
顧客が注文品や修理品、加工済みの商品を取りに来ない場面は、多くの事業者が抱えるトラブルのひとつです。数週間、数ヶ月、あるいは数年にわたって商品を保管し続ける状況は、保管スペースの問題だけでなく、保管費用の発生や商品の劣化リスクを伴います。しかし、勝手に廃棄したり転売したりすることは法律上の問題が生じる可能性があるため、正しい手順で対応することが不可欠です。 この記事では、商品を取りに来ない場合に事業者が取り得る法的な対応策を、民法や商法の条文に基づいて詳しく解説します。催告の手続き、時効の扱い、保管料の請求、競売・廃棄の要件まで、法的根拠とともにステップごとに確認できます。 「いつまで保管すればよいか」「保管料は請求できるのか」「廃棄しても問題ないか」という実務上の疑問に、具体的な数値や手順を交えてお答えします。自社の状況に合わせて活用できるよう、幅広いケースを網羅しています。ぜひ最後までお読みください。
目次
商品を取りに来ないケースとはどのような状況か
修理・加工完了品を引き取りに来ない
もっとも多いケースのひとつが、修理や加工を依頼した商品を完成後も引き取りに来ないケースです。電化製品の修理、衣類のお直し、機械部品の加工など、さまざまな業種で発生します。 修理完了の連絡を入れても応答がなく、数週間・数ヶ月たっても顧客が現れないといった事態は珍しくありません。こうした場合、事業者は完成品を保管する義務を負いながら、スペースや費用の負担を一方的に強いられることになります。 業界調査によれば、クリーニング業界では87.4%の店舗が長期放置品を保有しており、中には25年以上放置された衣類を保管し続けているケースも5.9%存在するというデータがあります。修理業・加工業においても同様の問題は広く発生していると考えられます。
注文品・受注品を受け取りに来ない
注文を受けて製造・仕入れた商品を、顧客が受け取りに来ないケースもあります。カスタム製品や特注品など、他の顧客への転売が難しい商品の場合、被害が特に大きくなります。 売買契約は成立しているにもかかわらず、買主が引き渡しを受けない状態は、民法上「受領遅滞(債権者遅滞)」と呼ばれます。この場合、売主が引渡しの準備を整えて受領を求める(履行の提供を行う)と、その時から受領遅滞が生じ、保管義務の軽減や損害賠償請求の権利が生まれます。
代金支払い済みなのに商品を持っていかない
代金を先払いで受け取っているにもかかわらず、顧客が商品を持っていかない場合もあります。この場合、売主は商品の所有権を顧客に移転済み(もしくは引渡し義務がある状態)でありながら、実際には商品が自社に残ったままという状況になります。 商品の保管期間が長くなるほど、劣化・破損のリスクが高まります。また、保管スペースに費用が発生している場合、その費用負担は本来顧客が負うべきものです。
商品の引き取りを促す法的な催告の方法
催告とは何か、法的効果を理解する
催告とは、相手方に対して一定の行為(この場合は商品の引き取り)を求める意思表示のことです。民法上の「催告」は、時効の完成を猶予する効果があります(民法150条)。 催告を行うと、その時点から6ヶ月間は消滅時効の完成が猶予されます。すなわち、保管料や損害賠償の請求権について時効が迫っている場合に、催告によって一時的に時効の進行を止めることができます。ただし、催告による猶予期間は6ヶ月に限られるため、その間に裁判上の請求など、時効を根本的に更新する手続きをとることが重要です。
内容証明郵便による催告の具体的手順
催告の方法として最も有効なのが内容証明郵便の活用です。内容証明郵便は、差出人が誰に対しどのような内容の文書を送ったかを郵便局が証明するため、後日「催告を受け取っていない」という言い逃れを防ぐことができます。 内容証明郵便を送る際は、以下の内容を明記することが重要です。商品の引き取り期限として、通知書受領後2週間程度を目安に具体的な日付を指定します。期限内に引き取りがない場合に発生する保管料の金額(または算定基準)を記載します。期限内に引き取りがない場合に競売または廃棄を行う可能性がある旨を記載しておくことが肝要です。引き取りに関する連絡先(担当者名・電話番号)も明示します。 内容証明郵便は全国の郵便局から差し出すことができ、配達証明付きにすることで相手が受領した事実も証明できます。
催告の期間設定と時効への影響
催告において設定する「相当の期間」は、取引の性質や商品の種類によって異なりますが、実務上は2週間から1ヶ月程度が一般的です。商法524条が適用される商人間取引の場合も、相当の期間を定めた催告が競売の前提条件となります。 催告を行った後、相手方が依然として引き取りに来ない場合には、次の法的手段(競売申立、少額訴訟など)に移行することができます。催告の記録(内容証明のコピー・配達証明)は必ず保管しておいてください。
