出たとすると、繰り越した赤字100万円を差し引いて所得をマイナス20万円にすることができます(繰越期間内の場合)。これにより、翌年度の国民健康保険料の所得割がゼロになるか、大幅に低くなります。
この制度を活用するには、青色申告の適用を受けていることと、赤字が発生した年に確定申告を行っていることが条件です。
青色申告特別控除の活用
青色申告では、一定の要件を満たすと最大65万円(電子申告の場合)または55万円の特別控除を受けることができます。これにより所得が大きく圧縮され、国民健康保険の所得割の計算基礎となる「基準所得額」も下がります。
たとえば、売上が300万円、経費が260万円の個人事業主の場合、青色申告特別控除なしでは事業所得が40万円ですが、65万円の控除を適用すると所得は0円となり(青色申告特別控除は控除前の所得金額を限度とするため、これを超えて赤字を作り出すことはできません)、所得割がゼロになります。同時に、これによって国保保険料が所得割ゼロになるだけでなく、法定軽減の対象にもなる可能性があります。
所得控除の最大活用
個人事業主が活用できる所得控除には、次のようなものがあります。国民健康保険料は社会保険料控除として全額控除できます。また国民年金保険料も社会保険料控除の対象です。小規模企業共済への掛金は小規模企業共済等掛金控除として全額控除できます。iDeCo(個人型確定拠出年金)の掛金も同様に全額控除対象です。
これらの控除を積み重ねることで、課税所得だけでなく国民健康保険料の計算基礎となる所得も圧縮できます。
社会保険への切り替えを検討する場合
赤字が続く場合や法人化を検討している場合、マイクロ法人や1人会社を設立して社会保険(健康保険・厚生年金)に加入する方法もあります。社会保険では保険料の半分を会社(=自分)が負担しますが、高額な国保保険料が問題となっている場合は節約になることもあります。ただし、法人設立にはコストと手続きが必要なため、税理士への相談をおすすめします。
資金繰りの観点から見た国保の支払い管理
赤字が続く個人事業主にとって、国民健康保険料の支払いは資金繰りを圧迫する要因の一つです。保険料の分割納付(分納)は自治体窓口に相談することで認められる場合があります。また、支払いが困難な場合の減免申請も早めに検討することが重要です。
事業の資金繰りを安定させるためには、日頃から収支を管理し、余裕を持った資金計画を立てることが大切です。請求書の管理や経費の記録を適切に行うことは、確定申告の正確性を高めるだけでなく、経営の健全化にもつながります。
資金繰りの改善策としては、支払いサイトの見直しや、請求書の早期回収なども有効です。たとえばINVOYのような請求書管理ツールを活用すると、請求から入金までのフローを効率化し、キャッシュフローの改善に役立てることができます。
確定申告と国保の手続きの流れ
確定申告の期限と注意点
個人事業主の確定申告は、原則として毎年2月16日から3月15日までに行います(還付申告は1月1日から受付)。赤字の年も必ず期限内に申告することが、国保の軽減や損失繰越を受けるための前提条件です。
申告が遅れると、損失繰越の権利が失われたり、軽減制度の適用が遅れたりする可能性があります。特に青色申告の場合、期限後申告では65万円の特別控除が受けられなくなることにも注意が必要です。
国民健康保険の保険料通知の時期
確定申告の情報は、申告後に市区町村の住民税・国保担当部署に通知されます。国民健康保険料の通知書は、通常6月から7月頃に届きます。この通知書に記載された額が、前年の所得を基準に計算された当年度の保険料です。
国保保険料の通知が来たら、前年の所得と照らし合わせて金額が正しいか確認しましょう。計算に誤りがある場合は、市区町村の窓口に問い合わせることができます。
自治体への問い合わせと相談窓口
国民健康保険料の具体的な金額や減免制度の詳細は、自治体によって大きく異なります。赤字の状況での保険料についての正確な情報を得るには、お住まいの市区町村の国民健康保険担当窓口または税務担当窓口への問い合わせが最も確実です。
また、確定申告の内容や節税策については、税理士や商工会議所の相談窓口を利用するのもよいでしょう。青色申告に関しては、各地域の青色申告会(青色申告をしている個人事業主の団体)が無料相談や記帳指導を行っています。
よくある質問
赤字の場合、国民健康保険料は完全に無料になりますか?