商品を取りに来ない場合に発生する時効とは
保管料請求権の消滅時効(民法166条)
商品を預かっている間に発生する保管料の請求権も、消滅時効の対象となります。民法166条によれば、債権の消滅時効は以下の2つのタイミングで完成します。 ひとつ目は「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき」です。ふたつ目は「権利を行使することができる時から10年間行使しないとき」です。 つまり、保管料の請求権が発生したことを知っている場合(多くのケース)は5年、知らない場合でも10年で消滅することになります。日々発生する保管料については、個々の請求権の発生時点ごとに時効が進行するため、定期的に請求書を発行したり、内容証明郵便で催告したりすることで時効を管理することが重要です。
代金債権・損害賠償請求権の時効期間
商品の引き取りがない結果として発生する損害賠償請求権(商品の劣化・費用負担など)も、民法166条の一般原則に従い、権利を行使できると知った時から5年または権利を行使できる時から10年で消滅します。 代金が未払いの場合(注文品を取りに来ない上に代金も払わない状況)、売掛金の消滅時効も同様に5年/10年となります(2020年4月施行の改正民法による統一)。改正前の民法では業種によって1年・2年・3年等の短期時効がありましたが、改正後はすべて民法166条の原則時効に統一されました。
時効を止める方法(更新・完成猶予)
消滅時効が完成してしまうと、相手方から時効援用の主張をされた場合に請求できなくなるリスクがあります。時効を止めるためには、以下の手段があります。 裁判上の請求(訴訟・支払督促)を行うと、時効は更新(リセット)されます(民法147条)。また、相手方から債務の承認(一部払い・支払猶予の申入れなど)を得た場合にも時効が更新されます(民法152条)。催告による時効の完成猶予は6ヶ月間の猶予効果があり(民法150条)、この期間内に裁判上の手続きを行うことが重要です。 時効管理は特に長期間商品を保管している場合に重要です。「まだ来るだろう」と放置しているうちに時効が完成し、保管料や損害賠償を請求できなくなってしまう事態を防ぐために、早めの対応が求められます。
商品の保管と保管料の請求方法
寄託契約と保管義務の法的根拠
顧客から商品を預かって保管する行為は、民法上「寄託契約」(民法657条以下)に基づく関係となります。寄託契約では、預かった物を保管して返還する義務が生じます。 事業者が商品を保管している状態は、修理・加工の完了後も引き取りに来ない場合、売買が成立した後に引き取りに来ない場合を問わず、受寄者(保管側)としての地位を維持しています。受寄者は、保管料を定めた有償寄託では善良な管理者の注意義務(善管注意義務)を負いますが(民法400条)、無報酬で保管している場合は「自己の財産に対するのと同一の注意」をもって保管すれば足ります(民法659条)。 ただし、商人が業として物を保管する場合(商事寄託)には、商法のルールも適用されます。倉庫業などの場合は、倉庫業法の規制も受けることになります。
保管料を請求できる条件と金額の設定
無償で保管している場合でも、顧客が引き取り義務を怠っているとして費用を請求できる可能性があります。有償の寄託契約(保管料を定めている場合)は当然保管料を請求できます。 保管料の金額設定については契約や約款で事前に定めることが重要です。たとえばクリーニング業界では、1点あたり1日20円から100円程度の保管料を設定している店舗が多く見られます。この金額は業種や商品の価値、保管スペースの実費などを考慮して設定します。 事前に約款や契約書で保管料の発生時期・金額・計算方法を明確に定め、顧客に周知しておくことで、後日の請求トラブルを防ぐことができます。
保管料不払いへの対処法
保管料を請求しても支払いがない場合、法的手段として少額訴訟や支払督促の活用が考えられます。請求金額が60万円以下であれば少額訴訟を利用でき、1回の審理で判決を得られる場合が多いです。 また、商品に対して留置権(民法295条)を主張することもできます。留置権とは、自分が占有している物に関して発生した債権が弁済されるまで、その物の返還を拒絶できる権利です。保管料が支払われるまで商品を手放さないという主張が可能になります。

取りに来ない商品を競売・廃棄できる要件
民法497条による競売(自助売却)の手続き
顧客が商品を受け取りに来ない場合、無期限に保管し続けることは事業者にとって過大な負担となります。こうした場合に利用できる制度のひとつが、民法497条に基づく競売(自助売却)です。 民法497条は、弁済の目的物について次のような事情がある場合に、裁判所の許可を得たうえで競売に付し、その代金を供託できると定めています。具体的には、物が供託に適さない場合(生鮮品・危険物など)、滅失・損傷による価格低落のおそれがある場合、物の保存に過分の費用を要する場合、その他供託が困難な事情がある場合です。 この規定を活用するためには、原則として裁判所の許可が必要です(一定の例外を除く)。申立書・申立費用(収入印紙代など)の準備が必要となるため、弁護士や司法書士に相談のうえ手続きを進めることをお勧めします。
商法524条が適用される商人間売買の特例
商人間(企業間、事業者間)の売買においては、より簡便な自助売却が認められています。商法524条によれば、買主が目的物の受領を拒み、または受領できない場合に、売主は相当の期間を定めて催告を行った後に競売に付すことができます。 民法497条と異なり、商法524条では裁判所の許可が不要です。相当の期間を定めた催告を行い、その期間内に買主が引き取りに来なければ、売主の判断で競売に付すことができます。ただし、競売を実施した後は遅滞なく買主に通知する義務があります。 価格の低落のおそれがある商品(生鮮品、季節商品など)については、催告なしで競売に付せる特例も認められています。なお、商法524条の適用を受けるためには、売主・買主の双方が商人であることが前提です。個人消費者との間の取引(BtoC)にはこの特例は適用されず、民法の一般原則に従うことになります。
廃棄できる条件と注意点
商品の廃棄は、競売よりも慎重に判断する必要があります。原則として、顧客の承諾なしに商品を廃棄することは、所有権侵害として損害賠償責任が生じるリスクがあります。 廃棄が認められやすい条件としては、次のケースが挙げられます。まず事前の約款・契約書に一定期間経過後の廃棄条項が明記されており、かつ顧客がその内容に同意していること。次に、商品が著しく劣化・腐敗しており、保管継続が事実上困難であること。さらに、再三の催告にも顧客が応答せず、連絡が取れない状態が長期間続いていることです。 廃棄を行う前には、必ず内容証明郵便で廃棄予告の通知を送り、最後の機会として引き取りを促すことが重要です。「〇月〇日までに引き取りがない場合は廃棄する」と明示して通知することで、後日のトラブルリスクを軽減できます。
損害賠償請求の可否と手続き
商品の保管コストを損害賠償として請求できるか
顧客が商品を引き取りに来ないことで発生した損害(保管料・保管スペースのコストなど)は、損害賠償として請求できる可能性があります。損害賠償請求の法的根拠としては、債務不履行(民法415条)または不法行為(民法709条)が挙げられます。 買主が引き取り義務(受領義務)を果たさないことは、契約上の義務違反となりうる場合があります。その結果として生じた損害(倉庫代、保管コスト、商品の劣化による損失など)を債務不履行に基づく損害賠償として請求することが考えられます。 ただし、日本の民法では受領遅滞を規定しつつも、受領義務そのものの強制履行や損害賠償は一定の条件が必要です。個別の契約で引き取り義務と違約金・損害賠償の条項を定めておくことで、請求をより確実なものにできます。
商品の劣化・品質低下の損害を請求する方法
商品の保管中に劣化や品質低下が生じた場合、その損害額の算定が問題となります。損害賠償を請求するためには、引き取りに来なかったことと損害(品質低下・廃棄費用など)の因果関係を立証する必要があります。 写真による記録(保管開始時・劣化発見時の状態)、保管費用の領収書・帳簿、催告書の写し(内容証明郵便)、連絡記録(電話・メール・LINE等)が有力な証拠となります。証拠を残す習慣をつけることが、後日の請求を有利に進めるうえで重要です。
少額訴訟・内容証明の活用
請求金額が60万円以下の場合は少額訴訟(民事訴訟法368条以下)を活用できます。少額訴訟は、1回の審理での解決を原則とするシンプルな手続きであり、弁護士に依頼せずに本人申立てで対応することも可能です。 まず内容証明郵便で支払を求め、それでも応じない場合に少額訴訟または支払督促を申立てるという流れが一般的です。支払督促は簡易裁判所に申立てを行い、相手方が2週間以内に異議を申立てなければ仮執行宣言を得られます。その後、強制執行の手続きに移行することが可能です。
トラブルを未然に防ぐ契約・規約の整備
引き取り期限を定めた契約書・約款の作成
商品の引き取りトラブルを根本から防ぐためには、取引開始前に契約書や約款で明確なルールを定めておくことが最善の策です。 引き取り期限については、完成・納品準備が整った日から「○日以内に引き取ること」という条件を明記します。期限超過後の保管料の発生・金額・計算方法についても規定します。期限を超過しても引き取りに来ない場合には、相当期間を設けた催告のうえで競売または廃棄できる旨を記載しておくと、後日の法的手続きをスムーズに進めることができます。 約款(利用規約)として事業者が一方的に定める場合は、消費者契約法や民法の「定型約款」(民法548条の2以下)のルールに注意が必要です。消費者の利益を一方的に害する条項は無効となる場合があります。一般の事業者(商人)間の取引では、より広い範囲で約款の有効性が認められます。