いいえ、完全には無料になりません。国民健康保険料は「所得割」「均等割」「平等割」の3要素で構成されており、赤字によってゼロになるのは「所得割」のみです。「均等割」と「平等割」は所得に関係なく加入者全員にかかります。ただし、世帯所得が43万円以下の場合は均等割・平等割が7割軽減される制度があります。赤字で所得がゼロ以下であれば、この7割軽減の対象になることがほとんどです。
赤字でも確定申告は必要ですか?
はい、必要です。むしろ赤字の場合こそ確定申告を行うことが重要です。確定申告を行わないと、国民健康保険料の軽減制度が適用されません。また、青色申告をしている場合は、赤字(純損失)を翌年以降3年間にわたって繰り越せる「損失繰越控除」の権利も失われます。所得がゼロ・マイナスでも申告することで、軽減制度の恩恵を受けながら翌年以降の節税効果も得ることができます。
国民健康保険料の軽減を受けるにはどうすれば良いですか?
法定軽減(7割・5割・2割)については、確定申告または住民税申告を行えば自動的に判定されます。別途申請は不要です。ただし、廃業や失業、傷病などによる減免は別途申請が必要です。お住まいの市区町村の国民健康保険担当窓口に相談してください。
今年赤字だった場合、いつ保険料が安くなりますか?
国民健康保険料は前年の所得を基準に計算されるため、今年(2025年)の赤字が保険料に反映されるのは来年度(2026年度)です。2026年6月から7月頃に届く保険料通知書に反映されます。赤字になった年(2025年)の保険料は、その前年(2024年)の所得に基づいて計算されているため、今年度の保険料がすぐ安くなるわけではありません。この1年のタイムラグを理解して資金計画を立てることが大切です。
個人事業主の国民健康保険料を一番安くする方法は何ですか?
複数の方法を組み合わせることが最も効果的です。まず青色申告特別控除(最大65万円)を活用して所得を下げます。次に小規模企業共済やiDeCoへの掛金を活用して所得控除を最大化します。赤字が続く場合は損失繰越控除で翌年以降の所得を圧縮します。また、法定軽減(7割・5割・2割)の対象に該当する場合は確定申告を必ず行います。収入規模によっては法人化(マイクロ法人)によって社会保険に切り替えることも有効な選択肢です。いずれの方法も税理士や専門家に相談したうえで判断することをおすすめします。
保険料を滞納した場合はどうなりますか?
国民健康保険料を滞納すると、まず督促状が届き、その後延滞金が発生します。長期滞納が続くと、保険証が「短期被保険者証」に切り替えられ、さらに悪化すると医療費の全額自己負担が求められる「被保険者資格証明書」になることもあります。また、財産(預貯金、不動産など)の差し押さえが行われる場合もあります。資金繰りが厳しい場合は、滞納する前に早めに市区町村の担当窓口に相談し、分割納付や減免の相談をすることが重要です。多くの自治体では、生活が困窮している場合の減免制度を設けています。
まとめ
個人事業主が赤字の年に支払う国民健康保険料について、重要なポイントを整理します。
赤字でも国民健康保険料はゼロにはなりません。所得割はゼロになっても、均等割と平等割は必ずかかります。赤字で所得がゼロ以下になる場合、均等割・平等割の7割軽減が適用される可能性があります。軽減を受けるには必ず確定申告が必要です。
2025年度の保険料上限額は医療分66万円、支援金分26万円、介護分17万円の合計109万円です。東京都内の場合、赤字で7割軽減が適用されると均等割のみで年間2万円前後になることもあります。
前年が赤字の場合、その効果が保険料に反映されるのは翌年度です。このタイムラグを念頭に置いた資金計画が重要です。
青色申告の損失繰越や特別控除、小規模企業共済などを組み合わせることで、中長期的な保険料の節約が可能です。資金繰りに課題がある場合は、早めに自治体窓口や専門家に相談することをおすすめします。
国民健康保険料は個人事業主にとって大きな固定費の一つです。赤字の年こそ、軽減制度や節税策を正しく理解し、無駄な負担を避けながら事業継続に向けた資金をしっかり守っていきましょう。



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