保管料と廃棄条件の事前周知の重要性
契約書・約款に規定を設けるだけでなく、顧客に対してその内容を事前に周知することが法的効果の観点からも重要です。知らなかった規定を一方的に適用することはトラブルの原因となります。 引き取り期限と保管料については、受付時・注文時に書面または電子メールで明示します。「完了のご連絡から○日以内にご来店いただけない場合、保管料が発生します」という内容を記載した受付票・受注確認書を作成し、顧客のサインまたはメール確認を得ておくとより確実です。こうした体制を整えることで、万が一の法的紛争においても事業者側の主張を有利に進めることができます。
取引管理のデジタル化によるトラブル予防
取引の記録管理をデジタル化することで、催告・請求・引き取り履歴の管理が格段に楽になります。請求書の発行から支払い確認まで一元管理できるツールを活用することで、「いつ請求したか」「いつ連絡したか」の記録が自動的に残ります。INVOYのような請求書・取引管理ツールを活用することで、取引先ごとの入金状況・請求履歴・連絡記録を効率的に管理できます。特に複数の取引先・複数の商品を並行して管理する場合、デジタルツールによる管理は事務ミスや記録漏れを防ぐうえで有効です。
引き取りに関するよくある質問
商品を取りに来ない顧客に対して、いつまで待てばよいですか?
法律上「いつまで待つ必要があるか」という明確な定めはありません。ただし、引き取りを求める合理的な期間(通常2週間〜1ヶ月程度)を設けて催告を行い、それでも応答がない場合には、次の法的手段(競売申立・少額訴訟・廃棄手続き)に移行することができます。なお、相手が連絡不通の場合でも、内容証明郵便を最後の既知の住所に送ることで「催告を行った」という事実を残すことが重要です。
保管料を事前に設定していない場合、請求できますか?
事前に保管料を定めていない場合でも、顧客の受領遅滞によって発生した実費損害として保管コストを請求できる可能性はあります。ただし、請求の根拠が弱くなるため、実際の請求が困難になる場合もあります。今後のためにも、受付時・注文時の書面で保管料を明示することを強くお勧めします。
商法524条の競売は個人消費者相手にも使えますか?
商法524条の自助売却は、売主・買主の双方が商人(事業者)である「商人間売買」にのみ適用されます。個人消費者を相手とするBtoC取引には適用されません。消費者相手の場合は、民法497条に基づく裁判所の許可を得た競売、または消費者との合意のうえでの廃棄・処分が必要になります。
催告を無視された場合、すぐに廃棄してよいですか?
催告を無視されたからといって、直ちに廃棄を行うと所有権侵害として損害賠償を求められるリスクがあります。競売(自助売却)を行ったうえでその代金を供託する、もしくは裁判所の手続きを経ることが安全です。廃棄が認められるのは、事前に廃棄条件を約款に定め顧客に周知していた場合や、商品が著しく劣化・腐敗している場合などに限られます。
まとめ
商品を取りに来ない顧客への対応は、感情的な対応ではなく、法律に基づいた適切な手順を踏むことが重要です。本記事で解説した内容を改めて整理します。 まず、引き取りを促す催告は内容証明郵便で行い、相当の期間(2週間〜1ヶ月程度)を設定します。催告には民法150条に基づく時効完成猶予(6ヶ月)の効果があります。 次に、保管料の請求権は民法166条により、権利行使を知った時から5年(または権利行使できる時から10年)の消滅時効があります。時効を管理し、必要に応じて裁判上の手続きで時効を更新することが大切です。 商品の競売については、商人間取引には商法524条(裁判所許可不要・催告後に競売可)が適用され、消費者との取引や非商人間の取引には民法497条(裁判所許可が原則必要)が適用されます。廃棄については、事前の約款規定と周知が不可欠です。 損害賠償請求は、引き取り義務違反による損害を民法415条(債務不履行)を根拠に請求できますが、証拠(写真・費用記録・催告書)の保全が鍵となります。今後のトラブル予防のためには、引き取り期限・保管料・廃棄条件を盛り込んだ契約書や約款を整備し、顧客に事前に周知することが最も効果的です。デジタルツールを活用した取引管理の見直しも、長期的なリスク管理に役立ちます。法的問題が複雑に絡み合う場合は、弁護士や司法書士などの専門家への相談をお勧めします。



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